第70話 連携の先
エリオが真っ直ぐ距離を詰めてくる。
ユウは木剣の軌道を見ながら、一歩だけ後ろへ下がった。
「集いし光よ、我が意に従い、ここに巡りて隔てとなれ――《光障壁》!」
小さな光の壁が、振り下ろされた木剣を受け止める。
エリオはすぐに剣を引いた。
「フェナ!」
「うん!」
「風よ、背を押して――《追風》!」
淡い風が背後から吹き込み、エリオの動きが再び速くなる。
正面。
次は右。
続けて左。
攻撃そのものは追える。
けれど、受け続けているだけでは何も変わらない。
「ユウ!」
リリアが《水球》の詠唱を終え、横から放った。
エリオが後ろへ退く。
その間にユウも距離を取った。
「大丈夫?」
「うん!」
返事をしながら、相手の四人へ意識を向ける。
エリオが下がればフェナが位置を変える。
フェナが動けばマナがその近くへ寄る。
ユリスは少し後ろから全体を見ていた。
カイルがいた時と同じだ。
誰かが困れば、別の誰かが入る。
「凍てつく氷よ、道を閉ざせ――《氷列》!」
エステルの前から細い氷柱が伸びる。
狙いはエリオではなかった。
フェナだ。
「えっ?」
フェナが横へ逃れる。
そこへリリアが杖を向けた。
「流れし水よ、我が意に従い、ここに集いて形を成せ――《水球》!」
「マナ!」
「分かってる!」
「水よ、薄き壁となれ――《水膜》!」
フェナの前へ水の幕が広がった。
水球がぶつかり、大きく形を崩す。
その瞬間だった。
ユウはマナの動きを追った。
今、マナはフェナを守っている。
さっきまでリリアの動きを止めていたマナが、別の仲間を助けるために動いている。
「リリア!」
「うん!」
言葉を続ける前に、リリアが杖をユリスへ向けた。
「巡る風よ、絡みつけ――《風縛》!」
風がユリスの足元へ絡みつく。
「っ!」
ユリスが動きを止めた。
すぐに杖を地面へ向ける。
「大地よ、我が意に応え、ここに石を連ねて弧を成し、隔てとなれ――《石環》!」
石壁が立ち上がり、リリアとの間を遮った。
けれど――。
「今なら……!」
エステルが先に動いた。
「凍てつく氷よ、道を閉ざせ――《氷列》!」
ユリスの反対側へ氷柱が伸びる。
石壁。
氷列。
そして背後には試合区域の端。
「ユリス、右!」
エリオが声を上げる。
ユリスが空いている方向へ走ろうとする。
そこへユウが《光障壁》を唱えた。
大きな壁ではない。
逃げ道へ斜めに置いた、小さな一枚。
「うわっ!」
避けたユリスの足が外側へ向く。
リリアもすぐに杖を振った。
「巡る風よ、我が意に従い、ここに集いて前へ押し流せ――《風押》!」
風が背中を押す。
ユリスの身体が白い線を越えた。
「ユリス・カーデン、場外!」
三対三。
「やった!」
リリアが声を上げる。
だが、エリオはもう動いていた。
「まだだ!」
狙いはエステル。
木剣が振られる。
「集いし光よ、我が意に従い、ここに巡りて隔てとなれ――《光障壁》!」
エステル自身が光の壁を出した。
剣が弾かれる。
「こちらは大丈夫です!」
その言葉に、ユウはエリオだけを見るのをやめた。
マナ。
フェナ。
二人も次の詠唱へ入ろうとしている。
さっき分かった。
助けに来ること自体を止める必要はない。
誰かを守れば、その間だけ別の場所が手薄になる。
「助けに動いた時……」
小さく呟く。
「何?」
リリアが聞いた。
「別のところが空く!」
それだけで十分だった。
フェナがエリオを助けるため、杖を持ち上げる。
「風よ、背を――」
「フェナさんが動きました!」
今度はエステルの方が早かった。
《氷列》を唱え、細い氷柱をフェナの足元へ伸ばす。
「えっ!」
フェナは詠唱を止め、横へ飛び退いた。
マナがそちらへ杖を向けようとする。
「今!」
リリアが一気に踏み込んだ。
「巡る風よ、絡みつけ――《風縛》!」
フェナの足元で風が渦巻く。
逃れようとした身体が僅かに遅れた。
ユウは《光障壁》を唱え、その先へ小さな光の壁を斜めに出す。
足を止めたフェナは反対側へ避けるしかない。
そこは、試合区域の端だった。
「しまっ――」
「巡る風よ、我が意に従い、ここに集いて前へ押し流せ――《風押》!」
リリアの風が吹き抜ける。
フェナが線の外へ押し出された。
「フェナ・ルミア、場外!」
三対二。
「くっ……!」
エリオが一度だけフェナへ目を向ける。
「エリオ、前!」
マナの声。
エステルの氷列が迫っていた。
エリオは横へ跳び、ぎりぎりで避ける。
そのままエステルへ踏み込んだ。
ユウも《光障壁》を出そうとする。
しかし、マナの杖先が先に動いた。
「水よ、流れよ――《水輪》!」
足元を水が走る。
「っ!」
エステルが避けようとして一歩下がった。
その位置へエリオが木剣を振る。
ユウもすぐに《光障壁》を唱え、二人の間へ滑り込ませた。
木剣が光の壁に弾かれる。
けれど、足元の水流を避けた体勢のまま、エステルはさらに一歩下がってしまう。
「あ……!」
踵が白い線を越えた。
踏みとどまろうとしたが、体勢を崩したまま身体が白い線の外へ出る。
「エステル・ヴァレイン、場外!」
「すみません、ユウさん!」
「大丈夫!」
エステルは悔しそうにしながらも、すぐに試合区域を離れる。
二対二。
ユウとリリア。
エリオとマナ。
「ほんとに最後まで分かんないね」
リリアが息を整えながら言う。
「うん」
ユウも何度も障壁を使っている。
身体の奥には、すでに重さがあった。
あと何度使えるかは分からない。
エリオも肩で息をしている。
マナも杖を握り直した。
「行くぞ」
「うん!」
エリオとマナが同時に動いた。
エリオはユウへ。
マナはリリアへ。
「水よ、流れよ――《水輪》!」
リリアの足元へ水が走る。
けれど、今度は動く前に杖が向いていた。
「巡る風よ、我が意に従い、ここに集いて前へ押し流せ――《風押》!」
二つの魔法がぶつかる。
水流が横へ崩れた。
「ユウ!」
「うん!」
エリオの木剣が迫る。
正面から受けない。
《光障壁》を唱え、小さな光の壁を斜めに出す。
木剣が光の表面を滑った。
「っ!」
エリオの身体が僅かに外側へ流れる。
続けて同じ術を唱え、進路へもう一枚の障壁を置いた。
「またか!」
エリオが足を変える。
内側へ戻る。
そこへリリアがいた。
「水よ、流れよ――」
マナが杖をユウへ向ける。
狙いはリリアではない。
エリオを援護するため、ユウの動きを止めようとしている。
ユウはそれを見た。
「リリア!」
「分かってる!」
リリアはすぐに杖をマナへ向けた。
「巡る風よ、絡みつけ――《風縛》!」
風がマナの足元へ絡みつく。
「えっ?」
エリオを助けようとしていたぶん、反応が遅れた。
その一瞬で十分だった。
ユウが最後の《光障壁》を唱え、エリオの進路へ展開する。
エリオが避ける。
その先へ――。
「巡る風よ、我が意に従い、ここに集いて前へ押し流せ――《風押》!」
リリアの風が横から叩きつけた。
「うわっ!」
エリオが数歩よろめく。
踏みとどまろうとしたが、勢いを止めきれず、そのまま身体が白い線の外へ出た。
「エリオ・ヴァンス、場外!」
「……まじか」
エリオは白い線を見下ろし、苦笑した。
二対一。
マナはユウとリリアを交互に見る。
それから、自分の足元へ絡む風を見下ろした。
「……これは無理かな」
杖をゆっくり下ろす。
「降参します」
「マナ・セルフィ、降参!」
教師が腕を上げた。
「試合終了!」
一瞬の静寂。
そして。
「勝者――ユウ・リシェル班!」
「勝った……!」
リリアの声が弾んだ。
ユウもようやく肩から力を抜いた。
場外からカイルとエステルが戻ってくる。
「ほんっとにギリギリだったな」
カイルが息を吐く。
「最後は見ているだけでも緊張しました」
エステルも小さく笑った。
向かい側から、エリオたちも歩いてくる。
「参った」
エリオが頭を掻いた。
「最後まで崩せると思ってたんだけどな」
「僕たちも、途中までどうしたらいいのか分かりませんでした」
ユウが答える。
「途中まで?」
フェナが頬を膨らませる。
「途中からは分かったってこと?」
「えっ? あ、そういう意味じゃ――」
「冗談だよ」
フェナが笑った。
マナも隣で苦笑する。
「でも次は勝つからね」
「うん。またやろう」
試合区域の外では、次の試合を知らせる声が響き始めていた。




