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異世界マッチングアプリで相性0%の彼女を救ったら、忘れられるたびに能力を継承して最強になりました  作者: 藤崎聖子


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第16章 助けてと言えない人

第16章 助けてと言えない人


原因は、薬の中にあった。


 気づいたのは、届けた箱を開けたときだ。


「瓶の色が違う」


 俺は二本を魔導灯へ透かした。


 古い瓶は薄い緑。今朝、門から届いた瓶は無色に近い。ラベルも封蝋も同じだが、底へ沈んだ粉の量が違う。


「作る人が変わったんじゃない?」


 ミオが言う。


 一晩休み、歩ける程度には戻っていた。黒い線は首元まで広がったまま。笑顔も戻っている。


「前の薬は飲んだ?」


「患者から引いた後、あたしが」


「効いた?」


「熱は下がった」


「新しい方は」


「まだ」


 山羊角の老人が一本開け、匂いを嗅ぐ。


「薬草は同じだ。だが、余計な物が入っている」


「毒?」


「分からん。微量すぎる」


 ミオが瓶へ手を伸ばす。


 俺は先に取った。


「飲む気か」


「試さないと分かんない」


「俺が飲む」


「何で」


「時間回帰がある」


「死んだら戻れるやつ?」


「知ってた?」


「寝てるとき、うわ言で言ってた」


「俺、そんなに寝言多い?」


「女の名前も二人分」


 胸が詰まる。


「何て」


「覚えてない」


 ミオは瓶を奪い返そうとする。


 避けた。


「飲めば、君へ移せるだろ」


「嫌だって言ったら無理」


「俺が受け入れる」


「毒を引き受けてもらう方だよ」


「それなら」


 思いついた案を口にする。


「君の中にある百三十二人分を、全部俺へ移せ」


 ミオの笑顔が消えた。


「だめ」


「俺なら死んでも戻る」


「戻ったら毒は」


「たぶん消える」


「記憶も消えるんでしょ」


「少しだけ」


「少しならいいんだ」


「君が死ぬより」


 言い終える前に、頬を叩かれた。


 猫の少女とは思えないほど痛い。


「何する」


「それ、あたしと同じ」


 ミオは俺を睨む。


「一人が持てば済む。自分なら耐えられる。ほかの人には選ばせない」


「俺は自分で」


「お兄さんの記憶にいる人は、選べる?」


 時間回帰で失う記憶。


 顔も声も分からなくなった家族。


 俺が忘れるたび、関係は一方的に消える。


 リリアやセレスへしたことと変わらない。


「じゃあ、どうする」


「それを探してるんでしょ」


 ミオが新しい瓶を指す。


「飲まずに調べなよ」


 正論だった。


     ◇


 薬瓶の封蝋には、小さな番号が刻まれていた。


 三〇七。


 帳簿を調べると、疫病が始まった日の薬にも同じ番号がある。症状が出る前、地上の教会が配った予防薬だ。


「疫病の前から薬があった?」


 俺は老人へ聞いた。


「地下では毎年、冬に咳病が流行る。予防だと言われ、全員へ配った」


「飲まなかった人は」


「病気になっていない」


 答えは最初から帳簿にあった。


 患者百七十六人。その全員が予防薬を飲んでいる。


 飲まなかった者は、同じ区画で暮らしていても無事だ。


「病気じゃない」


 ミオが言う。


「薬で毒を入れられた」


「感染しているように見せる毒だ」


 新しい瓶にも同じものが入っている。


 治療薬を飲むたび症状が少し軽くなり、次の毒が足される。治りきらないよう調整されていた。


「地上の倉庫に、三〇七の箱がある」


 ミオが言う。


「盗みに入ったとき見た。ほかの薬と別の部屋」


「場所を教えて」


「行く気?」


「証拠と解毒法を探す」


「警備増えたって言ったよ」


「案内人がいる」


「料金」


「借金へ足して」


「一生返せないね」


 ミオは少し笑った。


「いいよ。踏み倒されたら、死んでも追うから」


 その言葉を、冗談として聞き流せなかった。


     ◇


 地上の薬品倉庫へ通じる道は、下水にあった。


 また下水だ。


 異世界へ来てから、重要な場所へ行くほど臭いが悪くなる。


「静かに」


 先を行くミオが振り返る。


「足音でばれる」


「泥が靴を離してくれない」


「爪先から歩いて」


 言われたとおりにする。三歩目で滑り、壁へ手をついた。


「向いてないね」


「知ってる」


 水路の上に鉄蓋がある。


 ミオが細い針金を鍵穴へ入れた。数秒で開く。


「盗賊?」


「案内人。閉じた道も案内するだけ」


 倉庫の床下へ出る。


 木箱が天井まで積まれ、青い魔導灯が一本だけ光っている。


 三〇七の印を探す。


 奥の扉に同じ番号があった。


 鍵は魔法式だ。


 俺が敗北適応を意識する。


 一度、礼拝堂で白い術式に触れた。原理が同じなら、少しは抵抗できる。


「触る」


「焼けるよ」


「一度だけ」


 扉へ手を当てる。


 白い光が腕を走った。


 骨の内側を削られる痛み。


 手を離す。


 皮膚に輪の形が焼きついていた。


『術式干渉への適応を確認』


「もう一度」


「ほんとに負けてからなんだ」


 ミオが嫌そうな顔をする。


 二度目。


 痛みはある。だが、光の流れが見えた。


 強い場所を避け、指を動かす。


 鍵が開いた。


 部屋の中には、薬ではなく人間がいた。


 白衣を着た研究員が三人。壁には地下街の地図。患者の名前と危険度が色分けされている。


 中央の表へ、数字が並んでいた。


『集団危険度選別試験』


『投与群 二百』


『隔離後生存予測 十八』


『相互扶助行動による誤差 ミオ・ラグナ』


 ミオの名だけ、赤い線で囲まれている。


「オラクルは、地下街の住民が将来反乱へ加わると判定しました」


 研究員の一人が言う。


 逃げる様子はない。


「だから毒を?」


「危険度の高い個体を特定する試験です。集団へ負荷を与え、自己保存を優先する者と、他者を助ける者を分ける」


「助ける人間が危険なのか」


「共同体を作る能力は、反乱への影響が大きい」


 ミオが笑った。


「あたし、褒められてる?」


「最優先処分対象です」


 研究員が机の下の印へ触れた。


 警報が鳴る。


「解毒法は」


 俺は研究員の胸ぐらをつかむ。


「原液庫に中和剤があります」


「どこだ」


「地下三層」


 倉庫の床が白く光った。


 研究員たちは事前に保護術式を張っていた。俺たちの足元だけが沈む。


「罠!」


 ミオの手をつかむ。


 二人で下へ落ちた。


     ◇


 地下三層は、円形の実験室だった。


 壁にガラス槽が並んでいる。中には色の違う液体と、名前のない魔力の塊。


 中央に、白い法衣の執行者が立っていた。


 金属の面が俺へ向く。


「回収容器。充填率二」


「待ってたのか」


「実験誤差の接続を確認。回収候補を追加します」


 執行者の右手に白い剣。


 左手に、銀の砂が集まった。


 リリアの能力。


「なぜ、それを」


「管理用複製」


 砂が広がる。


 時間が遅くなる。


 俺の時間回帰は、死ぬまで動かない。対抗できない。


 銀の砂が足首へ届く寸前、ミオが俺を蹴り飛ばした。自分は反対側へ転がり、砂の範囲から逃れる。


「同じ力で張り合うしか能がないの?」


 棚から奪った琥珀色の薬瓶を、天井の白い管へ投げる。


 管が破裂した。中和液が雨のように降り、銀の砂が泥へ変わる。周囲のガラス槽が一斉に割れた。


「中和剤を探して!」


 ミオへ叫ぶ。


「一人で?」


「こいつは俺を狙う」


「そういうの、やめろって」


「一人で背負う話じゃない。役割分担!」


 ミオが舌打ちする。


「あとで料金倍ね!」


 棚の間へ走る。


 執行者の剣が俺へ来た。


 一度受けた軌道へ適応している。避ける。


 次の剣は角度を変えた。


 肩を切られる。


 執行者は、俺の適応を前提に攻撃を変えている。


 白い鎖が床から出る。


 セレスの記憶で知る拘束術。


 足へ巻きつく前に跳ぶ。


「お前、何人分持ってる」


「管理に必要な数」


「その人たちは」


「処理済み」


 意味を聞く余裕はなかった。


 執行者の背後で、ミオが青い瓶を掲げる。


「あった!」


 同時に、ガラス槽の破片が彼女の足を切った。


 血が流れる。


 黒い線が一気に濃くなった。


 接続している百三十二人の痛みまで反応する。


 ミオが倒れる。


「逃げろ!」


 俺は白い鎖を腕へ巻き、引いた。


 執行者の体勢が崩れる。


 自分の皮膚が焼ける。


 中和剤を拾い、ミオを抱える。


 背後の棚へ体当たりする。


 瓶が崩れ、白い煙が部屋を満たした。


 視界を失った執行者の剣が、壁を切る。


 開いた穴から下水が噴き込む。


 俺たちは流れへ飛び込んだ。


     ◇


 地下街へ戻る頃、ミオの意識はほとんどなかった。


 中和剤は一本だけ。


 原液から薄めれば全員分になる。だが調合には時間がかかる。


 ミオの黒い線は心臓へ達していた。


 秘密の部屋の寝台へ下ろす。


 老人が中和剤を受け取り、調合を始める。


「ミオ」


 呼ぶ。


 黒い耳がわずかに動いた。


「薬、取ってきた」


「知ってる」


「もう一人で引き受けなくていい」


「まだ、切れない」


「切らなくていい。みんなへ事情を話す」


「怒るよ」


「怒られろ」


「嫌だなあ」


 笑おうとして、息が詰まる。


 俺の袖をつかんだ。


「お兄さん」


「うん」


「助け」


 そこで声が切れた。


 手から力が抜ける。


 ミオは最後まで言えないまま、意識を失った。


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