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白き天使と金色の竜眼Ⅰ  作者: 蒼空れっど
第五章 帝国侵攻編
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第95話 追憶の都へ

 ユウは廊下を引き返した。


 もうリリアの声は届かない。


『助けて……』


 最後の言葉だけが、頭から離れなかった。


 追憶の都。


 名前だけなら、どこかの本で目にした覚えがある。


 正確な場所までは知らなかった。


 闇雲に学院を出ても、かえって時間を失う。


「場所だけ確認しないと……」


 向かったのは図書館だった。


 教師に知らせるべきだという考えも、一瞬だけ浮かんだ。


 事情を説明し、誰かが動けるようになるまでには時間がかかる。


 リリアは魔物から身を隠し、そこから動くこともできないと言っていた。


 今は、一刻でも早く場所を突き止めたかった。


「まず、場所だけ……」


 そう決め、足を速めた。


 図書館へ入る。


 放課後の館内には、まだ何人かの生徒が残っていた。


 ユウは地理関係の棚へ向かい、王都周辺の街道と旧跡が記された地図を取り出す。


 机の上へ広げた。


「追憶の都……」


 王都から伸びる街道を指で辿る。


 いくつかの地名の中から、目的の文字を探していく。


 やがて。


「あった」


 指先が止まった。


 追憶の都。


 王都から街道を進み、途中の分岐から別の道へ入った先に記されている。


 すぐ近くではない。


 それでも、今から向かって日が完全に落ちる前後には辿り着けそうな距離だった。


 ユウは経路を目で追う。


 分岐を一つ。


 その先を道なりに進む。


 地図には追憶の都の範囲も記されており、その中に神殿跡を示す印があった。


「古い神殿……これかな」


 リリアが言っていた場所と重なる。


 位置を覚え、もう一度だけ道順を確認した。


 今必要なのは、それだけだった。


 地図を元へ戻し、図書館を出る。


 その足で男子寮へ駆け戻った。


 207号室へ入ると、ユウは制服を脱ぎ、白いフード付きの私服へ素早く着替える。


 使われていない旧跡を動き回るなら、制服よりこちらの方がいい。


 必要なものだけを鞄へ移すと、すぐに部屋を飛び出した。


     ◇


 学院の門を抜けた。


 王都にはまだ夕方の人通りが残っている。


 帰りを急ぐ者。


 店先を片づける商人。


 荷車を引いて街道へ向かう人々。


 ユウはその間を縫うように進んだ。


「待ってて、リリア」


 自然と歩調が速くなる。


 念話の向こうから聞こえた息遣いを思い出す。


 物陰に隠れている。


 魔物が近くを探している。


 そこから動けない。


 どんな相手なのかは聞けなかった。


 一体なのか、複数なのかも分からない。


 それでも、リリアが逃げられるだけの時間を作れればいい。


 倒せない相手なら、二人で退けばいい。


 今は救い出すことだけを考えよう。


 やがて王都を囲む城壁が近づいてきた。


 以前よりも、門の周囲に立つ兵士の数が増えている。


 王都へ入る者も、外へ向かう者も、一人ずつ確認を受けていた。


 ユウも人の流れに並ぶ。


 順番が来ると、門兵がこちらへ目を向けた。


「学生か?」


「はい。王立魔法学院の一年生です」


「学生証を」


 ユウは鞄から学生証を取り出して差し出した。


 門兵は学生証の記載を確認する。


「ユウ・リシェル……一年生だな」


「はい」


「一人で外へ?」


「はい」


 門兵の表情がわずかに険しくなった。


「今は王都でも失踪が続いている。学院からも、必要のない外出は控えるよう言われているはずだ」


「分かっています」


「用件は?」


 ユウは一瞬だけ言葉を選んだ。


 リリアが魔物に追われていることまで話せば、さらに説明を求められるかもしれない。


 今は少しでも早く向かいたかった。


「……急ぎの用事があります」


「行き先は?」


「追憶の都です」


 門兵の眉がわずかに動いた。


「追憶の都……あの旧跡か」


「はい」


「今から向かうなら、着く頃には日が落ちるぞ」


「分かっています」


 門兵はしばらくユウを見た。


 やがて、学生証を返す。


「無理はするな。危険を感じたらすぐ戻れ」


「はい。ありがとうございます」


 門兵は脇に置かれた帳簿へ、ユウの名前と行き先を書き留めた。


 ユウは頭を下げ、門を抜ける。


 外へ出ると、建物の並びが途切れ、街道の向こうに草地と木々が広がっていた。


 足を止めることなく、地図で確認した経路を進む。


 人影は次第にまばらになっていった。


 ユウは覚えた道順を頭の中で辿った。


 しばらく進むと、街道の先に分岐が現れた。


「こっちだ」


 迷わず進路を変える。


 そこから先は、王都側の街道ほど整えられていなかった。


 土の上には古い車輪の跡が残り、脇には背の高い草が伸びている。


 足を進めながら、念話の内容がふと頭をよぎった。


 朝は風邪で学院を休んでいた。


 それなのに、どうしても今日でなければならない予定があったという。


「何だったんだろう……」


 リリアがそこまでして追憶の都へ行く理由。


 念話を使えたことも気になる。


 話したくなかった事情があったのだろうか。


 自分が知らなかっただけなのかもしれない。


 昨日から、そんなことばかりだった。


 ユウは口を閉じた。


「……助けてから聞こう」


 今は、それでよかった。


     ◇


 空の色が変わり始めた頃。


 進行方向に、石造りのものが見えた。


 最初は大きな岩にも見えた。


 近づくにつれ、形がはっきりしていく。


 崩れた壁。


 途中で折れた柱。


 草木に覆われた建物の跡。


 古い石畳の一部も、土の間から姿を覗かせていた。


 ユウは歩みを止める。


「……追憶の都」


 地図で見た場所だった。


 王都の喧騒は、もう聞こえない。


 風が草を揺らし、その音だけが広がっている。


 ユウは周囲を見回した。


 魔物の姿はない。


「リリア……」


 声を抑えて呼びかける。


 返事はなかった。


 魔物が近くを探していると言っていた。


 大声を出せば、かえってリリアを危険にさらすかもしれない。


 ユウは呼ぶのをやめ、周囲へ目を凝らした。


 何かが動く音も聞こえない。


「神殿の近くって言ってたよね……」


 都の奥へ視線を向ける。


 崩れた建物の向こうに、周囲より大きな石造りの建物が見えた。


 屋根の一部は欠けている。


 それでも、ほかの跡とは明らかに造りが違っていた。


「あれだ」


 地図に記されていた神殿跡。


 ユウは鞄の紐を握り直す。


 足音を抑えながら、古い神殿へ向かった。

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