第58話 三人の稽古(番外編 天界4話)
ここまでご覧いただきありがとうございます!
ようやくここまできました...
アニメでいう第一期の序盤が終わったぐらいです...
謎の天使たち、これから起こるかもしれない何か、読んでいただいてるあなたは今後恐らく驚くこととなるでしょう...
ぜひ楽しみにしていてください♪
天界の街から少し離れた場所に、若い天使たちが使う稽古場がある。
白い石を敷き詰めた円形の広場には、木剣や訓練用の標的が並んでいた。
その中央で、ラティスが両腕を伸ばす。
「今日は二人でやろう」
「二人で?」
シェルが首を傾げた。
「僕とラティス対シェル」
広場の端にいたフィオが答える。
「前は一人ずつやって、どっちも全然触れなかったから」
「でも、二人なら結構大変そうだね」
「またそれ言ってる」
「本当にそう思ってるよ?」
ラティスとフィオが顔を見合わせた。
今日の稽古では魔法を使わない。
翼も使わない。
純粋に身体だけを使った組手だ。
決まりは簡単だった。
相手の胸か背中へ触れれば一本。
ラティスとフィオは、どちらか一人でもシェルから一本取れば勝ち。
シェルは二人から一本ずつ取れば勝ちとなる。
「準備は?」
「いつでもいいよ」
「じゃあ――行くぞ!」
ラティスが正面から踏み込んだ。
最初から速い。
右手を伸ばし、シェルの胸を狙う。
シェルは半歩だけ左へずれた。
指先が服のすぐ横を通り過ぎる。
「まだ!」
ラティスが足を止めず、そのまま身体を捻った。
その時には、フィオがシェルの背後へ回り込んでいる。
前と後ろ。
二人がほとんど同時に手を伸ばした。
シェルの視線が一度だけ動く。
ラティスの肩。
フィオの踏み込んだ足。
二人の重心が前へ移った瞬間、シェルは身体を低くした。
「えっ」
二人の手が空を切る。
その間をすり抜けるように抜け、振り返りざまにラティスの背中へ触れた。
「一人目」
「ちょっと待て!」
フィオがすぐに追う。
逃げ道を塞ぐように横から手を伸ばした。
シェルは一歩だけ後ろへ下がる。
指先が胸へ届く寸前、身体を僅かにずらした。
そのままフィオの脇を抜け、背中へ軽く触れる。
「二人目」
「……早い」
フィオが足を止めた。
「二人で行ったのに一回も触れてないぞ」
ラティスも振り返る。
フィオはしばらくシェルを見てから、呆れたように言った。
「シェルって、ほんと身体の使い方うますぎない?」
「そんなことないよ。二人とも、前よりずっと近かったし」
「魔法なしで二人相手にして、一回も触らせてないんだよ?」
「でも、今のは結構危なかったよ」
「それ前にも聞いたぞ」
ラティスがすぐに返す。
「本当だよ。フィオがもう少し早く後ろに入ってたら、避けきれなかったかもしれないし」
「もう少しって?」
「ほんの少し」
「そのほんの少しが分からないんだよな……」
フィオが肩を落とす。
「褒めてるけど、ちょっと悔しいんだからね」
「ごめん。でも、二人で来られると本当に難しいよ」
「じゃあ次は、もっと難しくする」
「うん」
シェルは穏やかに頷いた。
◇
「もう一回」
ひと息ついたあと、ラティスがすぐに立ち上がった。
今度はフィオと顔を寄せ、小さな声で相談を始める。
「何話してるの?」
「シェルは聞いちゃ駄目」
「そっか」
シェルは言われた通り、数歩離れた。
やがて二人が位置につく。
「今度は俺が先に行く」
「さっきもそうだったよね?」
「今度は違うんだよ」
ラティスが地面を蹴った。
やはり正面から。
けれど、今度はすぐには手を伸ばさない。
シェルも動かずに待った。
距離が縮まる。
ラティスが右へ。
シェルが僅かに左へ動こうとする。
その瞬間。
ラティスが急に進路を変えた。
同時に、フィオが反対側から飛び込んでくる。
――なるほど。
片方を避けた先に、もう片方がいる。
さっきとは違う。
シェルは一歩下がった。
フィオの指先が、胸元すれすれを通り過ぎる。
「あっ!」
「惜しい!」
二人の声が重なった。
けれど、まだ終わっていない。
ラティスがすぐに背後へ回り込む。
前にはフィオ。
後ろにはラティス。
左右へ逃げれば、どちらかの手が届く。
シェルは一瞬だけ足元を見る。
次に、フィオへ向かって踏み込んだ。
「え?」
逃げると思っていたフィオの反応が僅かに遅れる。
伸びてきた腕の内側へ入り、そのまま脇を抜ける。
背中へ軽く手を触れた。
「一人目」
「ラティス!」
「分かってる!」
背後から腕が伸びる。
今度は本当に近かった。
シェルが身体を捻る。
ラティスの指先が袖をかすめた。
そのまま腕を取ることはせず、勢いの向きを僅かに外側へ逸らす。
「うわっ」
体勢を崩したラティスの背中へ手を添えた。
「二人目」
数秒、二人とも動かなかった。
「……今、触ったよな?」
ラティスがシェルの袖を見る。
「うん。ちょっとだけ」
「じゃあ、あと少しじゃん!」
フィオの声も弾む。
「さっきよりずっと近かったよ」
今度は二人も否定しなかった。
「次ならいけるかも」
「次は絶対触る」
二人がもう一度、顔を寄せて相談を始める。
「シェル、もっと向こう行って」
「ここでも聞いてないよ?」
「念のため!」
「分かった」
シェルはさらに数歩離れた。
背後では、ラティスとフィオの小さな作戦会議がまだ続いていた。




