第8話 少ない力で
学院案内に挟んでおいた『臨時基礎能力確認』の紙を、出発前にもう一度だけ確かめた。
筆記具。学院長から渡された書類。昨日まとめた覚え書き。
「よし。全部ある」
鞄を肩へかけ、家を出る。
「行ってきます」
薄い霧の残る森を歩きながら、三人と勉強したことを思い返す。
知らない問題が出ても、焦る必要はない。
自分にできることを、ちゃんとやればいい。
「……うん。大丈夫」
◇
学院の門前では、リリアたち三人が待っていた。
「おはよう、ユウ」
「おはよう!」
「ちゃんと寝たか?」
「うん。早めに寝たよ」
カイルの目が鞄へ向く。
「書類も持ったか?」
「あるよ」
「筆記具は?」
「それもある」
「勉強したことは?」
「頭の中!」
「それは置いてこられないな」
思わず口元が緩んだ。
三人と話しているうちに緊張は和らいだものの、学院の門を見上げると、また肩に力が入る。
「やっぱり緊張してる?」
リリアが尋ねる。
「うん。ちょっとだけ」
「素直だな」
「だって、初めてだし」
四人で門をくぐり、指定された確認室へ向かった。
扉の前には、淡い茶色の髪を後ろで束ねた女性教師が立っていた。
「ユウ・リシェルさんですね」
「はい」
「確認を担当するクラリス・エヴァンです。基礎魔法理論も担当しています」
「よろしくお願いいたします」
頭を下げる。
「皆さんは待合室でお待ちください。実技は廊下から見学できますが、助言はできません」
「ユウ、いつも通りでいいからね」
「分からないところは無理に埋めなくていいぞ」
「考えた過程も残してください」
三人の言葉に明るく頷く。
「うん。終わったら話すね!」
◇
確認室には、机と椅子が一つずつ置かれていた。
「これは合否を決める通常の入学試験ではありません。今のあなたが何を知り、どう考え、魔法をどこまで安全に扱えるかを見ます。分からない問題は、そのままでも構いません」
「はい」
最初は読み書きだった。
文章を読み、出来事を順番に並べ、理由を短く記す。
書く時はエステルに教わった通り、答えを先に、そのあとへ理由を続けた。
次は算術。
薬液を三対二で混ぜ、その五分の一を使ったあと六十四リール残る。最初の二種類の量を求める問題だった。
紙へ五つの四角を描く。
「残った四つ分で六十四だから、一つは十六。最初は八十……」
そこから三対二へ分ける。
青四十八リール。
透明三十二リール。
「この図は?」
「一度に考えると間違えそうだったので、同じ大きさに分けました」
「なるほど。考えた過程がよく分かります。そのまま残してください」
「はい!」
王国の基礎知識では、領地制度や騎士団の細かな役割に空欄が残った。
無理に埋めず、『分かりません』と記す。
最後の筆記は魔法理論だった。
七つの基礎属性。
魔法を安全に使うための注意。
術式を流れる魔力の動き。
最後の頁には、小さな結界術式が描かれている。
『この術式の問題点を一つ挙げ、修正方法を記しなさい』
正面から受けた衝撃を中央へ集め、強い力で止める形だった。
「ここに集まりすぎるんだ……」
中央へ向かう線を三つに分け、外側へ逃がす線を書き足す。
枝が風を受けてしなるように。
川の水が石へ当たり、左右へ分かれるように。
さらに内側へ薄い円を描いた。
「その円は何ですか?」
「衝撃を防げても、大きな音や光がそのまま届いたら、中にいる人は驚くと思うんです」
「それを弱めるための層ですか」
「できたらいいなって。まだ、うまく作れるかは分かりません」
「最初の修正だけでも回答は成立しています。内側の円も、理由と一緒に残してください」
「はい」
◇
筆記のあと、基礎実技へ移った。
「まず《光灯》を」
「はい」
練習用の杖を握る。
「集いし光よ、我が掌に小さき灯を結べ――《光灯》」
杖の先へ、木の実ほどの光が生まれた。
小さくとも、輪郭はほとんど揺れない。
「測定上の魔力出力はかなり低いですね」
クラリスが測定器の数値を読み取る。
「ですが、制御は非常に安定しています」
しばらく光を保ったところで、終了を告げられた。
ゆっくりと消し、息を整える。
「次が最後です」
部屋の中央へ、木球を飛ばす装置が向けられた。
渡された紙には、初級魔法《光障壁》の術式が記されている。
正面へ広い壁を作り、木球を受け止める形だった。
紙と装置を見比べる。
「この大きさだと、長く保てないと思います」
「では、どうしますか?」
余白へ小さな円を描く。
「木球が通るところだけにします。それと……少し斜めにしたいです」
「斜めに?」
「正面から全部止めるんじゃなくて、横へ逸らせば、必要な力を減らせると思うので」
クラリスが書き加えられた術式を読む。
「実際に試したことは?」
「ありません」
「安全術式を作動させます。一度だけ許可します。崩れた場合は無理に魔力を加えないこと」
「分かりました」
装置の前へ立つ。
カイルが見せてくれた土壁。
流れを保つ水球。
風を受けて曲がる枝。
石の横を流れていく川。
必要な場所へ、必要な分だけ。
「集いし光よ、我が意に従い、ここに巡りて隔てとなれ――《光障壁》」
正面に、小さな光の円が現れた。
木球の軌道だけを覆う大きさだ。
「始めます」
乾いた音とともに木球が放たれる。
光の円へぶつかり、障壁が大きく揺れた。
「……っ」
消えない。
斜めに張られた障壁に受け流され、木球は右側へ逸れて床を跳ねた。
役目を終えた光障壁が薄くなり、静かに消える。
床に転がった球を確かめ、クラリスへ向き直った。
「……できましたか?」
クラリスは数秒考え、口を開く。
「指定されたように正面で停止させたわけではありません。しかし軌道を変え、あなたの体へ触れさせなかった」
記録用紙へ筆が走る。
「防御魔法として、成立しています」
ぱっと表情が明るくなった。
「ありがとうございます!」
廊下では、カイルが小さく「おお」と声を上げていた。
リリアは安堵したように息を吐き、エステルは障壁が消えた場所を黙って眺めている。
「本日の確認は以上です」
杖を返し、深く頭を下げる。
「ありがとうございました」
クラリスは答案と実技記録を学院の封筒へ収めた。
「先日の属性適性検査と合わせて検討します。明日の午後、学院長室へ来てください」
「はい」
日時を書いた紙を受け取り、廊下へ出る。
「お疲れさま、ユウ!」
「最後のあれ、どうやったんだ?」
「筆記では、どんな問題が出たのですか?」
三人から一度に聞かれ、どこから答えるか迷う。
「えっと……順番に話すね」
「長くなりそうだな」
「そんなに長くしないよ」
「本当?」
「……たぶん」
リリアが笑った。
「じゃあ、帰りながら聞こうか」
「うん!」
受け取った紙を鞄へしまい、三人と並んで学院の廊下を歩き出した。




