第89話 重なる条件
王都の詰所では、三枚の書面が一つの机に並べられていた。
別々に届けられた三件の失踪は、現在、まとめて調べられている。
「門番たちへの聞き取りは?」
「終わっています。三人に似た者が王都を出たという証言は得られていません」
衛兵の一人が答えた。
「もちろん、すべての通行人を覚えているわけではありませんが」
「そうだろうな」
机の前に立つ男が頷く。
「それで、最後に確認された場所は?」
別の衛兵が王都の地図を広げた。
地図には三か所、印がつけられている。
「少年は一昨日の昼過ぎ、市場です。果物を買ったあと、一人で歩いていく姿を何人かが見ています」
一つ目の印を指す。
「女性は勤め先の店を出たところまで確認できています」
二つ目。
「宿の青年は、夕方に宿を出たところまで主人が確認しています」
三つ目。
それぞれの場所は離れている。
同じ通りを利用していたわけでもない。
「三人が顔を合わせた形跡は?」
「ありません」
「同じ店を利用していたとか、同じ場所へ通っていたとかは?」
「今のところ、そういったものも見つかっていません」
男は地図を見つめた。
住んでいた場所。
仕事。
交友関係。
生活する時間帯。
どれも違う。
家族や知人への聞き取りを重ねても、三人を直接結びつけるものは出てこなかった。
「最後に姿を見られてから、騒ぎになった形跡もないんだな?」
「はい」
別の衛兵が答える。
「争う声を聞いた者も、助けを求める姿を見た者もいません」
「三人ともか」
「三人ともです」
男の眉間に皺が寄る。
人が一人、突然いなくなる。
それだけなら、この広い王都では起こり得る。
家を飛び出す者もいる。
誰にも告げず王都を離れる者もいる。
事件に巻き込まれる者もいる。
しかし今回の三人には、自分から姿を消したと考えるには不自然な点があった。
宿の青年と女性は、荷物や金を残している。
少年も、授業を終えて帰る途中で足取りが途絶えた。
いずれにも、それまでの日常を放り出すような前触れは見つかっていない。
「魔法を扱えることは、三人とも共通しているんだな?」
「はい。ただ、三人すべてに共通する属性はありません」
男は腕を組んだ。
それでも、完全に無関係とは思いにくくなっていた。
三人とも若い。
三人とも魔法を扱える。
そして三人とも、誰にも異変を見られないまま姿を消している。
「……まだ決めつけるには早いな」
「はい」
「だが、別々の失踪として見るのもやめる」
男は地図から顔を上げた。
「三人の人相と服装を各詰所へ回せ。市場だけじゃない。宿屋、商店、門番にももう一度だ」
「分かりました」
「夜の巡回も増やす。ただし、余計な噂は立てるな。帝国軍との関係も、今は何も確認されていない」
「はい」
衛兵たちが動き始める。
机の上に残された三枚の失踪記録。
まだ、その三人を結ぶものが本当に存在するのかさえ分からない。
ただ、偶然という言葉だけで片づけるには、重なる条件が多すぎた。
◇
王立魔法学院にも、王都から続報が届いていた。
新たな失踪者が確認されたわけではない。
三人はいまだ見つかっておらず、王都側がまとめて調査を始めたという知らせだった。
「三人とも、まだ……」
クラリスは書面を読み終え、机へ置いた。
「そういうことです」
向かいの教師が答える。
「学院へ追加の指示は?」
「ありません。ただ、当面は昨日伝えた注意を継続してほしいとのことです」
「分かりました」
クラリスは頷いた。
昨日すでに、生徒には必要なことを伝えている。
ここで新しい事実もないまま何度も注意を重ねれば、かえって不安だけを大きくする。
「生徒たちには、今のところ改めて話す必要はないでしょう」
「私もそう思います」
「ただし、教師側では学院外の行動に注意しておきましょう」
書面を閉じる。
窓の外から、生徒たちの声が聞こえてきた。
授業の合間なのだろう。
廊下を行き交う姿も、いつもと変わらない。
学院では今日も、普段通りの時間が流れていた。
◇
王国との国境を望む、帝国側の野営地。
天幕の間を荷馬車が進み、後続部隊の配置と物資の搬入は終盤に入っていた。
中央の天幕では、数人の指揮官が地図を囲んでいた。
「後続部隊の配置は?」
「ほぼ完了しています」
「物資は」
「残りも今日中には到着する予定です」
一人の指揮官が地図上の駒を動かす。
国境線の手前には、いくつもの部隊が並んでいた。
「王国側は?」
「監視を増やしています。国境守備隊の動きも活発になっています」
「これだけ兵を並べれば当然だ」
別の指揮官が言った。
「進軍命令は届いているか?」
「まだです」
「なら現状を維持する」
指揮官は即座に答えた。
「全部隊へ徹底しろ。命令があるまで国境線を越えるな。無用な小競り合いも起こさせるな」
「はっ」
「各隊は武具と食料を再確認。騎兵は馬の状態も見ておけ」
命令を受けた兵が天幕を出ていく。
外では各隊が装備と物資を確かめ、騎兵たちも馬の状態を確認していた。
国境線の手前で、帝国軍は命令を待ち続けていた。




