第5話 学院の門
学院見学の日までの五日間は、ユウにとっていつもより長く感じられた。
家の壁を直し、パンを焼き、学院案内を何度も読み返す。分からない箇所には細い紙を挟み、浮かんだ疑問は別の紙へ書き出した。
『杖がなくても魔法式は作れる?』
『同じ属性でも、魔法の形が違うのはなぜ?』
『結界の内側から外へ魔法を出せる?』
その中で、最も大きな文字で書かれていたのは、
『図書館の本は、一度に何冊まで借りられる?』
という質問だった。
◇
見学日の朝。
布袋の中身を一つずつ確かめる。
筆記具。学院案内。見学日の案内。昼のパン。古書店でもらった魔法書。
机の前の壁には、
『リリアと待ち合わせ』
と書いた紙も貼ってある。
「全部あるよね」
最後にパンを指で押す。
柔らかくへこみ、ゆっくり元へ戻った。
「うん。今日は大丈夫」
上着を羽織り、扉を開ける。
「いってきます。今日は学院を見てくるね」
静かな家へ声を残し、森の道へ踏み出した。
◇
古書店の前では、リリアと二人の生徒が待っていた。
一人は、青黒い短髪を無造作に跳ねさせた少年だった。長めの前髪の奥には琥珀色の瞳があり、活発そうな光を宿していた。
もう一人は、銀白色の長い髪を背に流した少女。柔らかな前髪の脇には細い編み込みがあり、淡い青の瞳と端正な顔立ちが、静かで落ち着いた印象を与えていた。
二人とも、濃紺を基調に金の縁取りが施された学院の制服を着ていた。少女の胸元には、青いリボンが結ばれている。
「ユウ!」
「おはよう、リリア!」
足早に三人のもとへ向かう。
「今日は早すぎなかった?」
「うん。学院案内を最初から一回読んだくらいだよ」
「それでも十分早いよ」
リリアが隣の二人を示した。
「同じ一年生のカイルとエステル。二人も案内してくれるって」
青黒い髪の少年が、興味深そうにユウを見る。
「お前が森で一人暮らししてるっていうユウか?」
「はい」
「本当に俺たちと同じくらいなのに、一人なのか?」
「最近は火をつけるのも上手になりましたし、パンも柔らかくなりました」
「聞きたいのはそこじゃないんだけどな……」
「初対面なのに質問しすぎだよ」
リリアが呆れたように言う。
銀髪の少女も静かに続けた。
「思いつくまま尋ねるのは失礼です」
「分かってるって」
「分かっている方の態度には見えませんでした」
そう告げてから、少女はユウへ向き直った。
「初めまして。エステル・ヴァレインと申します」
「初めまして。僕はユウです。今日はありがとうございます、エステルさん」
「同い年ですから、エステルで構いません。敬語も必要ありませんよ」
「いいの? じゃあ、よろしくね、エステル」
「はい。よろしくお願いします」
少年も右手を差し出す。
「俺はカイル・フェルド。俺にも敬語はいらないからな」
その手を握る。
「うん。よろしく、カイル!」
◇
学院へ向かう途中、リリアが以前より長く水球を保てるようになったと話した。
「前に話した方法、試してくれたんだ!」
「うん。中に流れを作る方法」
「それ、ユウが考えたのか?」
カイルが聞く。
「水は動くものだから、止めるより流した方が自然かなって思っただけだよ」
エステルが考えるように瞬きをした。
「一年生では、まだ習わない考え方ですね」
「へえ。結構すごいこと考えてるんだな」
「そうなの?」
本気で分かっていないらしく、首を傾げた。
商業地区を抜けると、大きな屋敷や家紋のついた馬車が増えてきた。
「エステルは、貴族なの?」
「ええ。ヴァレイン男爵家の娘です」
「じゃあ、エステルは偉い人なの?」
「家には爵位があります。ですが、それで私自身がほかの生徒より優れているわけではありません」
「そっか」
すぐに頷く。
「じゃあ、エステルはエステルだね」
エステルが一瞬、言葉を止めた。
「……そうですね」
隣でカイルが肩を揺らす。
「何ですか」
「いや、別に」
◇
やがて、二本の巨大な石柱に挟まれた門が見えてきた。
杖と開かれた本を組み合わせた紋章。
その向こうには広い中庭といくつもの建物が並び、制服姿の生徒たちが行き交っている。
思わず足が止まった。
「ここが……魔法学院?」
「リーヴェル王立魔法学院だ」
「すごく大きい……!」
「教室も実技場も食堂もあるよ」
リリアが続ける。
「もちろん図書館も」
「図書館も?」
「そこだけ反応が違うな」
カイルが笑った。
受付で名前を書くと、学院の紋章と番号が刻まれた木札を渡される。
「これ、もらってもいいんですか?」
「帰る時に返すんだよ」
「そっか……」
「入学すれば学生証がもらえるぞ」
「学生証?」
「名前と学年が記されたものです」
エステルの説明を聞きながら、手の中の木札を眺めた。
「いいなあ……」
中央棟には、歴代の学院長や魔導士たちの肖像画が並んでいた。
カイルが一枚を指差す。
「この人は昔、大きな土壁を作って街を救ったらしいぞ」
「街を?」
肖像画の前で足を止める。
たった一人が使った魔法で、大勢の命が救われた。
その名前まで確かめてから、次の場所へ向かった。
◇
見学者向けの授業では、魔法を使うための基礎が説明された。
魔力を感じる。
魔法式を形作る。
そこへ魔力を流し、詠唱によって目的を定める。
席へ着くなり、ユウは黒板の内容を書き始めた。
「見学なんだから、全部書かなくてもいいんだぞ」
「忘れたらもったいないよ」
「俺なんて普通の授業でもそんなに書かないぞ」
後ろからエステルの声が届く。
「だから筆記で困るのです」
「今は関係ないだろ」
「とても関係があります」
リリアが口元を押さえて笑った。
◇
次は実技場だった。
生徒たちが火球を的へ放ち、土壁を作り、水球を浮かべている。
「本当に、みんな魔法を使ってる……!」
「カイルは何が得意なの?」
「火と土だ」
「火の魔法って、扱うの難しそうだね」
「制御できなきゃ危ないな。だから練習するんだ。今度、俺の実技も見せてやるよ」
「本当?」
「ああ。ただし森では絶対やらないぞ」
「うん。火事になったら大変だからね」
「エステルは?」
「氷属性です。光にも多少適性があります」
「氷が作れるなら、夏に使ったら涼しそうだね」
エステルが目を瞬かせた。
「その用途を最初に挙げられたのは初めてです」
「だめだった?」
「いいえ。暮らしに役立てるのも大切な使い方です」
実技場を出たところで、案内板に記された言葉が目に飛び込んできた。
『学院図書館』
「次は図書館?」
「そうだよ」
リリアが答えた途端、歩調が速くなる。
「ユウ、廊下では走っちゃだめだよ」
「あっ。ごめん」
慌てて足を緩めたものの、歩幅は明らかに大きかった。
やがて、大きな木の扉が開く。
天井まで届く本棚。
何列にも並ぶ机。
高い棚へ掛けられた梯子。
魔法理論。王国史。薬草学。魔物学。古代文字。結界術。
入口で立ち尽くした。
「ここにあるの……全部、本?」
「図書館だからな」
一歩ずつ奥へ進む。
『初級結界術の構造』
『属性干渉の基礎』
『リーヴェル周辺に生息する魔物』
『失われた古代文字』
題名を見るたび、次の一冊へ目を奪われる。
「全部読んだら、どれくらいかかるのかな」
「一生かかっても無理なんじゃないか?」
一度考えてから答えた。
「じゃあ、読みたい本から読まないとね」
「諦める方じゃないんだな」
「だって、読める本まで読まなくなるのはもったいないよ」
もう一度、本棚を見上げた。
教室も。
実技場も。
大勢を救った魔導士の話も。
知らなかったことが、この学院にはたくさんある。
「僕、ここで学びたいな」
その声は、これまでよりもはっきりしていた。
少し長くなってしまいました!
ここまで読んでくれてありがとうございます♪




