表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界マッチングアプリで相性0%の彼女を救ったら、忘れられるたびに能力を継承して最強になりました  作者: 藤崎聖子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/14

第2章 異世界から届いたメッセージ

助けを求める文章には、妙な型がある。


 火事なら場所を書く。事故なら状況を書く。金が必要なら金額を書くし、たいてい最後に頭を下げる。


 処刑されます、とだけ送ってくる相手への正しい返事を、俺は知らなかった。


 入力欄を開く。


『警察には連絡した?』


 打ってから消した。


 牢屋と魔女と処刑台が本物なら、警察の管轄ではない。偽物なら、なおさら警察を勧めても仕方がない。


『これは動画?』


 送信する。


 既読は一秒でついた。


『どうが、が何か分かりません』


『さっき君が映ってた。今も見せられる?』


 少し間が空いた。


『見せる、を押せばよいですか』


 メッセージの下に、こちらにはない小さな丸印が現れた。


『映像接続を申請されています』


 承認。


 画面が横向きに切り替わる。さっきと同じ牢獄が映った。


 リリアは床に座っていた。銀髪の何本かが頬に張りついている。鉄格子の向こうに人影はない。


「聞こえる?」


「ええ」


 彼女がこちらを見た。


「さっき、誰か来ただろ。大丈夫だったのか」


「祈りの確認です。断りました」


「断って平気なのか」


「祈らなかった罪で、二度処刑されることはありません」


 冗談なのか判断できなかった。少なくとも本人は笑っていない。


「君は、どこにいる?」


「エルダ処刑塔の地下です」


「国は」


「アルカディア西方、レムナ王国」


 聞いたことがない。検索欄へ片手で打ち込む。エルダ処刑塔は、ゲーム攻略サイトの固有名詞にすら引っかからなかった。レムナ王国も同じだ。アルカディアならホテルや海外の地名が山ほど出るが、魔女を処刑する国はない。


「今から、そっちの景色を見せて」


「景色」


「牢の外。窓から見えるものでもいい」


 リリアは立ち上がった。


 鎖が石床をこする。足取りがわずかに揺れた。何日もろくに食べていないのかもしれない。彼女は壁際まで歩き、背伸びをした。


 画面が持ち上がる。


 格子のはまった小窓。その向こうには、夜の街が広がっていた。


 尖った屋根が折り重なり、煙突から白い煙が昇っている。建物の間を照らすのは電灯ではない。青い火を閉じ込めたガラス球が、宙に浮いていた。


 遠くに黒い城壁がある。


 その上に、月が二つ出ていた。


 大きな白い月と、爪の先ほどの赤い月。


 俺は検索する手を止めた。


 合成映像なら作れる。ファンタジー映画なら、もっと立派な城を一から建てる。二つの月も青い街灯も、技術的には珍しくない。


 だから、これは偽物だ。


 そう決めたいのに、映像の隅を小さな虫が横切った。リリアが顔をしかめ、画面を払う。虫は指に追われ、格子の外へ飛んでいった。


 見せる必要のない細部ばかりが本物らしかった。


「窓を右へ向けて」


 俺は言った。


「ゆっくり」


 画面が動く。


 塔の下に広場が見えた。中央に組まれた木の台を、数人の男が整えている。柱の上から太い縄が垂れていた。


 首にかけるには短い。


 柱の根元には薪が積まれている。


 胃が縮んだ。


「あれは」


「明日の準備です」


 リリアは興味のない天気でも告げるように言った。


「火刑か」


「最初は」


 聞き流しかけて、俺は顔を上げた。


「最初?」


 彼女は黙った。


「リリア。今、最初って言ったか」


「言い間違いです」


「火刑の次があるみたいな言い方だった」


「ありません」


「じゃあ、どうして俺の名前を知ってる。俺の癖も。質問の順番が同じだって、どういう意味だ」


 問いを重ねるほど、彼女の顔から視線が消えていく。


 感情がないわけではない。


 隠している。隠し慣れている。


「答えてくれないなら、助けようがない」


 口にした直後、自分の声の冷たさに気づいた。


 助けると決めたわけでもないくせに、情報を出さなければ見捨てると脅している。面接官に志望動機を求められたとき、似たような息苦しさを覚えた。正しく答えなければ、この席から消えていい人間にされる。


 リリアの指が窓枠を握った。


「分かりません」


「何が」


「あなたの名前を、知っていた理由です」


「でも呼んだ」


「画面を見たら、浮かびました」


「癖は?」


「以前にも見た気がしました」


「以前って、いつ」


「分かりません」


 同じ答えばかりだった。


 嘘なら下手すぎる。嘘でなければ、もっと困る。


 俺は椅子へ座り直した。


「処刑される理由は」


「北区で起きた魔力汚染です。井戸が三つ枯れ、子供が一人、眠ったままになりました」


「君がやったのか」


「オラクルは、私が原因だと判定しました」


「君自身は?」


「していません」


 今度の答えは早かった。


 画面の端にあったDESTINYの印が明滅する。触れると、リリアのプロフィールが開いた。


『特殊能力:閲覧権限が不足しています』


『危険度:測定不能』


『運命クエスト:リリア・エルデの運命を変えてください』


『破滅まで 06:31:04』


 俺たちが話した十五分ぶん、数字は律儀に減っていた。


「オラクルって何だ」


「知らないのですか」


「知らない」


「人の魂を読み、正しい道を示すものです。仕事も、住む場所も、結婚する相手も」


「全部?」


「はい」


「そんなものが君を犯人だと決めたのか」


「正確には、私が今後七日以内に同種の汚染を起こす可能性が九十二パーセント。判決は予防処分です」


「まだやってないことを理由に殺すのか」


 思わず声が大きくなった。


 リリアは目を伏せる。


「私が死ねば、汚染の可能性はゼロになります」


「そういう計算をしてるんじゃない」


「では、どういう計算ですか」


 返す言葉が詰まった。


 計算の話ではないと言いたかった。人を殺す理由に数字を使うなと。


 だが俺は、相性0%という数字を見て通知を消した。


 職歴の空白と年齢で落とされるたび、相手は俺の何を知っているのかと思った。その俺が、画面の向こうの少女を詐欺かどうかで仕分けしている。


 似たものではない。処刑と不採用を並べる気はない。


 それでも、喉に刺さったものは取れなかった。


「君は逃げたいのか」


「逃げられません」


「できるかどうかじゃない。逃げたいか聞いてる」


 リリアは答えなかった。


 広場から、重い音が響いた。職人が薪の束を落としたらしい。


 彼女の肩がほんの少し動いた。


「怖くないのか」


「恐怖は、もうあまり」


 また、不自然な言葉が混じる。


「もう?」


「レン」


 彼女が俺の問いを遮った。


「これは、あなたの世界の道具でしょう」


 鎖につながれた手で、見えない画面へ触れる。


「私の声が届いただけで、十分です」


「十分なわけあるか」


「十分です。今度は、最後まで一人ではない」


 今度は。


 聞き返す前に、鉄扉の向こうで錠が鳴った。


 リリアが振り返る。


「接続を切って」


「誰が来た」


「看守です」


「スマホを隠せ。いや、そっちに実物があるのか?」


「すまほ?」


 鉄扉が開く。


 映像に黒い法衣の男が入ってきた。胸元に金色の輪を下げ、片手に杖を持っている。看守というより聖職者に見えた。


 男の後ろには、革鎧の兵士が二人。


「誰と話していた」


 法衣の男が尋ねた。


 リリアは空になった両手を見せる。


「誰とも」


「監視術式が声を拾った」


 男が杖を振る。


 壁に白い線が走り、複雑な円を描いた。映像が細かく揺れる。


 法衣の男がこちらを向いた。


 俺と目が合った気がした。


「何かいるな」


 杖の先が画面へ突きつけられる。


 白い光が弾けた。


 耳の奥で破裂音がして、スマートフォンが手から飛んだ。部屋の照明が消える。ノートパソコンの充電ランプまで落ち、六畳間が真っ暗になった。


「リリア!」


 床を探る。暗闇の中、指先に端末が触れた。


 画面には砂嵐しか映っていない。


 ノイズの向こうから男の声が聞こえた。


「明朝まで術式を強めろ。この魔女を、何とも接続させるな」


「承知しました」


 鎖が引かれる音。


 誰かが倒れる音。


「やめろ! 聞こえてるぞ!」


 返事はない。


 砂嵐が消え、メッセージ画面へ戻った。


『映像接続が切断されました』


『対象者との接続が妨害されています』


『破滅時刻が更新されました』


 赤い数字が飛ぶ。


 六時間二十分から、十二分へ。


「おい」


『破滅まで 00:11:59』


「明日の朝じゃなかったのかよ」


 一秒減る。


 メッセージを打つ。


『無事か』


 既読にならない。


『返事してくれ』


 同じだった。


 通話申請。失敗。


 映像接続。失敗。


 十一分三十二秒。


 俺に何ができる。


 警察へ画面を見せるか。残り十一分で、異世界の牢にいる魔女を助けてくれと説明するのか。警察署へ着く前に終わる。


 端末を分解する。アプリの会社を調べる。ネットへ映像を流す。


 どれもリリアには届かない。


 十分钟前まで、これは詐欺だと思っていた。


 今も本物だと証明できたわけではない。俺を騙すために、知らない誰かが金と技術を注ぎ込んだ可能性はある。


 それならそれでいい。


 騙された結果が、無職の男一人の恥で済むなら安い。


 本物だった場合だけ、取り返しがつかない。


『運命クエストを開始しますか?』


 画面の中央に二つのボタンが現れる。


『開始する』


『拒否する』


 開始する、へ指を置く。


 動かなかった。


 助けに行けば、俺も死ぬかもしれない。


 その考えだけは、ずいぶん現実的だった。


 剣も魔法も使えない。喧嘩だって、中学で一度胸ぐらをつかまれたのが最後だ。仕事から逃げた男が、処刑塔から人を連れ出せるはずがない。


 九分四十秒。


 断る理由なら、いくらでもあった。


 俺には関係ない。


 相性は0%だ。


 本来なら、同じ世界に存在することすらない。


 画面が明滅した。


 新しいメッセージが届く。


『同じ失敗を繰り返しますか?』


 送り主はリリアではない。


『DESTINY運営事務局』


「同じって、何と」


 質問を入力する。


 送信ボタンを押した瞬間、表示が変わった。


『再回答を受け付けました』


 俺はそんな回答をした覚えがない。


 続いて、短い音声が届いた。


 再生する。


 雑音の中でリリアが息をしていた。苦しそうに、途切れながら。


『レン』


 自分の名。


『今度は、来ないで』


 音声はそこで終わった。


 来ないで。


 初めて呼び出した相手には、使わない言葉だ。


 八分五秒。


 俺は開始ボタンを押した。


『対象者へ、救助の意思を送信してください』


 入力欄に一文字打つ。


 助。


 指が震え、誤変換する。消して打ち直した。


『助ける』


 たった四文字が、情けないほど頼りなく見えた。


 それでも送った。


 既読がつく。


 部屋のどこかで、鐘が鳴った。


 一度。


 二度。


 パソコンもテレビも消えている。近所に寺や教会はない。それなのに腹の底まで震わせる鐘の音が、少しずつ近づいてくる。


 スマートフォンの画面に赤い糸が現れた。


 糸はガラスの内側から伸び、俺の指へ巻きつく。


「熱っ」


 手を離しても、糸は切れない。


 机の上の履歴書が浮いた。


 カーテンが窓の外ではなく、スマートフォンへ向かってなびく。空のペットボトルが転がり、椅子の脚がきしんだ。


 画面の中に、底のない暗闇が開いていく。


『運命接続を開始します』


『接続対象:リリア・エルデ』


『相性率:0%』


『警告。本接続は本来成立しません』


 床が傾いた。


 違う。


 傾いたのは部屋ではない。俺の体が、画面へ向かって落ちている。


 机の端をつかむ。指が滑る。ノートパソコンが先に吸い込まれ、黒い穴の中で跡形もなく消えた。


「ちょっと待て。行くとは言ったけど、準備とか――」


『意思を確認しました』


 機械は待ってくれなかった。


 最後に見えたのは、半年暮らした部屋だった。


 脱ぎっぱなしの上着。洗っていないマグカップ。書きかけの履歴書。


 帰りたいと思えるほど大切にしていなかったはずの景色が、急に遠くなる。


 ふと、奇妙なことに気づいた。


 窓の外に街の灯りがない。


 場所も日付も分からない、空っぽの夜だけが広がっていた。


 次の瞬間、俺はスマートフォンの中へ落ちた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ