第3話 森の家へ
学院案内から、細長い紙が何枚も飛び出していた。
「……ちょっと多かったかな」
森から町へ向かう道を歩きながら、ユウは冊子を抱え直す。
昨夜、分からないところへ印を挟んでいたら、いつの間にか増えていた。
入学するには何が必要なのか。
魔法が得意でなくても学べるのか。
授業や図書館はどんなところなのか。
考えるほど、聞きたいことは増えていった。
古書店へ着くと、リリアの姿はまだない。
店主へ挨拶を済ませ、待つ間に昨日もらった魔法書を開いた。
「そうだ。これも見てもらいたかったんです」
挟んでいた術式図を差し出す。
そこには、結界の形と魔力の流れが細かく描かれていた。
「昨日の式についてなんですが、外へ力を逃がすだけじゃなくて、内側にも細い道を作ったら、揺れにくくなるんじゃないかと思って」
店主は図を眺めた。
「これを一晩で考えたのか?」
「はい。まだ図にしただけです」
「それならいい」
「え?」
「考えるのは構わん。ただし、術式を変えれば結果も変わる。紙の上で正しく見えても、実際に魔力を流した時まで同じとは限らん」
「分かりました。ちゃんと確かめてから試します」
店主が術式図を返したところで、通りから声が飛んできた。
「ユウ!」
「リリア!」
店先へ出ると、リリアが学院案内から突き出した紙を見て目を丸くした。
「……それ、全部?」
「うん」
「何個あるの?」
「数えてないよ。たくさんある」
「それは見れば分かるよ」
二人は店先の長椅子へ並んで座った。
「じゃあ、どこから聞く?」
「まずこれ!」
ユウが最初の印を開く。
「属性って七つあるんだよね?」
「火、水、氷、土、風、雷、光。学院では最初に水晶で適性を見るよ」
「リリアは?」
「水と風。まだ基礎だけだよ」
「二つも使えるんだ! 今度見せてもらってもいい?」
「水ならいいよ」
「本当? 見たい!」
授業、実技、食堂、寮。
質問は途切れなかった。
中でもユウが一番身を乗り出したのは、図書館の話だった。
「本棚が何列もあって、高いところは梯子を使うんだよ」
「そんなにあるの?」
「魔法だけじゃないよ。歴史、薬草、魔物、地理も」
「一日中いられそう……」
「授業まで忘れないでよ」
「それは困るね」
真剣に答えるユウに、リリアの口元が緩む。
その時、金色の飾りを付けた馬車が通りを進んできた。
人々が道端へ寄る。
「あれは?」
「貴族の馬車だよ」
「貴族?」
「中には、平民を見下す人もいるんだ」
「同じ人なのに?」
「みんなが同じように考えるわけじゃないよ」
「リリアも、何か言われたことがあるの?」
「どうして分かったの?」
「今、嫌そうな顔をしたから」
リリアは一拍置いて答えた。
「学院で、平民は後ろの席に座れって言われたことがある」
「そんな決まりがあるの?」
「ないよ。先生が注意してくれた」
「そっか。よかった」
ユウはそれから、少しだけ考える。
「僕も、ちゃんと周りを見るようにするね」
「貴族に失礼なことを言わないように?」
「ううん。誰かが嫌なことを言われてたら、気づけるように」
リリアは静かに頷いた。
「……うん。ユウらしいね」
話しているうちに、ユウはこの街の名がリーヴェルだと初めて知った。
「リーヴェル……きれいな名前だね」
「今まで何て呼んでたの?」
「街」
「そのままだね」
◇
昼を過ぎた頃、リリアが尋ねた。
「そういえば、ユウの家ってどんなところ?」
「小さいよ。まだ壁も曲がってるし」
「昨日、自分で直してるって言ってたよね」
「うん。今日も帰ったら続きをするよ」
「……見に行ってもいい?」
「僕の家に?」
「一人で森に住んでるって聞いたら、気になるよ」
ユウの顔がぱっと明るくなる。
「もちろん! じゃあ今度は僕が案内するね」
二人は城門を出て、森の奥へ向かった。
「町にはまだ慣れてないけど、今日は昨日より歩きやすかったよ」
「どうして?」
「リリアがいろいろ教えてくれたから」
「私、そんなに教えた?」
「いっぱい教えてくれたよ」
やがて、不揃いな板で作られた家が見えてくる。
屋根には補修の跡が残る一方、薪と畑はきちんと整えられていた。
「これ、本当にユウが直したの?」
「うん。最初は壁に大きな穴もあったんだ」
「すごいね」
「まだ直したいところはいっぱいあるんだ」
家の中には机と椅子、かまど、本棚。
机の端には一枚の紙が置かれていた。
『守る魔法について』
その下には、いくつかの言葉が並んでいる。
守る。
驚かせない。
安心できるようにする。
攻撃をそらす。
「ユウって、やっぱり守る魔法が使いたいんだね」
「うん」
ユウは紙へ手を添えた。
「誰かに勝つより、困ってる人の前に立てるようになりたいんだ」
「前に立つ?」
「その人が僕を見て、『もう大丈夫かも』って思ってくれたら、すごく嬉しいから」
「ユウ自身が困ってる時は?」
「その時にちゃんとできるかは、まだ分からないよ」
一度言葉を切り、それからはっきりと言った。
「でも、できるようになりたい!」
リリアは紙を机へ戻した。
「だったら、やっぱり学院で勉強しないとね」
「うん。僕、もっと知りたい」
学院案内を大切そうに抱えた。
「学院で学んでみたいな」
◇
そのあと、ユウはお茶を出そうとした。
ところが火打ち石を何度鳴らしても、火はすぐに消えてしまう。
「乾いた草を先に置いて、その上に細い枝を重ねてみて」
「こう?」
「うん。いきなり太い薪へ火をつけなくていいよ」
教わった通りにすると、今度は火が残った。
「ついた!」
湯を沸かし、乾かした葉を入れる。
二人で一口飲んだ。
「…………」
「……苦いね」
「うん。すごく苦い」
「葉っぱ、入れすぎたんじゃない?」
「次は減らしてみる」
「はちみつを入れると飲みやすいかも」
「はちみつ?」
「甘いよ」
「じゃあ、今度試してみたい!」
日が傾き始め、リリアは帰る支度をした。
「また家に来てもいい?」
「もちろん! また来て!」
「次は、もう少し飲みやすいお茶にしようね」
「うん。葉っぱを減らして、はちみつだよね?」
「ちゃんと覚えてるね」
「こういうことは忘れないよ」
二人は森の別れ道まで一緒に歩いた。
「またね、ユウ」
「うん。またね、リリア!」
リリアが街へ続く道を歩き出す。
ユウはその姿が見えなくなるまで手を振り、それから自分の家へ戻っていった。




