第19章 人類を滅ぼす相手とマッチしました
「せめて理由を聞かせてくれ」
俺は画面へ話しかけた。
『人間が、理由を求めるか』
ヴァルナの声が返る。
低く、よく通る声だ。姿は人間の女に見える。深紅の髪、金の瞳、額の黒い角。
ただ、瞳の奥で火が燃えている。
「何も知らずに滅ぼされるよりは」
『おぬしらは、何も知らずに滅ぼした』
「誰を」
画面が揺れた。
ヴァルナの背後に、夜の街が映る。
塔が燃えている。
空は炎で赤く、屋根の上を人々が逃げていた。悲鳴と鐘の音が、スマートフォンの小さなスピーカーから流れる。
『北方第一都市、ハルネス』
「今、そこを攻撃してるのか」
『終えたところだ』
「人がいる」
『人の都市だからな』
「やめろ」
『断る』
通話が切れた。
地図が表示される。
現在地からハルネスまで、馬で三日。
破滅まで六日。
間に合う。
馬に乗れれば。
◇
ミオからもらった最後の銅貨では、馬の尻尾も借りられなかった。
代わりに、北へ向かう商隊の護衛へ雇われた。
「剣は」
隊商主に聞かれる。
「ありません」
「弓」
「ありません」
「何ができる」
「一度やられた攻撃なら、次は少し避けられます」
「最初に死んだら?」
「運がよければ戻ります」
隊商主は俺を長く見た。
「荷台へ乗れ。荷物は逃げない」
護衛ではなく荷運びだった。
二日半、荷車に揺られた。
ハルネスへ近づくほど、南へ逃げる人が増える。
荷物を背負った家族。腕を吊った兵士。髪を焼かれた子供。
道端で水を配る。
生命共有で痛みを少し引き受けようとしたが、知らない相手へ触れ、能力の説明をして同意を得る余裕はない。
傷薬を渡すことしかできなかった。
「竜が来た」
避難民の老人が言う。
「女の姿で城壁へ立ち、鐘が三つ鳴るまでに出ろと」
「警告した?」
「領主は軍を出した。魔導砲を撃った。竜は火を食べ、同じ火を返した」
「死者は」
「分からん」
老人は焼けた街を見る。
「わしの息子が、まだ中に」
ヴァルナは避難の時間を与えた。
だから許されるわけではない。
逃げられない者もいる。命令で残った兵士もいる。家や店や、積み重ねた暮らしが燃えた。
プロフィールの女を、事情のある被害者としてだけ見ることはできなかった。
ハルネスの城壁へ着く。
門の上半分は溶け、黒い塊になっていた。
隊商はここで南へ引き返す。
「お前も戻れ」
隊商主に言われる。
「中へ行く」
「家族がいるのか」
「会ったことのない相手が」
「それを家族とは呼ばん」
「俺のアプリはマッチ相手って呼んでる」
「知らん言葉だが、もっと悪そうだ」
その意見には同意した。
◇
街の中には、火が残っていた。
石畳の間で青白い炎が燃え、近づくと魔力を吸われる。建物は中央の神殿と兵舎を中心に焼けている。住宅街にも延焼したが、全域ではない。
標的は選んでいる。
路地から泣き声が聞こえた。
崩れた家の下に、子供がいる。
梁を持ち上げる。
重い。
敗北適応は筋力を増やさない。
生命共有の糸を子供へ伸ばす。
「今から、痛みを少しもらう。いい?」
子供は泣きながらうなずく。
足の痛みが俺へ流れる。
折れてはいない。
梁の隙間を広げ、子供が自分で這い出る。
「南門へ走れる?」
「お母さんが」
「どこ」
子供が指した家の奥は、完全に崩れていた。
糸を探す。
生命の反応がない。
何も言えなかった。
子供の手を引き、南門にいる救護兵へ預ける。
ヴァルナを止める。
怒りだけなら、十分にあった。
街の中央へ向かう。
焼けた神殿の前に、大きな骨が立っていた。
最初は建物の柱だと思った。
違う。
肋骨だ。
一本が家より高い。白く磨かれ、金属の輪を巻かれ、神殿の屋根を支えている。
入口には説明板がある。
『三百年前、邪竜討伐の証として建立』
神殿の床は、薄い骨板で敷き詰められていた。
壁の装飾にも、椅子にも、祭具にも骨が使われている。
竜の墓を壊し、その上へ都市を建てた。
「見事であろう」
背後から声がした。
振り返る。
ヴァルナが神殿の門へ座っていた。
深紅の髪が風に揺れている。黒い衣装の裾から、鱗に覆われた足が見えた。
「我が父の肋だ」
神殿の柱を指す。
「床は母。祭壇は兄。人間は器用だ。殺した相手を、神へ祈る道具にできる」
俺は子供の泣き声を思い出す。
「だから街を焼いた?」
「そうだ」
「関係ない人もいた」
「関係ない?」
ヴァルナが立ち上がる。
金色の瞳が細くなる。
「この街は、竜の骨を売って栄えた。骨粉を薬にし、牙を武器にし、鱗を貨幣へ換えた。三百年、その利益を食らった」
「三百年前に生まれてなかった人もいる」
「竜の子もいた」
「同じことをするのか」
空気が熱くなる。
「俺を殺すなら殺せ。でも、焼けた家にいた子供が、君の家族を殺したわけじゃない」
「その子の母は、我が母の骨を踏んで祈った」
「知らずに」
「知らぬことが罪を消すか」
「消さない」
答える。
「でも、知る機会を奪ったまま殺せば、君も同じだ」
ヴァルナの周囲に炎が生まれた。
プロフィールを開く。
『概念捕食』
『炎、魔法、毒などを捕食し消滅させる』
『接続段階2』
『使用可能出力:1%』
相手の炎を借りた力で消せるか。
手のひらへ意識を集める。
小さな黒い穴が開いた。
炎の端を吸い込む。
熱が消える。
同時に、胃の奥へ燃える石を入れられたような痛みが来た。
食べたものを受け止める力がない。
膝をつく。
「我が力を使うか」
ヴァルナの声に驚きが混じる。
「便利なアプリで」
「でざいあ、という黒い板か」
「DESTINY」
「同じだ」
ヴァルナが近づく。
「それは人間の道具ではない」
「知ってるのか」
「臭いを知っている」
俺の胸元へ顔を寄せる。
息を吸う。
「死。鉄。忘却。そして、竜」
「竜?」
「おぬしの中に、我と同族の臭いがある」
「会ったのは初めてだ」
「そうであろうな」
ヴァルナが笑う。
嬉しい笑みではない。
「おぬしは、自分の中身すら知らぬ」
俺へ手を伸ばす。
避けようとした。
間に合わない。
首をつかまれ、持ち上げられた。
人の姿とは思えない力だ。
「離せ」
「我を止めに来たのであろう」
「話を」
「聞いた。つまらぬ」
ヴァルナの口元から火が漏れる。
時間回帰を意識する。
死ねば戻れる。
一度焼かれれば、敗北適応も働く。
その考えを読んだように、彼女の目が細くなった。
「死んで戻るつもりか」
「なぜ」
「顔に出ておる」
誰もが同じことを言う。
俺の隠し事は、顔へ表示される仕様らしい。
「死なせぬ」
ヴァルナが口を閉じる。
炎が消えた。
「おぬしを捕らえ、黒い板ごと調べる」
「断る」
「選べると思うか」
視界が回る。
地面へ投げられた。
背中を打ち、息が止まる。
立ち上がる前に、黒い鱗が腕と足へ巻きついた。
能力を切り替える。
敗北適応。
鱗の締めつけへ抵抗しようとするが、力の差が大きすぎる。
「弱い」
「知ってる」
「だが、妙だ」
ヴァルナがしゃがみ、俺の顔を覗き込む。
「そなたを、以前にも喰らい損ねた気がする」




