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白き天使と金色の竜眼Ⅰ  作者: 蒼空れっど
第一章 人里へ続く道
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第2話 古書店で出会った少女

 少女がそう名乗ると、ユウも抱えていた本を持ち直して向き直った。


「僕はユウ。よろしくね、リリア」


「うん。よろしく、ユウ」


 リリアは改めて、ユウの腕の中にある一冊へ目を落とした。


『基礎魔法式と属性干渉』


 古びた表紙に、かすれた文字。


「さっき、分かるところはあるって言ってたよね。どこが分かるの?」


「ここだよ」


 頁を開き、複雑な線が描かれた箇所を見せる。


 ざっと目を通すなり、眉を寄せた。


「……ごめん。私には全然分からない」


「そうなの?」


「普通は分からないと思うよ」


 図の上を指でなぞる。


「ここが魔力の入口で、こっちが流れを逃がすところなんだ。ここを閉じすぎると、中で力がぶつかるから――」


 指先が別の線へ移る。


「細い道を残しておけば、正面から全部受け止めなくてもいい。力が弱くても、形を保てるかもしれないんだ」


 説明する声が次第に弾んでいく。


「ユウって、本当に本が好きなんだね」


「うん。好き!」


「そんなに?」


「本には、知らないことがたくさん書いてあるから。読んでいると、行ったことのない場所にも行ける気がするんだ」


 古びた頁を大切そうにめくる。


「ずっと前の人が考えたことだって残ってる。会ったことがなくても、本を開けばその人の考えに触れられるんだよ」


「だから好きなの?」


「うん」


 迷いのない返事に、リリアの口元が緩んだ。


「……本当に楽しそうだね」


「うん!」


「聞いてると、私までちょっと面白くなってくる」


「本当?」


「うん」


 ユウの表情がさらに明るくなった。


 その時、店の奥から店主が声をかけた。


「リリア、その坊やと知り合いかい?」


「今、知り合いました」


「なら、ちょうどいい」


 店主はユウへ渡した学院案内を指す。


「お前さんは魔法学院の生徒だったな。この子に学院のことを教えてやったらどうだ」


 思わず身を乗り出す。


「リリアは学院に通ってるの?」


「うん。一年生。入学したばかりだけどね」


「すごい……!」


「そこまでじゃないよ。授業は難しいし、実技もまだ上手くできないし」


「それでも、知らないことを学べるんでしょう?」


 ユウの表情が明るくなる。


 リリアにとって、学院で学ぶことは日常になりつつあった。


 けれどユウは、それを宝物の話でも聞くように受け止めている。


「ユウも学院に行きたいの?」


「うん」


 すぐに頷いたものの、今度は声が控えめになった。


「ただ、僕は魔法があまり強くないんだ」


「そうなの?」


「光なら使えるけど、できることは多くないんだ。だから、入れるか分からない」


「筆記ならできそうじゃない?」


「筆記?」


「入学試験には、魔法式や基礎知識の問題もあるから」


「本で読んだことなら、少しは答えられるかも」


「少し、ねえ……」


 リリアは店主と顔を見合わせた。


 難しい理論書を楽しそうに読んでいた少年の「少し」は、あまり当てにならない気がする。


「実技が弱くても、全部が駄目ってわけじゃないよ。学院には、攻撃魔法が得意な人もいれば、薬草や魔法式が得意な人もいるから」


「本を読むのが好きな人もいる?」


「いると思うよ。ユウくらい難しいものを楽しそうに読む子は珍しいかな」


「珍しいんだ」


 照れくさそうに表紙の端を撫でる。


「そういえば、ユウはこの辺に住んでるの?」


「森に住んでるよ」


「森?」


「川を渡って、森の奥に入ったところ」


「家族と?」


「一人だよ」


 あまりに普通の調子で答えられ、リリアは目を丸くした。


「一人で暮らしてるの?」


「うん。小さな家があるんだ。最初は屋根に穴が開いてたんだ。今はだいぶ直ったよ」


「自分で直したの?」


「まだ曲がってるところはあるけど、前より雨は入らなくなった」


「そういう問題じゃなくて……」


 額へ手を当てる。


「危なくないの?」


「危ないこともあるよ。分からないことは本で調べながら、だんだん慣れてきた」


「ユウって、思ってたより何でも自分でやるんだね」


「できないこともいっぱいあるよ」


「屋根を直せるだけでも十分だと思うけど」


 そこで店主が口を挟んだ。


「話はいいが、買い物はどうした」


「あっ」


 慌ててポケットからメモを取り出す。


「紙、インク、塩、針、糸……」


 隣から覗き込んだリリアが、書かれた文字に首を傾げる。


「この字、ちょっと変わってるね」


「変?」


「読めるけど、古い本に出てくる字に似てる」


 自分のメモへ目を落とす。


「僕はずっと、この書き方だったよ」


 森で一人暮らし。


 難しい理論書を読み、使う文字もどこか古い。


 不思議なことばかりだった。


 なのにリリアは、もっと話してみたいと思った。


「雑貨屋、案内しようか?」


「いいの?」


「私も帰るところだし」


「ありがとう、リリア! すごく助かるよ」


 二人は店主へ挨拶し、並んで通りへ出た。


     ◇


 町には、たくさんの店が並んでいた。


 焼きたてのパン。


 色鮮やかな布。


 薬草や香辛料の匂い。


 あちらこちらへ顔を向けながら歩く。


「リリア、あれは何?」


「香辛料のお店」


「いい匂いがする」


「こっちは布屋だよ」


「布って、あんなに色があるんだね」


「森にはないの?」


「葉っぱならいっぱいあるけど、布はあまり落ちてないよ」


「落ちてたら嫌だよ」


 やがて、紙と瓶と糸巻きが描かれた看板が見えてきた。


「ここが雑貨屋」


「ありがとう!」


 店へ入る前に、メモを確認する。


「紙、インク、塩、針、糸。今度こそ忘れない」


「本を見つけても?」


「……頑張る」


 扉を開けると、小さな鈴が鳴った。


 棚には紙や瓶、布、石けんなどが所狭しと並んでいる。


 ところが、さっそく別の棚に気を取られた。


「わあ……」


「塩」


「……塩!」


 慌てて売り場を探し始めるユウに、リリアはとうとう吹き出した。


     ◇


 買い物を終えて外へ出る頃には、ユウは両腕に二つの紙袋を抱えていた。


「今日はちゃんと買えた!」


「私がいなかったら、塩を忘れてたと思う」


「うん。たぶん忘れてた」


「そこは否定しないんだ」


「本当のことだから」


 通りには、いつの間にか夕方の光が差していた。


 ふと空を仰ぐ。


「きれい……」


「夕焼けが好きなの?」


「うん。見ていると、胸の奥があたたかくなるんだ」


 しばらく空を眺めてから、静かに続ける。


「だから、好きなんだと思う」


 リリアも隣に並んだ。


「ユウ」


「なに?」


「明日も町に来る?」


「来たい! 学院案内を読んで、分からないことを聞きたいんだ」


「じゃあ、また古書店の前で会おうよ。学院のことなら教えられるから」


「本当? ありがとう!」


「じゃあ、また明日」


「うん。また明日!」


 ユウは紙袋を大切そうに抱え、森へ続く道を歩き出した。


 途中で一度振り返り、大きく手を振る。


 リリアも手を振り返した。


 ユウが遠ざかってから、ぽつりと呟く。


「本当に、不思議な子」


 森へ続く道には、もう白い服の少年の姿はない。


 それでも、しばらくそこに立っていた。


 やがて踵を返し、学院の女子寮へ向かって歩き出した。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

様々な伏線などたくさん出てきますので、一文一文丁寧に読んでいただけたら嬉しいです。

きっと読者のあなたにも胸に響くものが生まれます。

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