第72話 準決勝
翌朝。
実技場へ入ると、試合に備える班の姿は前日までよりずっと少なくなっていた。
試合を行うのは、残った四班だけ。
それでも観戦する生徒の数は減っていない。
むしろ一つの試合へ集まる視線は、これまでより多くなっているように感じられた。
「なんか、昨日より見られてる気がする」
リリアが周囲を見回す。
「そりゃ準決勝だからな」
カイルは木剣を受け取りながら答えた。
「ここまで来たら、みんな見るだろ」
「緊張しないの?」
「する」
「するんだ」
「当たり前だろ」
即答したカイルに、リリアが笑う。
ユウも二人のやり取りを聞きながら、自分の手を握ったり開いたりした。
昨日まで残っていた重さは、もうほとんどない。
魔力も戻っている。
「ユウさん、身体は?」
エステルが尋ねた。
「大丈夫。もう平気だよ」
「それならよかったです」
四人は掲示板へ視線を向ける。
準決勝の相手は、ゼイン・レーン班。
ゼインとティナが前衛。
後方にサフィとレナ。
二回戦以降の試合を何度か見たことがある。
特徴は、一つだった。
「遠くからいっぱい飛んでくるんだよね」
リリアが言う。
「はい。特にサフィさんとレナさんは、違う方向から魔法を重ねてきます」
エステルが答える。
ユウも頷いた。
一つ一つの魔法が特別に強いわけではない。
けれど、狙う相手と方向をずらし、同時にいくつも飛ばしてくる。
守る場所を増やす戦い方だった。
「昨日だったら、ちょっと嫌だったかも」
「今日でも嫌だけどな」
カイルの言葉に、ユウは少し笑った。
「でも、全部僕が防がなくてもいいから」
エステルが静かに頷く。
「はい」
リリアも杖を持ち直した。
「私たちもいるからね」
教師の声が響く。
「ユウ・リシェル班、ゼイン・レーン班。試合区域へ!」
四人は顔を見合わせ、前へ歩き出した。
◇
向かい側には、すでに四人が並んでいた。
ゼインは木剣。
隣のティナは短めの訓練槍を持っている。
後方ではサフィとレナが杖を構えていた。
「よろしく」
ゼインが声を掛けてくる。
「はい。よろしくお願いします」
ユウも答えた。
「昨日の試合、見てたよ」
「エリオたちとの試合ですか?」
「ああ。すごかった」
ゼインが笑う。
「だから、あの光の壁を好きに使わせないようにする」
「……やっぱりそうですか?」
「そりゃそうだろ」
悪意のない声だった。
教師が八人を確認する。
「双方、準備はいいですね」
木剣。
槍。
杖。
それぞれが構えられる。
「始め!」
最初に動いたのは、後方の二人だった。
「燃え立つ炎よ、我が意に従い、ここに集いて矢を成せ――《火矢》!」
「巡る風よ、我が意に従い、ここに集いて弾を成せ――《風弾》!」
二つの魔法が同時に飛ぶ。
狙いは別々だった。
サフィの火矢はカイルへ。
レナの風弾はリリアへ。
「来た!」
カイルが横へ避ける。
リリアも身体をずらした。
ユウは杖を上げなかった。
どちらも自分で避けられている。
そこへゼインとティナが走り込む。
「カイル!」
「分かってる!」
カイルがゼインを受ける。
二本の木剣がぶつかった。
一方、ティナの槍はリリアへ向かう。
「わっ!」
リリアが後ろへ退く。
長い。
木剣より遠い位置から穂先が届く。
「リリアさん!」
エステルが杖を向ける。
「凍てつく氷よ、道を閉ざせ――《氷列》!」
ティナの進路へ細い氷柱が伸びた。
槍を引き、ティナが横へ回る。
その瞬間、後方の二人が再び詠唱へ入った。
サフィとレナが、先ほどと同じ魔法を唱える。
《火矢》と《風弾》が再び放たれた。
今度は狙いが逆だった。
火矢がエステル。
風弾がユウ。
ユウは《光障壁》の詠唱へ入る。
けれど――。
「こっちは任せてください!」
エステルの声。
《光障壁》を唱え、飛んできた火矢を受け止める。
ユウは風弾だけに狙いを絞った。
「集いし光よ、我が意に従い、ここに巡りて隔てとなれ――《光障壁》!」
小さな光の壁を斜めに展開する。
風弾がぶつかり、横へ逸れた。
以前なら、二つとも自分で受けようとしていたかもしれない。
けれど今は違う。
「助かりました!」
「うん!」
エステルはすでに次の相手へ視線を戻していた。
「ユウ、右!」
今度はリリアの声。
ティナの槍が伸びてくる。
身体を半歩ずらす。
穂先が目の前を通り過ぎた。
そのまま槍を引こうとする腕の動きまで見える。
《光障壁》を唱え、小さな光の板を足元へ斜めに置いた。
「え?」
ティナが踏み込もうとした先に光の板が現れる。
避けるために足が止まった。
「今!」
リリアが動く。
「巡る風よ、絡みつけ――《風縛》!」
風がティナの足元へ絡みついた。
「しまっ――」
それでも槍を振って距離を取ろうとする。
だが、その間にカイルがゼインを押し返していた。
「そっち行くぞ!」
「え?」
ゼインが一歩下がる。
その背中がティナへぶつかりそうになり、二人が同時に位置をずらした。
ほんの一瞬。
前衛二人の間に迷いが生まれる。
「エステル!」
「はい!」
「凍てつく氷よ、道を閉ざせ――《氷列》!」
二人が戻ろうとした方向へ氷柱が伸びる。
「サフィ!」
ゼインが叫んだ。
「燃え立つ炎よ、我が意に従い、ここに集いて矢を成せ――《火矢》!」
火矢が氷柱へ飛ぶ。
砕くつもりらしい。
だが、リリアも《水球》を唱え、火矢へぶつけた。
火と水がぶつかり、蒸気が広がる。
「今だ!」
カイルが蒸気の中へ踏み込んだ。
「ちょっ――!」
ゼインの声。
木剣同士がぶつかる。
カイルが押す。
ゼインが下がる。
その後ろは、試合区域の端に近い。
「レナ!」
「分かってる!」
レナが風魔法の詠唱へ入る。
ユウはそちらへ意識を向けた。
レナがゼインを助けようとしている。
四回戦の前なら、援護そのものを止めることだけ考えていたかもしれない。
けれど今は、その先も見える。
ゼインを助けようとしたぶん、レナ自身が狙われた時の反応は遅れる。
「リリア!」
「うん!」
もう説明はいらなかった。
リリアがレナへ杖を向ける。
「巡る風よ、絡みつけ――《風縛》!」
「えっ?」
足元で風が渦巻き、レナの体勢が崩れる。
詠唱が途中で途切れた。
ゼインへの援護が消える。
「押すぞ!」
「おう!」
カイルがさらに踏み込む。
ゼインは木剣で受けたが、後ろへ一歩。
もう一歩。
白い線を越えた。
「ゼイン・レーン、場外!」
四対三。
「よし!」
カイルが木剣を構え直す。
だが、ティナはすぐに槍を向けた。
「まだ終わってない!」
勢いよく踏み込む。
狙いはカイル。
横から突き出された槍を、カイルが木剣で受ける。
その後方でサフィが詠唱へ入った。
エステルが気づく。
「ユウさん、後ろは私が見ます!」
「分かった!」
エステルも《光障壁》を唱え、光の壁を展開する。
サフィが放った《火矢》を、そのまま受け止めた。
ユウはティナから目を離さない。
カイルとティナ。
互いに一歩も引かない。
そこへリリアが回り込む。
ティナが反応して槍を横へ振った。
カイルへの圧力が一瞬弱まる。
「今!」
カイルが木剣を押し上げた。
槍の先が外へ流れる。
ユウが《光障壁》を唱え、その進路へ小さな光の壁を展開した。
ティナがそれを避ける。
その先にはリリア。
「巡る風よ、我が意に従い、ここに集いて前へ押し流せ――《風押》!」
「わっ!」
身体が押される。
踏み止まった。
けれど、その位置は区域の端だった。
「もう一回!」
リリアが杖を構え直す。
「降参!」
ティナが慌てて片手を上げた。
「ティナ・セルン、降参!」
四対二。
残ったサフィとレナが顔を見合わせた。
二人とも後衛。
それでも、すぐには杖を下ろさなかった。
「やれるだけやろう」
「うん」
二人が同時に構える。
ユウたち四人も距離を詰める。
互いに詠唱を重ね、数度の魔法が交差した。
最後まで二人は粘った。
それでも前衛を失った差は大きかった。
やがてサフィが場外。
レナも杖を下ろす。
「……降参します」
「試合終了!」
教師が腕を上げた。
「勝者――ユウ・リシェル班!」
一瞬遅れて、実技場から大きな拍手が起こった。
「決勝!」
カイルが振り返る。
「俺たち、決勝だぞ!」
「分かってるって。まだ相手は決まってないけどね」
リリアが言いながらも、その顔は笑っていた。
エステルも静かに息を吐く。
「ですが、私たちの決勝進出は決まりましたね」
「うん!」
試合区域の外へ戻る途中、ゼインたちが近づいてきた。
「負けたな」
ゼインが木剣を肩へ乗せる。
「光の壁を使わせれば崩せると思ったんだけど」
「何度も危なかったです」
ユウが答える。
「最後は四人とも迷わず動いてたもんな。そこまで見切れなかった」
ゼインは悔しそうに笑った。
「決勝、頑張れよ」
「はい。ありがとうございます」
ティナたちとも短く言葉を交わし、両班は別れた。
ユウは掲示板へ目を向ける。
自分たちの名前の先。
まだ空いている、もう一方の枠。
そこへ誰の名前が入るのか。
答えは、もうすぐ決まる。




