第81話 白い光のあと
実技場には、まだ土煙が漂っていた。
巨大なキメラは動かない。
教師たちはその周囲を警戒しながら、残っていた異形の魔物へ向かっていた。
「右側に二体!」
「観客席には近づけるな!」
声が飛び交う。
炎が走り、風が獣の身体を吹き飛ばす。
地面から隆起した土壁が、逃げる生徒たちと魔物の間を隔てた。
もう決勝ではない。
歓声もない。
聞こえるのは、教師たちの指示と、避難する生徒たちの足音だけだった。
◇
「ここに座って」
「でも、まだ――」
「座ってください」
「……はい」
治癒を担当する教師に強く言われ、ユウは椅子へ腰を下ろした。
実技場から離れた場所には、急ごしらえの救護所が作られていた。
負傷した生徒たちが次々と運ばれ、治癒魔法や応急処置を受けている。
ユウもひと通りの処置を受けていた。
それでも。
腕も、肩も、脚も。
動かすたびに鈍い痛みが残っている。
けれど、それよりも気になることがあった。
視線を巡らせる。
カイル。
リリア。
エステル。
近くには、アレンたちもいた。
ルークは脇腹を固定され、治癒魔法を受けている。
セリアとディンも、そのそばで処置を受けていた。
全員いる。
それを確かめて、ようやく息を吐いた。
「……よかった」
「何が?」
隣から声がした。
アレンだった。
額には包帯が巻かれ、片脚は固定されている。
それでも意識ははっきりしていた。
「みんな、ちゃんといるから」
「……うん」
アレンも仲間たちへ目を向ける。
「本当にね」
ついさっきまで、二人は決勝で向かい合っていた。
どちらが先に一手を通すのか。
誰が勝つのか。
それしか考えていなかった。
なのに今では、その時間がずっと前のことのように感じられる。
「ユウさん」
エステルが近づいてきた。
「動いて大丈夫なんですか?」
「僕は座ってるだけだよ」
「それならいいですけど……」
じっと見られる。
「本当に、無理はしないでくださいね」
「うん」
「絶対ですよ」
「……うん」
その横からリリアも顔を出した。
「ほんとに、無茶しすぎ」
「ごめん」
「謝ってほしいわけじゃないけど……」
途中で言葉を止める。
リリアはユウの顔を見て、それから小さく笑った。
「でも……助かったね」
「うん」
それだけで十分だった。
◇
最後まで残っていた魔物が倒れたのは、それから間もなくのことだった。
「周囲を再確認しろ!」
「一体も外へ出すな!」
教師たちはすぐには警戒を解かなかった。
学院の敷地内。
建物の陰。
観客席の下。
魔物が残っていないか、一つずつ確認していく。
やがて、学院長が実技場へ入ってきた。
周囲にいた教師たちの姿勢が変わる。
「学院長」
呼びかけには答えず、まず現場を見渡した。
壊れた試合場。
負傷した生徒。
倒れた異形の魔物たち。
そして。
中央に横たわる巨大なキメラ。
僅かな沈黙のあと、低い声で告げる。
「生徒の救護を最優先にしてください」
「はい」
「学院内の出入りも制限します。安全が確認できるまで、誰も勝手に外へ出さないように」
教師たちが頷く。
「それから、冒険者ギルドへ緊急要請を」
「すでに連絡を送っています」
「分かりました」
最後に、中央のキメラへ目を向ける。
「……あれを倒した者は?」
教師たちの間に沈黙が落ちる。
「分かりません」
一人が答えた。
「突然、白い光が実技場全体を覆いました。あまりにもまぶしく……誰も発生した瞬間を見ていません」
「魔法の種類は?」
「それも……」
教師は首を横に振った。
「確認できませんでした」
僅かに表情が険しくなる。
「Aランク相当と判断した個体です」
「それが、一撃で?」
「……はい」
しばらく誰も口を開かなかった。
それ以上は追及せず、再びキメラへ目を向ける。
「死骸には触れないでください。ほかの魔物も同様です」
「ギルドが到着するまで保存を?」
「ええ。専門の者に見てもらいましょう」
そして。
「対抗戦は中止します」
近くにいた教師が顔を上げた。
「決勝については?」
「今は結果を決める状況ではありません。正式な扱いは、事件の確認が済んでから生徒たちへ伝えます」
「分かりました」
歓声の中で終わるはずだった対抗戦。
その四日目は、誰も予想していなかった形で幕を閉じることになった。
◇
日が傾き始めた頃。
学院の正門前に、何人もの人影が現れた。
革鎧。
長剣。
杖。
装備はそれぞれ違う。
胸元には、冒険者ギルドの印。
「ギルドから来た方々です!」
門を守っていた教師が声を上げる。
学院長が自ら正門へ向かった。
先頭には数名の冒険者と職員。
一団の後方を、一人の女性が歩いていた。
深く被ったフード。
顔の大半は影に隠れている。
その隙間から、灰銀色の髪が僅かに覗いていた。
腰には一本の長剣。
装飾らしいものはほとんどない。
一見すれば、ほかの冒険者と大きな違いはなかった。
「学院長、あの方も調査の方ですか?」
「……ええ」
返事は短かった。
けれど、その視線が一瞬だけフードの女性に留まる。
女性もそれに気づいたらしい。
何も言わず、僅かに頭を下げる。
それに応じるように、小さく頷いた。
「お待ちしていました」
「状況は?」
静かな女性の声だった。
「中で説明します」
それだけ。
名乗りもしない。
教師たちも、それ以上は尋ねなかった。
フードの女性は学院の奥へ視線を向ける。
その先には。
まだ誰にも説明できていない、巨大なキメラの亡骸が残されていた。




