第6話 判定不能
図書館を出ようとしたところで、リリアが入口近くの案内板へ目を止めた。
「ユウ、これ見て」
「なに?」
『見学者向け・簡易属性適性検査』
透明な水晶へ少量の魔力を流し、どの属性に反応するかを確かめるものらしい。
「これ、僕も受けられるの?」
「見学者なら大丈夫みたいだよ」
カイルが案内を覗き込む。
「やってみたらどうだ? 自分の得意な属性、知りたいだろ」
ユウは自分の手を見る。
小さな光なら使える。けれど、人間界で使われている七属性の基準で、自分の力がどう判定されるのかは分からなかった。
「ちゃんと反応するかな」
「今日は試験じゃないよ」
リリアに言われ、すぐに顔を上げた。
「そっか。じゃあ、やってみる!」
四人は図書館の隣にある検査室へ向かった。
◇
部屋の中央には、人の頭ほどの透明な水晶が置かれていた。
黒い台座には、火、水、氷、土、風、雷、光。七つの属性を示す術式が刻まれている。
前の少年が触れると、水晶の中心に赤い光が灯った。
「火属性への反応ですね」
次の少女では、淡い緑色の光が渦を巻く。
やがてユウの番になった。
「表面へ手を置いて、普段魔法を使う時と同じように、少しずつ魔力を流してください」
「はい」
右手を水晶へ置いた。
指示された通り、ほんの少しだけ魔力を流す。
水晶の中心に淡い白色が灯った。
「光属性――」
教師が記録用紙へ手を伸ばす。
その時だった。
白い光の隣に、透き通った青色が現れた。
さらに、薄い氷の模様が水晶の内側へ広がる。
「……三属性?」
教師の手が止まった。
次の瞬間、水晶全体が一度だけ淡く明滅した。
白も、青も、氷の模様も消える。
ぴしり、と乾いた音が鳴った。
「手を離してください」
「はいっ」
すぐに手を離した。
「あの……僕、何か失敗しましたか? 水晶、壊してないですよね?」
教師は水晶と台座を確認する。
「水晶に亀裂はありません。君は指示通りにしただけです」
「よかった……!」
肩から力が抜けた。
乾いた音は水晶ではなく、台座の保護術式が測定経路を切った音だった。
通常は、必要以上の魔力が流れ込んだ時に働く仕組みだという。
だが、ユウが流した量はごくわずかだった。
「もう一度だけ試しましょう」
「はい」
再び水晶へ手を置く。
今度は淡い光が一瞬灯っただけで、すぐに消えた。
教師は台座へ視線を落とす。
「装置そのものは正常……」
隣の職員と顔を見合わせた。
「アルベルト学院長へ連絡してください」
ユウが目を瞬かせた。
「学院長先生が来るんですか?」
◇
やがて検査室へ入ってきたのは、深い緑色の長衣をまとった男性だった。
灰色の混じった髪を後ろへなでつけ、手には細身の杖を持っている。
「アルベルト学院長」
教師たちが一礼した。
ユウもすぐに姿勢を正す。
「君がユウ・リシェル君ですね」
「はい。初めまして」
「検査中、体に異常はありませんでしたか?」
「はい。特にありませんでした」
「分かりました」
アルベルトは水晶の前へ立ち、杖を向けた。
「水晶に残りし魔力よ、その軌跡を映せ――《術痕再映》」
透明な内部に、淡い白色が浮かぶ。
その隣へ薄い青色、さらに小さな氷の模様。
「光、水、氷……」
三つの反応は確かに残っていた。
しかし数秒後、水晶が淡く明滅する。
反応は一斉に消え、再び保護術式が測定を停止した。
「……妙ですね」
アルベルトが台座を確認する。
「流入量は?」
「一年生の基準と比べても、かなり少量です。過剰流入の記録もありません」
「それで保護術式だけが作動した、と」
しばらく考えたあと、アルベルトはユウへ向き直った。
「少なくとも光、水、氷の三属性には反応しています。ただ、この水晶では正式な判定にはできません」
「三つ……」
ユウの目が少し明るくなる。
「でも、まだ分からないんですね」
「ええ。別の方法も確認しましょう」
机の上に、光属性の基礎術式が刻まれた金属板が置かれた。
「普段使っている魔法を、無理のない範囲で見せてください」
「分かりました」
両手を胸の前へ出す。
「集いし光よ、我が掌に小さき灯を結べ――《光灯》」
木の実ほどの光が浮かんだ。
明るさは弱い。
それでも輪郭は崩れず、ほとんど揺れない。
アルベルトの視線が鋭くなる。
「……非常に安定していますね」
しばらくして光が消えると、小さく息を吐いた。
「このくらいの光なら、安定して保てます」
「測定上の魔力出力はかなり低い。一方で、制御は非常に正確です」
「やっぱり、かなり低いんですね」
素直に頷いた。
アルベルトが、布袋から覗く紙に気づいた。
「それは魔法の本ですか?」
「はい。古書店でいただきました」
「挟んである紙も見せてもらえますか?」
「もちろんです」
紙を取り出して差し出した。
衝撃を正面から受けず、外へ逃がす結界。
その内側にも流れを作り、形を安定させる案。
水球の内部へ流れを作る考え。
どれも完成した理論ではない。修正が必要な箇所もある。
それでもアルベルトは、一枚ずつ目を通した。
「これは誰かに教わったものですか?」
「本を読んだり、実際に魔法を見たりして、自分で考えました。でも、まだ試していないものもあります。危ないかもしれないので」
「なるほど」
最後の紙には、小さな文字で書かれていた。
『結界の中にいる人が、少しでも安心できるようにしたい』
アルベルトは紙を揃え、ユウへ返した。
「大切に続けてください」
「はい!」
そして検査記録へ目を落とす。
属性反応。
低い魔力出力。
高い制御精度。
原因の分からない測定停止。
アルベルトは結果欄へ四文字を書いた。
『判定不能』
ユウはその文字を見つめる。
「これは、不合格という意味ですか?」
「いいえ。水晶では君の適性を正しく判定できなかった、という意味です」
「そうなんですね」
少し安心したものの、続く説明に耳を傾けた。
通常の入学試験はすでに終わり、学院の年度が始まってから約一か月が過ぎているという。
「……じゃあ、今年はもう入れないんですか?」
残念そうに学院の窓へ目を向ける。
「話はまだ終わっていません」
「え?」
アルベルトは新しい紙へ日付と場所を書き、学院の印を押した。
『臨時基礎能力確認』
読み書き、計算、王国の基礎知識、魔法理論。
さらに、安全に行える範囲での実技。
「水晶で判断できないのであれば、君自身を確認すればいい。二日後、もう一度学院へ来てください」
「……僕、受けてもいいんですか?」
「もちろんです」
ユウの表情がぱっと明るくなった。
「ありがとうございます! 二日後、必ず来ます!」
差し出された紙を両手で受け取り、書かれた名前と日付を何度も確認する。
『ユウ・リシェル』
「二日後……」
帰ったら、今度も忘れないように壁へ貼ろう。
そう決めて、紙を大切に学院案内へ挟んだ。




