第69話 四回戦
「風よ、背を押して――《追風》!」
フェナの詠唱と同時に、淡い風がエリオの背中を押した。
踏み込む速度が一気に上がる。
「来るぞ!」
カイルが木剣を構えた。
正面からエリオを迎え、二本の木剣がぶつかる。
乾いた音が実技場に響いた。
「炎よ、刃に宿れ――《火纏》!」
カイルの木剣を薄い炎が包む。
だが、エリオは無理に押し合わず、剣を受け流して一歩下がった。
「マナ!」
「うん!」
「水よ、薄き壁となれ――《水膜》!」
二人の間へ薄い水の幕が広がる。
カイルが振った木剣の炎が水へ触れ、白い蒸気が弾けた。
「やっぱり来たか!」
カイルはすぐ剣を引く。
昨日話していた通り。
火を使えば、マナが水魔法で炎を弱めにくる。
予想は当たっていた。
けれど――。
「ユリス!」
今度はエリオが反対側へ声を飛ばした。
「大地よ、我が意に応え、ここに石を連ねて弧を成し、隔てとなれ――《石環》!」
地面から半円状の石壁が立ち上がる。
ユウとカイルの間を塞ぐような位置だった。
「カイル!」
小さな《光障壁》を出そうとしたが、その前に風が横から吹き込んだ。
「巡る風よ、我が意に従い、ここに集いて前へ押し流せ――《風押》!」
「っ……!」
身体が横へずれる。
狙った位置への展開が一瞬遅れた。
エリオはその間にもカイルへ踏み込んでいる。
前に見た試合と同じではない。
フェナは《追風》を使ったあと、エリオだけを助け続けてはいなかった。
ユリスも守るためだけに土魔法を使っているわけではない。
こちらが助けに入る場所そのものを塞いでくる。
「リリア、左から!」
「うん!」
リリアが石壁を回り込む。
「流れし水よ、我が意に従い、ここに集いて形を成せ――《水球》!」
その瞬間、マナが動いた。
「水よ、流れよ――《水輪》!」
足元を走った水流が円を描き、リリアの進路を横切る。
「わっ!」
踏み込もうとした足が滑り、杖先がぶれた。
放たれた水球は僅かに軌道を逸らし、エリオの脇を抜けていく。
「大丈夫ですか!」
エステルがリリアの方へ向く。
「大丈夫!」
倒れる前に姿勢を戻したが、その短い遅れでカイルとの距離がさらに開いた。
エリオたちは、ただカイルだけを追っているわけではない。
誰かが助けようとすれば、その動きまで別の誰かが止めにくる。
ユウは周囲へ目を走らせた。
エリオ。
マナ。
ユリス。
フェナ。
それぞれが自分の役割を果たしながら、誰かが動けばすぐ別の誰かが補っている。
「エステル、カイルの方を!」
「はい!」
エステルが杖を振る。
「凍てつく氷よ、道を閉ざせ――《氷列》!」
細い氷柱が並び、エリオの進路へ伸びていく。
カイルを押し込もうとしていたエリオの足が止まった。
「今だ!」
カイルが距離を詰める。
炎をまとった木剣を振り下ろす。
エリオが受ける。
今度はカイルが押した。
一歩。
さらに一歩。
「いける!」
リリアの声が飛ぶ。
だが、ユウはフェナが杖を持ち直したのを見ていた。
「カイル、横!」
「え?」
「巡る風よ、我が意に従い、ここに集いて前へ押し流せ――《風押》!」
横から強い風が叩きつける。
カイルの足が流れた。
そこへエリオが木剣を押し返す。
「くっ!」
二歩下がる。
試合区域の線が近い。
「カイル!」
ユウが《光障壁》を唱える。
逃げ道になるよう、小さな光の板を斜めに展開した。
カイルもすぐに気づき、そちらへ足を向ける。
しかし。
「ユリス!」
「分かってる!」
杖先が地面へ落ちる。
「大地よ、我が意に応え、ここに石を連ねて弧を成し、隔てとなれ――《石環》!」
光の板へ向かう途中に石壁が立ち上がった。
「マジかよ!」
カイルが足を止める。
内側へ戻る道が塞がれた。
背後は場外。
正面にはエリオ。
「まだだ!」
カイルが木剣を握り直す。
エリオの一撃を受け流す。
そのまま肩を入れて押し返そうとする。
だが、足元を水が走った。
「水よ、流れよ――《水輪》!」
マナの魔法だった。
「っ!」
踏ん張った足が滑る。
体勢が崩れたところへ、エリオが木剣を押し込んだ。
カイルの身体が後ろへ押し出される。
片足。
もう片方の足も、白い線の外へ出た。
「カイル・フェルド、場外!」
教師の声が響いた。
「くそっ……!」
カイルは悔しそうに白い線を見下ろした。
それでもすぐに木剣を下ろし、試合区域から離れた。
三対四。
ユウは一度だけカイルへ目を向け、すぐに正面へ視線を戻した。
エリオ班の四人は、誰も大きく崩れていない。
むしろ、最初からカイルを場外へ追い込むため、少しずつ外側へ誘導していたようにも見える。
「……強い」
思わず声が漏れた。
「ですね」
隣でエステルが杖を構え直す。
リリアも息を整えながら、一歩前へ出た。
「でも、まだ三人いるよ」
「うん」
負けたわけではない。
ただ、今までのようにはいかない。
エリオが再び木剣を構える。
フェナはその斜め後ろ。
マナとユリスも、すぐ援護へ入れる位置を保っていた。
誰かが動けば、別の誰かが埋める。
助ける動きが速い。
それは分かっている。
けれど、その先がまだ見えない。
「次、行くぞ」
エリオが地面を蹴った。
今度は真っ直ぐ、ユウへ向かってくる。
ユウは杖を握り直した。
三人対四人。
四回戦は、まだ終わっていない。




