第80話 白き閃光
それはまるで、笑っているように見えた。
息を呑む。
身体のあちこちが痛む。
呼吸をするだけで胸が軋み、握った手にも力が入らない。
それでも、退けなかった。
後ろには仲間たちがいる。
「下がって……!」
リリアの声。
「大丈夫」
振り返らずに答える。
大丈夫なはずがないことくらい、自分でも分かっていた。
キメラが前脚を踏み出す。
《光障壁》を唱える。
目の前に光の板が立ち上がった。
直後。
前脚が振り下ろされる。
バキンッ!
「っ!」
障壁が砕けた。
衝撃に押され、身体が地面を滑る。
アレンが立ち上がった。
片足を引きずりながら、それでも木剣を握っている。
「こっちだ!」
キメラへ駆ける。
「アレン、駄目!」
制止より早く、木剣が振り下ろされた。
キメラの首元へ直撃する。
けれど。
「……っ!」
硬い鱗に阻まれ、木剣はその表面で止まった。
キメラが首を振る。
「ぐっ!」
アレンの身体が弾かれた。
地面へ叩きつけられ、そのまま転がる。
「アレン!」
ルークが駆け寄ろうとする。
その前へ尾が走った。
「危な――」
鈍い音。
ルークが吹き飛ばされる。
「ルーク!」
セリアが叫んだ。
ディンも立ち上がろうとするが、膝をつく。
もう八人の誰も、キメラとまともに打ち合える状態ではなかった。
「生徒から離れろ!」
教師の怒号が響く。
背後からいくつもの魔法がキメラへ叩き込まれた。
炎。
風。
土塊。
立て続けに巨体へ炸裂する。
それでも。
キメラは振り向かない。
「なぜだ!」
「こっちを向け!」
教師たちがさらに攻撃を重ねる。
巨体が僅かに揺れた。
だが、その濁った眼は八人から外れない。
キメラが地面を蹴る。
「来るぞ!」
カイルが叫んだ。
速い。
避けられない。
「集いし光よ、我が意に従い、ここに巡りて隔てとなれ――《光障壁》!」
続けて光の板を重ねる。
一枚。
二枚。
三枚。
そのすべてを、キメラの前脚がまとめて砕いた。
「うあっ!」
身体が宙へ浮く。
そのまま地面へ叩きつけられた。
一瞬、何も聞こえなくなる。
「……っ」
息ができない。
視界が霞む。
身体を起こそうとしても、腕が震えるだけだった。
「ユウさん!」
エステルの声が遠い。
「来ちゃ……駄目……」
どうにか言葉を絞り出す。
足音が近づく。
重い。
一歩ずつ。
キメラが目の前で止まった。
見上げる。
大きな影が、視界を覆っている。
その向こうで教師たちが何か叫んでいた。
魔法も飛んでいる。
けれど、キメラはもう気にも留めていない。
前脚が上がった。
「やめろ!」
教師の声。
「ユウ!」
アレンの声。
誰も間に合わない。
動かなかった。
いや。
動けなかった。
この一撃を受ければ終わる。
それだけは分かった。
けれど――。
視線が、キメラの向こうへ向く。
倒れているリリア。
カイル。
エステル。
アレンたち。
みんな、まだここにいる。
自分が倒れれば。
次は――。
「……嫌だ」
小さく声が漏れた。
怖かったのは、自分が死ぬことではない。
この先にいる誰かが、また傷つくことだった。
「みんなを……」
振り上げられた前脚が動く。
その時だった。
胸の奥で。
何かが――外れた。
「――っ」
目を見開く。
身体の奥深く。
普段は届かない場所から、桁違いの力が溢れ出した。
熱くない。
痛くもない。
ただ。
あまりにも大きい。
キメラの前脚が迫る。
反射的に手を伸ばした。
次の瞬間。
世界が、白く消えた。
「――っ!?」
誰かの声すら、途中で途切れる。
実技場のすべてが純白に塗り潰された。
空も。
地面も。
人の姿も。
何も見えない。
教師たちでさえ反射的に目を閉じ、腕で顔を覆った。
光がどこから放たれたのか。
その瞬間を見届けられた者は、誰もいなかった。
ただ一度。
すさまじい光が、実技場を呑み込んだ。
そして、身体の奥から溢れ出していた力は、次の瞬間にはもう気配すら掴めなくなっていた。
◇
やがて。
白かった視界に、少しずつ色が戻ってくる。
「……何が……」
教師の一人が目を開いた。
土煙の残る試合場。
倒れた生徒たち。
そして。
巨大なキメラが、地面に伏していた。
動かない。
「……死んでる?」
誰かが呟く。
教師が慎重に近づく。
反応はない。
魔力の気配すら、急速に薄れている。
「馬鹿な……」
別の教師が立ち尽くした。
「あれを……一撃で?」
「誰がやった?」
誰も答えられなかった。
光が強すぎた。
発生した瞬間、全員の視界が奪われていた。
ユウは地面に座り込んだまま、自分の手を見つめていた。
震えている。
どうしてあれほどの力が出たのか。
なぜ、今だけ使えたのか。
分からない。
けれど。
自分の中から出た。
それだけは、分かっていた。
リリアがよろめきながら近づいてくる。
「大丈夫!?」
「……うん」
顔を上げる。
カイルもいる。
エステルも。
アレンたちも傷だらけではあるけれど、全員生きている。
その姿を見た途端。
胸の奥に張りつめていたものが、ほどけた。
「……よかった」
小さく息を吐く。
「本当に……よかった」
「今の光……何だったんだ?」
カイルがキメラを見る。
自分の手を、そっと握った。
「……分からない」
それ以上は言わなかった。
何が起きたのかは、本当に分からない。
ただ。
普段の自分では届かないほどの力が、確かに自分の奥にある。
そのことだけは分かっていた。
遠くでは、教師たちが倒れたキメラを囲んでいた。
けれど、周囲の誰一人として、あの光がユウから放たれたものだとは気づいていなかった。




