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白き天使と金色の竜眼Ⅰ  作者: 蒼空れっど
第五章 帝国侵攻編
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第88話 約束

 王立魔法学院では、朝から教師たちの出入りが続いていた。


 国境情勢に新たな動きはない。


 その一方、王都から届いた一枚の書面が、教師たちの間に新たな緊張を生んでいた。


     ◇


「失踪……ですか?」


 職員室。


 クラリスは手渡された書面へ目を落とした。


「現在、王都で三名の行方が分からなくなっているそうです」


 向かいに立つ教師が答える。


「いずれも十代後半から二十歳前後。今のところ、互いに関係があったという情報はありません」


「それだけなら、学院へ知らせるほどのことではないようにも思えますが……」


「ええ。ただ――」


 教師が書面の一部を指す。


「三人とも魔法を扱えるようです」


 クラリスの視線が止まった。


 一人は水。


 一人は風。


 もう一人は火と風。


 三人すべてに共通する属性はない。


 魔法使いとして名が知られていたわけでもない。


 それでも。


「王都では、偶然かどうかも含めて調査を始めるとのことです」


「学院にも注意を?」


「若い魔法使いが多く集まる場所ですから」


 クラリスは書面を置いた。


 帝国軍が国境へ集結している最中に起きた、理由の分からない失踪。


 両者に関係があるという証拠はない。


 だからこそ、今は余計な憶測を広げるべきではない。


「学院長には?」


「すでに報告されています」


「分かりました」


 クラリスは一度考えてから頷いた。


「必要な注意だけ、生徒たちにも伝えましょう」


     ◇


 昼前。


 授業を終えるはずだったクラリスは、教卓の前から動かなかった。


「最後に、一つ連絡があります」


 片づけを始めていた生徒たちの手が止まる。


「現在、王都で複数の失踪が確認されています」


 教室に小さなざわめきが広がった。


「失踪?」


「誰が?」


「静かにしてください」


 クラリスは声が収まるのを待つ。


「現時点で確認されているのは三名です。いずれも若く、魔法を扱うことができる人物だと報告されています」


 ユウはクラリスを見つめた。


 三人。


 それだけなら、偶然ということもあるのかもしれない。


 だが学院へ注意が届いたということは、王都側も何かを気にしているのだろう。


「この失踪が互いに関係しているのか、それとも別々の出来事なのかは分かっていません。帝国軍との関連についても、確認された事実はありません」


 そこで一度、教室全体を見渡す。


「ですから、根拠のない噂を広げないようにしてください。ただし、学院外へ出る場合は一人で行動せず、できるだけ複数人で行動してください」


「先生」


 一人の生徒が手を上げた。


「学院から外に出ちゃ駄目なんですか?」


「禁止ではありません。ただし、必要のない外出は控えることを勧めます」


 生徒が頷く。


「何か変化があれば、学院から改めて知らせます」


 それで話は終わった。


 だが。


 教室に残った空気は、昨日までとは明らかに違っていた。


     ◇


 放課後。


 四人は学院の中庭にいた。


 石造りの縁へ腰を下ろし、しばらく誰も話さない。


「……三人とも魔法を使えるんだよね」


 リリアが最初に口を開いた。


「先生は関係があるか分からないって言ってたけど」


「実際、三人じゃまだ何とも言えないだろ」


 カイルが答える。


「王都なら魔法を使える人間だって珍しくないしな」


「そうですね」


 エステルも頷いた。


「ですが、学院へ注意が届く程度には気にされているのでしょう」


「帝国軍のこともあるし……」


 リリアが呟く。


 そこで会話が止まった。


 帝国軍はまだ国境を越えていない。


 戦争も始まっていない。


 それでも、「戦争」という言葉は、もう以前ほど遠いものには思えなかった。


「もし、本当に戦争になったら……学院はどうなるんだろう」


 リリアが膝の上で手を組んだ。


「王国軍や騎士団がいるんだから、すぐここまで来るとは思えないけどさ」


 カイルの声も、いつもより低い。


「それでも、絶対とは言えません」


 エステルが静かに言った。


「学院にいるから何も起こらない、と決まっているわけではありませんから」


 ユウは三人を見た。


 リリア。


 カイル。


 エステル。


 この学院で出会った、大切な仲間たち。


 一緒に授業を受けて。


 一緒に依頼へ行って。


 一緒に遠征へ出て。


 危険な目にも遭った。


 それでも、今こうして四人でいる。


「……だったらさ」


 三人の視線が集まった。


 ユウは少しだけ身を乗り出す。


「今からずっと心配してても仕方ないよね」


「ユウ?」


「何が起こるかは、まだ分からない。でも、何かあった時にできることはあると思う」


 自分の手へ目を落とす。


 自分の意思で使える魔力は多くない。


 どんな危険にも、一人で対処できるわけではない。


 それでも。


 ずっと、そうなりたいと思っていた。


 困っている人の前に立てるように。


 誰かを守れるくらい、強くなりたいと。


 ユウは顔を上げた。


「だから、何があってもみんなのことは守るよ。約束する!」


 一瞬。


 三人とも何も言わなかった。


「……おい」


 カイルが眉を上げる。


「そこは俺ら一致団結だろ?」


「え?」


「何でお前だけ守る側なんだよ。俺だって、お前らに何かあったら助けるぞ」


「あ……そういう意味か」


「他に何があるんだよ」


「私も同じです」


 エステルが続ける。


「ユウさん一人が、私たち全員を守ろうとする必要はありません」


「そうだよ」


 リリアも頷いた。


「私たちだって、ユウを守るんだから」


 ユウは三人の顔を順番に見る。


 以前なら。


 自分が何とかしなければ、と考えていたかもしれない。


 けれど、今は違う。


「うん! 分かってるよ」


「本当か?」


「本当だって」


 カイルの疑うような視線に、ユウはすぐに答える。


「僕だって、四人で動いた方ができることが増えるって、ちゃんと分かってるから」


「ならいいけどな」


「ですが、一人で無茶をしないでくださいね」


 エステルが念を押す。


「うっ……」


「そこはすぐ答えないんですか?」


「答えるよ。ちゃんと答えるって」


 少し姿勢を正す。


「何でも一人でやろうとはしないよ」


「本当にね?」


 今度はリリアがじっとこちらを見る。


「うん!」


 迷わず頷くと、三人の張りつめていた空気も和らいだ。


「じゃあ、決まりだな」


 カイルが立ち上がる。


「誰か一人が守るんじゃなくて、四人で助け合う」


「うん。その方がいい!」


「最初からそう言ってるだろ」


「そうでした」


「今気づいたのかよ」


「違うよ。ちゃんと分かってたよ?」


「どうだかな」


「本当だってば」


「それが一番ですね」


 エステルも立ち上がった。


「じゃあ、そろそろ戻ろっか」


 リリアも続く。


「このあと、どうする?」


「僕、図書館に寄りたい!」


 ユウがすぐに答える。


「今日の授業で気になったところがあるんだ。少し調べておきたくて」


「やっぱりそっちか」


 カイルが言う。


「だって、気になったままにしておくの嫌じゃない?」


「ユウさんらしいですね」


「私も付き合うよ」


 リリアが言うと、カイルも続いた。


「じゃあ俺も。どうせ四人で行くんだろ?」


「うん!」


 ユウも立ち上がる。


「じゃあ行こう!」


 四人はそのまま、中庭から図書館へ向かった。

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