第24章 世界で最も相性のいい人
第24章 世界で最も相性のいい人
相性99%の相手から届いた最初の言葉は、こうだった。
『塔の階段を下りる前に、右へ避けてください』
「右?」
言われたとおり動く。
頭上から石が落ちた。
さっきヴァルナと戦ったとき、壁へ亀裂が入っていたらしい。
『ご無事ですか』
「危なかった。ありがとう」
『いいえ。間に合ってよかったです』
プロフィールを開く。
『アリア・ルミナス』
『二十一歳』
『職業:聖女』
『相性率:99%』
『破滅まで 03:19:47:02』
『予測される破滅:世界の自由意思消滅』
『特殊能力:奇跡否定』
聖女。
教会の人間。
執行者に追われている俺と、最悪に近い組み合わせのはずだ。
「どうして石が落ちるって分かった」
『鐘の音に雑音がありました。壁の共鳴が崩れています』
「音だけで?」
『はい』
説明が通じる。
質問する前に欲しい情報が返る。
リリアなら「上を見れば分かります」と言った。セレスなら、そもそも崩れた塔で立ち止まるなと叱る。ミオは石を避けた後で案内料を請求する。ヴァルナは石ごと食べる。
四人の反応を、俺は鮮明に想像できた。
向こうは、もう俺を知らない。
『レンさん』
名前を呼ばれる。
「何」
『寂しそうです』
「画面越しに顔が見える?」
『見えません。でも、呼吸で』
「よく分かるな」
『あなたとは相性がよいので』
99%。
数字を見れば、そういうものかと思ってしまう。
「君はどこにいる」
『聖都ルーメンです。東門でお待ちしています』
「俺が行くって言ってない」
『来てくださいます』
「相性がいいから?」
『いいえ』
少し間が空く。
『あなたは、破滅の時刻を見た人を放っておけません』
俺のことを知っているような言葉。
リリアたちとは違い、不気味さを感じなかった。
自分で分かってほしかった形のまま、理解された気がした。
それが一番、不気味なのかもしれない。
◇
聖都ルーメンへは、一日半で着いた。
道中、アリアは必要なときだけ連絡を寄こした。
『次の宿場は満室です。手前の農家が旅人を泊めています』
『北の橋は教会兵が検問中です。川沿いの道を』
『今夜は時間回帰を使わずに済みます』
どれも正しかった。
アプリが隠す情報を、彼女は先に教えてくれる。
「君はオラクルの情報を読める?」
『聖女として、一部だけ』
「俺が未登録現象って出てる?」
返事が少し遅れた。
『聖都でお話しします』
初めて、答えを避けた。
それでも不快ではない。
理由があるのだろうと思えた。
信頼ではない。
相性という数字へ、判断を預け始めている。
気づき、画面を閉じた。
◇
聖都は白い街だった。
城壁も、屋根も、道も白い石で作られている。魔導灯は昼でも光り、影を薄くしていた。
東門の前に、白金の髪を持つ女性が立っている。
アリア。
白い聖衣。細い金の輪を首へ下げている。兵士も司祭も、彼女の前を通るたび頭を下げた。
俺を見つける。
迷わず歩いてくる。
「お待ちしていました」
「初めまして」
「はい」
アリアは微笑む。
「初めまして、レンさん」
その言葉に、なぜか引っかかった。
初めまして。
ほかの破滅候補者は、初対面と思えない反応を見せた。アリアだけが、きれいに初対面を受け入れた。
「俺を見ても、懐かしいとか思わない?」
「思います」
「どっちだ」
「初めてお会いしました。でも、長く待っていた気がします」
同じだった。
言葉の置き方が違うだけ。
「入る前に、確認があります」
アリアが門の端末を示す。
金色の輪へ手を触れ、オラクルの登録を照合する仕組みだ。
「俺、登録されてない」
「承知しています」
「警報が鳴るのでは」
「鳴ります」
「別の入口は?」
「ありません」
「相性いいわりに作戦が雑だな」
アリアが困ったように笑う。
「警報が鳴れば、私がお迎えしたことを皆が知ります」
「隠す気がない?」
「あなたを賓客として招きます」
「教会に追われてる」
「ですから、私のそばが安全です」
筋は通っている。
逃げるより、聖女の客として正面から入る。
俺は金色の輪へ触れた。
光が手首から胸へ走る。
砂時計。
盾。
生命の糸。
黒い穴。
四つの魔力が反応する。
端末が赤く変わった。
『該当する魂籍がありません』
『種族照合 失敗』
『人格照合 複数一致』
『判定:人間ではありません』
門の兵士が武器を構える。
続いて、最後の表示。
『未登録現象』
アリアが俺の前へ立つ。
「武器を下ろしてください」
「聖女様、この者は」
「私の客人です」
「オラクルが人間ではないと」
「私には、人に見えます」
兵士たちは迷う。
オラクルと聖女。
どちらも教会の権威だ。
「責任は私が負います」
アリアが言うと、兵士は武器を下ろした。
門を通る。
「助かった」
「いいえ。私は、見たままを伝えただけです」
「怖くないのか。人間じゃないかもしれない」
アリアは俺の目を見る。
「あなたの中に、たくさんの祈りがあります」
胸へ手を当てる。
俺ではなく、内側にいる誰かを感じるように。
「生きたい。選びたい。覚えていてほしい。忘れても救いたい」
リリアたちの声が、アリアには祈りとして見えている。
「一人の中にある量ではありません」
「それでも、人に見える?」
「はい」
彼女は迷わない。
「どなたの祈りを抱えていても、今、私へ問いかけたのはレンさんです」
欲しかった答えだった。
作られた存在かもしれないという疑いを、まだ自分でも形にしていない。
その疑いごと、先に肯定された。
胸が軽くなる。
同時に、警戒する。
「君は、誰にでもそう言う?」
「必要な方には」
「自分が言いたいからではなく?」
アリアが黙る。
初めて、微笑みが消えた。
「分かりません」
「何が」
「自分が言いたい言葉を、考えたことがありません」
相性99%。
俺が欲しい言葉をくれる相手。
それは彼女が俺を理解しているからではない。
誰かが必要とする言葉だけを選び続け、自分の言葉を持っていないからかもしれない。
アプリが震えた。
『接続段階3』
『特殊能力「奇跡否定」を5%使用できます』
出会ったばかりなのに、接続が進んでいる。
リリアのときと同じ異常。
「神降ろしの儀式は、いつ」
「三日後です」
「君の破滅と同じ時刻だ」
「はい」
アリアはまた微笑んだ。
「世界から迷いが消えます」
自分が消える話をする顔ではなかった。




