第75話 決勝
午後。
実技場の中央には、決勝戦のための試合区域が整え直されていた。
白い境界線。
その周囲を囲む生徒たち。
これまで何度も立った場所なのに、ユウにはいつもより広く感じられた。
「いよいよだな」
隣でカイルが木剣を握り直す。
「うん」
リリアも杖を確かめるように持ち替えた。
エステルは静かに試合区域の向こうへ目を向けている。
そこには、すでに四人が立っていた。
アレン。
セリア。
ルーク。
ディン。
何度も戦い方を見てきた班。
けれど、向かい合うのは初めてだった。
「行こう」
ユウの言葉に三人が頷く。
四人は並んで境界線を越えた。
◇
「ついに当たったな」
ルークが楽しそうに笑った。
「ずっと戦ってみたかったんだよ」
「僕も」
ユウも自然に笑う。
「でも、負けないよ」
「それはこっちの台詞だ」
「ルーク、始まる前から張り合わないの」
セリアが呆れたように言う。
「いいだろ。決勝なんだから」
その横で、アレンはいつものように落ち着いていた。
「ユウ」
「なに?」
「今日は遠慮しないよ」
「うん」
ユウは頷いた。
「僕たちも」
短いやり取りだった。
それで十分だった。
中央に立った教師が両班を見回す。
「決勝戦です。これまでと同じく、場外、降参、戦闘継続不能で脱落とします。故意に重傷を負わせる攻撃は禁止です」
八人がそれぞれ構える。
カイルが一歩前へ。
アレンも木剣を正面に向けた。
リリアとエステルが左右へ少し開く。
ユウは三人を視界に収められる位置へ立った。
向こうも同じように広がっていく。
セリア。
ディン。
ルーク。
決まった形というより、誰がどこへ動いても次につなげられる距離。
ユウは息を整えた。
「――始め!」
声が響く。
最初に動いたのはカイルだった。
地面を蹴り、アレンへ向かって真っ直ぐ走る。
だが。
「雷よ、その身を駆けよ――《雷歩》!」
横から雷光が走った。
「来ると思った!」
カイルが身体を捻る。
加速したルークが横を抜け、そのまま後方へ回ろうとする。
「リリア!」
「うん!」
「巡る風よ、我が意に従い、ここに集いて弾を成せ――《風弾》!」
風の弾がルークの進路へ飛ぶ。
直撃を避けるため、ルークが一歩外へ跳んだ。
その瞬間。
「大地よ、道を分かて――《岩路》!」
セリアの詠唱。
低い岩の隆起が、カイルとリリアの間へ斜めに伸びる。
「また分けるつもりか!」
カイルが叫ぶ。
「違う!」
ユウはすぐに狙いに気づいた。
カイルを孤立させることが目的ではない。
「リリア、後ろ!」
「え?」
岩の陰から、水が走った。
「流れる水よ、その足を捕らえよ――《水帯》!」
ディンの魔法。
地面を這った水流がリリアの足元へ迫る。
「わっ!」
リリアが跳ぶ。
水は靴の先をかすめて流れていった。
着地した時には、ルークが向きを変えている。
「今度はそっち!」
「雷よ、弾けろ――《雷弾》!」
小さな雷球がリリアへ飛ぶ。
「集いし光よ、我が意に従い、ここに巡りて隔てとなれ――《光障壁》!」
ユウが薄い光の板を斜めに展開した。
雷球がぶつかり、上へ逸れる。
「ありがとう!」
「うん!」
リリアがすぐに杖を戻す。
その間にも、カイルとアレンの木剣がぶつかった。
「はっ!」
カイルが踏み込む。
アレンは正面から受け止めない。
木剣を添え、力を外へ流す。
「くっ」
カイルの身体が僅かに傾く。
そこへ、セリアの杖先がカイルへ向いた。
「カイル!」
エステルが先に気づく。
「凍てつく氷よ、道を閉ざせ――《氷列》!」
地面から氷柱が伸びた。
セリアとカイルの間を遮る。
「……早い」
セリアが足を止めた。
その隙にカイルが体勢を戻す。
「助かった!」
「前を!」
「ああ!」
カイルが再びアレンへ向かう。
ユウは周囲に意識を巡らせた。
息をつく間がない。
アレンたちの連携は、観戦していた時よりもずっと速く感じる。
誰かが助けを求めてから動くのではない。
その前に、すでに次の場所へいる。
分かっていた。
これまでの試合でも、何度もそうだった。
それでも――。
「見るのと、戦うのじゃ全然違う……」
思わず声が漏れた。
「そうでしょ?」
声が近い。
「え?」
アレンだった。
カイルの剣を流した直後、その勢いのままユウへ進路を変えていた。
木剣が迫る。
ユウは半歩下がった。
刃先が胸元を通る。
続けて横薙ぎ。
《光障壁》を唱え、木剣の軌道へ斜めに差し込む。
カンッ、と乾いた音がした。
アレンの剣が横へ逸れる。
「やっぱり、その角度か」
「え?」
アレンは驚いていなかった。
むしろ確認したような声だった。
ユウが障壁を出す位置。
傾ける角度。
そこを確かめている。
「ユウ!」
背後からカイルが呼ぶ。
木剣がアレンへ迫った。
しかしアレンは振り返らない。
「大地よ、道を分かて――《岩路》!」
セリアの岩がカイルの正面へ伸びる。
「またかよ!」
カイルが急停止した。
アレンは岩がせり上がる音を聞くと、それだけでユウから距離を取った。
同時に。
ルークが駆ける。
ディンも杖先を上げる。
四人はそれぞれ離れた場所へ散っている。
なのに、すべてが一つにつながっている。
「……すごい」
ユウは呟いた。
圧倒されるような連携だった。
それでも、不思議と心は退かなかった。
むしろ、胸の奥に熱が灯る。
これまで戦いを追ってきた相手が、目の前にいる。
なら、自分たちも今まで通りでは届かない。
「リリア、カイル、エステル!」
三人が動きを止めないまま、ユウへ視線を向ける。
「相手に合わせるだけじゃ駄目だ!」
「じゃあ、どうする?」
リリアが聞く。
「僕たちから動こう!」
カイルが口元を上げた。
「最初からそのつもりだ」
「ですね」
エステルも杖を握り直す。
「よし!」
リリアが一歩前へ出た。
向こうでは、アレンも木剣を上げる。
互いにまだ、一人も脱落していない。
八人の位置が再び変わる。
――ここからが、本当の勝負だった。




