第66話 夕暮れの寄り道
対抗戦一日目が終わり、学院を出る頃には空が橙色に染まり始めていた。
「明日は三回戦か」
カイルが両腕を上へ伸ばす。
「一日で結構戦った気がするな」
「カイルはずっと前に出てたからね」
リリアが言った。
「ユウも魔法いっぱい使ってたけど、大丈夫?」
「うん。もう平気だよ」
疲れは残っているものの、足取りに響くほどではない。
四人は寮へ戻る前に、学院近くの町へ足を向けていた。
明日に備えて早めに休むつもりだったが、夕食までにはまだ時間がある。
「何か食べて帰る?」
「いいな!」
カイルが真っ先に反応する。
「さっきまで試合してたのに元気ですね」
エステルが呆れたように言った。
「動いたんだから腹減るだろ」
「それはそうですけど」
通りには夕方の買い物をする人たちが行き交っている。
焼いた肉の香りが漂う屋台。
色とりどりの果物が並ぶ店。
パン屋の軒先には、焼き上がったばかりの商品が並んでいた。
ユウが店先を眺めながら歩いていると、先を行くカイルが突然足を止めた。
「……お」
「どうしたの?」
カイルの視線の先には、一軒の店があった。
大きな窓の向こうに、指輪や腕輪、首飾りが整然と飾られている。
小粒の魔石をあしらった装飾品も多い。
「ちょっと見ていいか?」
リリアが目を瞬く。
「カイル、こういうお店に興味あるの?」
「別にいいだろ」
「意外だっただけ」
「剣以外にも興味くらいあるっての」
そう言いながら、カイルはもう店の扉へ向かっている。
「入る気満々じゃない」
結局、四人揃って店へ入ることになった。
◇
店内は外から見るより広かった。
壁際には腕輪や首飾り。
中央の棚には指輪や髪飾り。
奥には、ピアスが何列も並んでいる。
「へえ……」
カイルが真っ先にそこへ向かった。
「本当に興味あるんだね」
「なんか格好いいだろ、こういうの」
銀色の輪。
小粒の黒い石が付いたもの。
炎のような赤い魔石を使ったもの。
様々な形が並んでいる。
「でも試合では付けない方がいいですよ」
エステルが言った。
「引っかかったら危ないですから」
「分かってるよ。見るだけだって」
カイルが棚を覗き込む。
リリアも隣で商品を眺め始めた。
ユウが二人の様子を棚越しに眺めていると、エステルが一つの品の前で足を止めた。
華奢な銀細工のピアス。
中心には淡い青色の石が一つだけ付いている。
派手ではない。
けれど、光を受けると僅かに青く透けて見えた。
「……これ」
エステルが呟く。
「綺麗だね」
ユウも横から覗き込んだ。
「はい」
エステルはしばらくそれを見つめたあと、ユウへ視線を移した。
「ユウさんに似合いそうですね」
「……僕?」
思いがけない言葉に、目を丸くする。
「はい。色も合いそうですし」
「そうかな……」
「ユウさんは顔立ちが整っていますから、こういう控えめなものは似合うと思いますよ」
「えっ」
返事が途切れた。
一拍遅れて、頬が少し熱くなる。
「そ、そんなに整ってないよ……」
「そうですか?」
エステルは本当に不思議そうだった。
「私はそう思いますけど」
「私も」
いつの間にかリリアも隣に来ていた。
「絶対似合うよ」
「リリアまで……」
困ったように視線を棚へ戻す。
そこへカイルもやって来た。
「何の話?」
「これ、ユウに似合いそうって話」
リリアが青いピアスを指差す。
カイルはユウと商品を交互に見た。
「あー、確かに似合いそうだな」
「カイルまで言わなくていいよ……」
「なんで照れてんだよ」
「照れてないよ」
そう答えながら、視線だけは横へ逃げていた。
近くにいた店員が会話に気づき、穏やかに声をかけてくる。
「よろしければ、耳元に合わせてみますか?」
「え?」
もう一度、青いピアスを見る。
確かに綺麗だと思う。
嫌いでもない。
けれど、自分がそれを身につけている姿を想像してみると、どうにも落ち着かなかった。
「……ううん。僕はいいかな」
リリアが首を傾げる。
「嫌いなの?」
「そういうわけじゃないよ。綺麗だと思うし」
一度考えてから、言葉を続けた。
「でも、僕はこういうのを自分で付けたいとはあんまり思わないかな」
「似合うのにもったいないですね」
エステルがどこか残念そうにピアスを見る。
「……似合うって言ってくれたのは、ありがとう」
ユウが小さく答える。
頬にはまだ赤みが残っている。
リリアがそれを見て笑った。
「やっぱり照れてる」
「もう……」
「じゃあ俺は、これかな」
突然カイルが言った。
三人が一斉に振り返る。
カイルが指差したのは、黒い石が付いた別のピアスだった。
「買うの?」
「んー……」
カイルはしばらく眺めたあと、腕を組む。
「今日は見るだけにしとく」
「さっきまであんなに夢中だったのに」
「気に入ったけど、今すぐ欲しいってほどじゃないんだよ」
「珍しく慎重ですね」
「俺を何だと思ってるんだよ」
エステルの言葉に、カイルが眉を寄せる。
リリアが笑い、ユウもつられて笑った。
◇
店を出た頃には、空の橙色も随分薄くなっていた。
四人は近くの屋台で焼き菓子を買い、歩きながら学院の寮へ戻る。
「明日は今日より強い班ばっかりになるんだよな」
カイルが言う。
「勝ち残ってるんだから、そうなるね」
「ちゃんと寝てくださいよ」
「分かってる」
ユウは焼き菓子を一口食べながら、先ほどの店を一度だけ振り返った。
窓越しに、装飾品がかすかに輝いている。
あの青いピアスも、きっとまだ棚に残っているのだろう。
綺麗だとは思った。
似合うと言われたことも、嬉しくはあった。
それでも、自分が身につけたいとは思わない。
「ユウ、置いてくぞ!」
「あ、待って!」
前方から聞こえたカイルの声に、すぐ前へ向き直る。
そして三人の後を追って、夕暮れの通りを駆けていった。




