第7話 森の教室
『臨時基礎能力確認』
その文字が書かれた紙を、ユウは机の上で何度も見返していた。
確認は明日。
内容は、読み書き、計算、王国の基礎知識、魔法理論、基礎実技。
「何を勉強したらいいんだろう……」
読み書きも計算もできる。
魔法式を考えるのも好きだ。
けれど、学院が何を「基礎」としているのかは分からない。
「足りないところが見つかれば、そこを覚えられるんだけどなあ」
学院案内を開いた、その時だった。
「ユウー! いるかー?」
「カイル?」
扉を開けると、森の道を三人が歩いてきた。
鞄を肩にかけたカイル。
何冊もの本を抱えたエステル。
籠を持ったリリア。
「みんな、どうしたの?」
「明日の勉強を手伝いに来たの」
「昨日の帰りも、その紙を何度も見てたでしょ?」
「そんなに見てた?」
「数えきれないくらい」
カイルが頭をかく。
「明日は一人で確認を受けるんだろ。放っておくのも気になったからな」
「素直に心配だったと言えばよいのではありませんか?」
「そういう言い方は恥ずかしいだろ」
「今、ご自身でほとんど言っています」
その言葉に、ユウの顔がぱっと明るくなった。
「ありがとう、カイル! リリアもエステルも!」
エステルは本を持ち上げた。
「ユウさんが考えた魔法式にも興味があります」
「また一緒に考えてくれるの?」
「ええ。まずは明日の確認からですが」
「うん!」
家へ入ろうとしたが、椅子は一つしかない。
木箱を足しても足りなかった。
「外でいいだろ。天気もいいし」
カイルが家の前へ座り、リリアは木箱を運ぶ。
ユウも平たい板を机代わりに置いた。
こうして森の家の前に、小さな教室ができた。
◇
最初は計算だった。
「八分の三まで水が入った貯水槽へ四十五リール加えると、四分の三になりました。全体の容量は?」
紙へ四角を描き、八つに分ける。
「増えた三つ分が四十五だから、一つ分は十五。それが八つで……百二十リール」
「正解です」
「なんで四角を描くんだ?」
「その方が、どこからどこまで増えたのか見えるから」
「俺には四角が八つ並んでるようにしか見えないぞ」
「それで合ってるよ」
「合ってるのか……」
似た問題を続ける。
間違えた時も、どこで考え違いをしたのか、線を戻りながら確かめた。
「ユウって、難しいものを小さく分けて考えるんだね」
「大きいままだと分かりにくいからね。少しずつなら考えやすいよ」
読み書きには大きな問題はなかった。
学院の答案では、答えを先に書き、そのあとに理由を書くと伝わりやすいとエステルに教えられた。
「なるほど。最初に答えを書くんだね」
王国の基礎知識に移ると、初めて筆が止まった。
「現在の国王陛下のお名前は?」
「……ごめん。そこは知らない」
「オルディス王家のレオニス三世陛下です」
教えられた名前をすぐに書き留めた。
「レオニス三世……覚えた」
国王の名前や周辺の領地、騎士団の役割。
現在の王国については、知らないことがいくつもあった。
「読んだ本には、昔リーヴェルの北に大きな湖があったって書いてあったけど、今はないんだよね?」
「ありません。その本はかなり古いのでしょう。本は、いつ書かれたものかも見た方がよいですね」
「そっか。本の中では今でも、その時の『今』なんだね」
余白へ一言書き加えた。
『書かれた時代も見る』
◇
昼になると、リリアが籠を開いた。
柔らかいパンと薄切りの肉、赤い果実が並ぶ。
ユウも自分で焼いたパンを並べた。
「今日はちゃんと柔らかいよ!」
カイルが手に取る。
「……前よりは柔らかいな」
「でしょ?」
「まだパン屋には負けてるぞ」
「じゃあ、もっと練習する!」
「そこで張り合うのか?」
食事のあとは魔法理論だった。
「人間が一般的に扱う七つの基礎属性は?」
「火、水、氷、土、風、雷、光」
「正解です。実際に見た方が、属性ごとの違いをつかみやすいでしょう」
「なら俺からだな」
カイルは土の見える場所へ移動した。
「大地よ、我が意に応え、ここに隆起して壁を成せ――《土壁》」
地面が盛り上がり、膝ほどの壁になる。
中央と端を見比べた。
「真ん中の方が固いね」
「全部同じ固さにすると魔力がいる。守りたい場所へ多めに回してるんだ」
「大事なところに力を集めるんだね」
次はリリアが器の水へ杖を向ける。
「流れし水よ、我が意に従い、ここに集いて形を成せ――《水球》」
水が浮かび、以前より揺れの少ない球になる。
「前よりずっときれい!」
「中へ流れを作る練習、続けてるからね」
最後にエステルが家の陰へ移った。
「凍てつく冷気よ、我が意に従い、ここに集いて結晶を成せ――《氷片》」
薄い氷の結晶が生まれる。
平らな部分へそっと触れた。
「冷たい!」
「氷ですから」
「水球とは全然違うね。水を動かすだけじゃなくて、冷たさと形も一緒に保ってる」
「その理解でよいでしょう」
残る属性についても、教本を開きながら特徴を確認していった。
風と光は知っている範囲を整理し、火は森での実演を避けた。
雷はこの場に扱える者がいないため、説明だけにした。
「同じように魔力を出せばいいわけじゃないんだね」
「だから授業があるんだよ」
「うん! こうして見ると、違いがはっきりするね」
エステルはユウの紙へ目を落とした。
「ユウさんは、どうして力を分けて流す考え方をしたのですか?」
風を受けてしなる枝を見上げた。
「強い風が吹いても、枝って全部を正面から止めようとしないでしょう?」
地面へ線を引き、途中に丸い石を描く。
「川の水も、大きな石に当たると左右へ分かれる。一か所だけで受け止めるより、周りへ流した方が、少ない力でも耐えられることがあるんじゃないかなって」
「それが結界の考えにつながったのですね」
「うん。本を読んでたら、森で見たことを思い出したんだ」
「本だけじゃなくて、森からも覚えたのか」
「よく見てると、森にも教えてもらえることがいっぱいあるよ」
木々を抜けた風が、広げた紙を揺らした。
◇
日が傾くと、リリアが本を閉じた。
「今日はここまでにしよう」
「もう?」
「夜までやって、明日起きられなかったら意味ないだろ」
カイルが鞄を肩へかける。
「直前に詰め込みすぎるのもよくありません」
ユウは問題集を見てから頷いた。
「分かった」
「明日の朝、学院の前で待ってるからね」
「確認を受けるのはユウ一人だけど、終わるまで三人で待ってるよ」
「本当?」
「うん」
三人を見回した。
「ありがとう。みんなが来てくれて、すごく助かったよ!」
三人を見送ったあと、家の前に広げていた紙を一枚ずつ揃えた。
計算の図。
王国についての覚え書き。
属性ごとの違い。
最後に『臨時基礎能力確認』の紙を手に取った。
「分からないことは、分からないって答えよう」
今日教えてもらったことを思い返す。
「分かることは、ちゃんと考えて答えればいいんだ」
紙を学院案内へ挟み、筆記具と一緒に布袋へしまった。
片づけを終えて家へ入る。
「……よし。今日は早く寝よう」
窓の外では、夜の風に木々が静かに揺れていた。




