第9話 新たな扉
机の端に置いた紙を、ユウはもう何度確かめたか分からなかった。
『午後二刻 学院長室』
臨時基礎能力確認を終えた翌日。
開いていた本は、しばらく前から一頁も進んでいない。
「結果、どうなるかな……」
王国について答えられなかった問題はあった。
《光灯》の出力も小さかった。
一方で、《光障壁》はきちんと成立した。クラリスも、防御魔法として認めてくれた。
「……考えても、結果は変わらないよね」
窓辺へ降りてきた小鳥へそう話しかけ、本を閉じた。
「行ってくるね」
◇
学院へ向かう前に、古書店へ立ち寄った。
扉の鈴が鳴る。
「こんにちは」
「おう。今日は結果を聞く日だったな」
「うん」
店主は棚の本を整える手を止めた。
「どうだった?」
「分からない問題がいくつかあったよ」
「知っているふりはしなかったか?」
「しなかった。分からないところには、ちゃんと『分かりません』って書いたよ」
「なら、お前さんにできることはやった」
「学院でみんなが知ってることを、僕だけ知らなかったところもあったんだ」
「今まで教わっていないんだろう?」
「うん」
「教わっていないことを知らんのは当たり前だ」
店主は一冊の本を棚へ戻した。
「知らないと分かっている者なら、本を開ける。最初から何でも知っている必要はない」
店内を見回す。
初めてここへ来た時も、知らないことばかりだった。
「もし駄目でも、また本を読みに来ていい?」
店主の眉がわずかに上がる。
「結果がどうなっても来い。ここへ来るのに学院の許可はいらん」
「そっか」
ユウの表情がほころんだ。
「ありがとう!」
店主は奥から小さな紙包みを取り出した。
「持っていけ」
「何?」
「焼き菓子だ。腹が空いていると、余計なことまで考えるからな」
一口かじると、蜂蜜の甘さが広がった。
「おいしい!」
「食べたなら行け。遅れるぞ」
「うん。また来るね!」
◇
学院の門前には、リリア、カイル、エステルが待っていた。
「みんな、来てくれたの?」
「昨日も一緒に待ってたんだ。結果だけ知らないのは気になるだろ」
「学院長室へ入るのはユウさんだけでしょうから、私たちは外で待ちます」
「ありがとう」
三人と中央棟へ向かい、学院長室の前まで来る。
「緊張してる?」
リリアに聞かれ、考えてから頷いた。
「うん。朝よりは平気になったよ」
「昨日できることは全部やったんだから」
「行ってこい」
「私たちはここにいます」
「うん。行ってくるね」
扉を叩く。
「ユウ・リシェルです」
「入りなさい」
室内にはアルベルトとクラリスが待っていた。
「失礼いたします」
示された椅子へ座る。
机の上には、昨日の答案と実技記録が重ねられていた。
「では、確認結果を伝えます」
アルベルトが最初の答案を開く。
「読み書きについては十分です。文章の内容も正しく理解できています」
続いて算術。
「こちらも大きな問題はありません。一問だけ計算違いがありましたが、考え方は明確でした」
クラリスが補足する。
「学院で教える解き方とは違う部分もありました。図を使って考えた過程は、分かりやすく残されています」
「学院のやり方も覚えた方がいいですか?」
「ええ。今の考え方を捨てる必要はありません」
「分かりました!」
次に、王国の基礎知識。
「ここには不足があります」
『分かりません』と書かれた箇所がいくつもある。
「国の制度や周辺地域、騎士団の役割など、これから学ぶ必要があります」
「はい。覚えます」
ユウはまっすぐ答えた。
「魔法理論については、正式な用語を知らない部分があります。しかし、魔力が術式の中をどう流れるかについては、よく考えられています」
アルベルトは、昨日の結界式が描かれた答案を一番上に置いた。
「学院が想定していた方法は、障壁を厚くし、正面から木球を受け止めるものでした」
そこには、衝撃を分けて逃がす線が描かれている。
「そして実技では、障壁そのものを小さくし、角度をつけて木球の軌道を逸らした」
「僕の魔力だと、大きい壁は長く保てないと思ったので」
「だから必要な場所だけを守った」
「はい」
アルベルトは答案の内側に描かれた薄い円を指した。
「こちらは?」
「音や光を弱くできないかなって考えたものです。まだ試してはいません」
「構想段階ということですね」
「はい。ちゃんと使えるかは分からないです」
「なら、これから確かめればいい」
顔を上げる。
「学院で、ですか?」
アルベルトは答えを急がず、最後の記録を確認した。
「実技上の大きな課題は、魔力出力です」
背筋が伸びる。
「測定できる魔力出力は、学院生としてもかなり低い。一方で、制御精度は非常に高い」
「はい」
「通常と同じ方法では難しい実技もあるでしょう。その場合は、方法を工夫する必要があります」
昨日の《光障壁》を思い出す。
「少ない力でもできる方法を、もっと覚えたいです」
「その姿勢は大切です」
アルベルトは結果をまとめるように続けた。
「王国の基礎知識には不足がある。魔力出力は低く、属性適性は判定不能」
そこで一度言葉を切る。
「ですが、読み書きと算術には十分な力があり、魔法理論への理解も高い。何より、自分にできないことを認めたうえで、別の方法を考えることができています」
机の引き出しから、一枚の紙が取り出された。
『王立魔法学院 特例入学試験受験許可書』
ゆっくりと文字を追う。
「特例入学試験……」
「通常の入学試験はすでに終了しています。また、君には他の学校で学んだ記録もありません」
アルベルトは紙を机の中央へ置いた。
「そのため、通常とは別の試験で、入学に必要な力と意思を確認します」
「……僕にも、まだ挑戦する機会があるんですね」
「ええ。ただし、これは入学許可ではありません」
「分かっています」
それでも、声は弾んだ。
「受けたいです!」
特例試験では、実際の授業への参加、複数人で行う基礎実技、面談などを行う予定だという。
さらに、入学後の生活についても説明された。
平日は学院の寮で暮らし、休日に森の家へ戻る。毎朝、森から通うことはできない。
「今までとは生活が大きく変わります。また、特例で試験を受けることを快く思わない生徒がいる可能性もあります」
森の家を離れ、大勢の生徒と暮らす。
慣れない生活を思えば、不安がないわけではない。
「不安はあります」
正直に答えた。
「それでも、学院で学んでみたいです」
机の上の結界式を見る。
「もっと魔法のことを知りたい。誰かが困っている時に、その人が少しでも安心できる魔法を使えるようになりたいです」
「分かりました」
アルベルトが許可書を差し出す。
両手で受け取った。
「ありがとうございます!」
「詳しい日時は後日知らせます。それまでに、なぜ学院で学びたいのか、試験でも自分の言葉で話せるようにしておいてください」
「はい!」
◇
学院長室を出ると、三人が一斉に立ち上がった。
エステルが紙の表題を読む。
「特例入学試験受験許可書……」
「試験を受けられるのか?」
カイルが聞く。
「うん!」
許可書を大切に持ったまま、三人を見る。
「まだ入れるって決まったわけじゃないけど、もう一回挑戦していいって!」
「よかったね、ユウ!」
「次も手伝うからな」
「まずは試験の日程を確認しましょう」
「うん。ありがとう!」
三人の声に囲まれながら、もう一度許可書を確かめた。
学院へ続く道は、まだ途中だった。
その日は、昨日より確かに先へ進んでいた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
森で静かに暮らしていたユウは、古書店や学院を訪れ、リリア、カイル、エステルと出会いました。
知らない街に戸惑い、魔力の少なさに不安を感じながらも、ユウは少しずつ外の世界へ踏み出しています。
今回、正式な入学が決まったわけではありません。
それでもユウは、「もっと魔法を知りたい」という自分の気持ちを言葉にし、特例入学試験へ挑戦することを選びました。
ここまでが、ユウにとって最初の大きな一歩になります。
これから、学院で学ぶための準備や新たな試験、そして今までとは違う人々との出会いが始まっていきます。
ユウの中に隠されたものや、属性適性検査で起きた不可解な現象については、まだしばらく謎のままです。
今後も、物語の中で少しずつ明らかにしていきたいと思います。
引き続き、ユウたちの物語を見守っていただけましたら嬉しいです。




