第4話 水の形
リリアが再び森の家を訪れたのは、それから三日後だった。
その朝、ユウは家の壁へ細長い板を打ちつけていた。
こん、こん、と金槌の音が森へ響く。
「よし。今度こそ、まっすぐになったかも」
二歩ほど下がって眺める。
板は、わずかに右へ傾いていた。
「……前よりは、まっすぐだよね」
近くの枝で小鳥が鳴く。
「やっぱり曲がって見える?」
返事の代わりにもう一度鳴き、小鳥は別の枝へ飛び移った。
金槌を持ち直した時、森の道から声が届いた。
「ユウー!」
「リリア!」
金槌を置き、家の前から駆け出す。
木々の間から現れたリリアは、籠を提げていた。
「また来てくれたんだ!」
「来てもいいって言ったのはユウでしょ?」
「うん。でも、来てくれたのが嬉しくて」
照れくさそうに、リリアが籠を持ち上げる。
「今日は迷わなかったよ。道もだいたい覚えたから」
「すごいね。僕は最初、同じ場所を何回も通ったよ」
「それ、迷ったっていうんじゃないの?」
「……たぶん」
家の前へ戻ると、リリアが籠にかけていた布を取った。
中には丸いパンと、金色の液体が入った瓶がある。
「もしかして、はちみつ?」
「前のお茶が苦すぎたからね」
差し出された瓶を両手で受け取った。
「きれいだね。夕焼けみたい」
「はちみつをそんなふうに見る人、初めて見た」
「でも、すごくきれいだよ。ありがとう、リリア!」
前に教わった通り、乾いた草の上へ細い枝を重ね、火打ち石を鳴らす。
二度目で火が残った。
「ついた!」
「ちゃんと覚えてたね」
「うん。今日は葉っぱも減らすよ」
湯が沸くと乾かした葉を入れ、木の器へ注ぐ。
そこへ、はちみつをひと垂らし。
甘い香りがふわりと広がった。
ひと口飲むと、目を輝かせた。
「おいしい!」
「ちゃんとお茶になったね」
「次に来てくれた時も作るよ」
「はちみつ、全部使わないでね」
「大丈夫。大事に使う!」
二人でパンも分けた。
いつも家で焼くパンよりずっと柔らかく、指で押すとふわりと戻る。
「どうしたら、こんなふうに焼けるんだろう」
「それはパン屋さんに聞いた方が早いと思う」
「町へ行ったら聞いてみる!」
食べ終える頃、リリアが籠から短い杖を取り出した。
白く磨かれた木の先に、青い石がはめ込まれている。
「学院で使う杖?」
「練習用。魔力を安定させやすくするんだって」
借りた杖を陽にかざした。
「中に細い線がある。ここへ魔力を集めて、散らばらないようにしてるのかな」
「先生も、魔力を整える道具だって言ってたよ」
杖を返すと、リリアが立ち上がった。
「この前、水の魔法を見たいって言ってたでしょ?」
「うん! 見たい!」
「じゃあ川へ行こう。家の中で失敗すると大変だから」
二人は森を流れる川へ向かった。
◇
水辺に着くと、リリアが杖を構える。
ユウは川辺の岩へ腰を下ろした。
「失敗しても笑わないでよ」
「笑わないよ。うまくいかなかったら、一緒に考えよう」
リリアは息を整え、杖を川へ向ける。
「流れし水よ、我が意に従い、ここに集いて形を成せ――《水球》」
川から細い水の筋が浮かび、杖の先へ集まった。
手のひらほどの水塊が宙に留まる。
リリアが外側から押さえるように魔力を流した途端、その形が大きく揺れた。
一度は丸くなる。
だが、すぐに崩れて地面へ落ちた。
「……また崩れちゃった」
「さっき、外からずっと押さえてたよね?」
「うん。丸くしておこうと思って」
ユウは答えず、川の流れを追った。
岩に当たった水は止まらず、二つに分かれて流れていく。
「水って……止めようとするより、流したままの方がいいのかな」
「流したまま?」
「うん。全部を外から押さえつけないで、中でゆっくり回してみたらどうかな。最初は、もっと小さくして」
リリアは先ほどより少ない水を浮かべ直した。
「杖をゆっくり回してみて。水全部じゃなくて、外側の流れを丸くする感じ」
「難しいよ」
「今、丸くなってる!」
リリアが慎重に魔力を動かす。
歪んでいた水が、徐々に内側へまとまっていった。
完全な球ではない。
片側が少し膨らみ、表面も揺れている。
それでも、水は落ちなかった。
「できた……?」
ユウが岩から立ち上がる。
「できてるよ!」
その瞬間、リリアの集中がふっと緩み、水球は川へ落ちた。
リリアは杖とユウを交互に見た。
「本当にできた……!」
「リリアが上手に動かしたからだよ」
「でも、やり方を考えたのはユウでしょ?」
「川を見てたら、そうした方が自然かなって思っただけだよ」
「そんなの、見ただけで思いつくものなのかな……」
二度目は、先ほどより早く形が整った。
三度目にはさらに丸くなり、宙に留まる時間も延びた。
何度か繰り返したところで、リリアが杖を下ろす。
「休もう。さすがに疲れた」
「うん。無理しない方がいいよ」
二人は岩へ並んで座り、しばらく川の音を聞いた。
やがてリリアが尋ねる。
「ユウの光も見せてくれない?」
「いいよ。僕のは小さいけど」
今度はユウが立ち上がり、両手を胸の前へ出した。
静かに息を整える。
「集いし光よ、我が掌に小さき灯を結べ――《光灯》」
両手の間に淡い光が生まれた。
木の実ほどの大きさしかなく、昼の森を照らすには弱い。
けれど、その輪郭はまったく揺れなかった。
「きれい……。全然崩れないね」
「うん。僕が無理なく保てるのは、今はこれくらいかな」
「小さくても、私の水球よりずっと安定してるよ」
「そうかな?」
「うん。魔力の動きがほとんどぶれてない」
やがて光が静かに消える。
息を吐き、再び岩へ腰を下ろした。
「やっぱり、もっといろいろ学びたいな」
「それなら、ちょうどいいものがあるよ」
リリアがポケットから一枚の紙を取り出した。
王立魔法学院の印と日付が記されている。
「学院の見学日の案内。入学を考えている人なら、中を見られるんだって」
「学院の中に入れるの?」
「教室や実技場。それから、図書館の入口も見られるらしいよ」
「図書館も?」
差し出された案内をすぐに受け取った。
「行きたい!」
「じゃあ、一緒に行こう。見学日は五日後」
「うん! 絶対忘れないようにする!」
◇
家へ戻ると、ユウは見学日の案内を机の前の壁へ丁寧に貼った。
一歩下がって確かめる。
「……よし。これはまっすぐ」
今朝直した壁の板へ目を向けた。
やはり、わずかに右へ傾いている。
「こっちも後で直そう」
新しい紙を机へ置き、持っていくものを書き出した。
筆記具。
学院案内。
昼に食べるパン。
最後に一度考え込み、一つ書き加える。
『リリアと待ち合わせ』
文字を読み返し、満足そうに頷いた。
「これなら忘れないね」
毎度見てくださりありがとうございます。
今後もぜひ見に来てください。
それではまた次のお話をお楽しみください!




