第57話 遠征のあと
世界樹から帰還して、三日が経った。
学院では、いつも通り授業が行われている。
廊下を歩く生徒たちの声。
教室のざわめき。
窓の外に広がる中庭も、遠征へ出発する前と何も変わっていなかった。
「ユウ、次の教本出してる?」
「え?」
カイルに言われ、ユウは机の上を見る。
置かれているのは、さっきまで使っていた王国史の教本だった。
「あ……違うの出してた」
「ちょっとぼーっとしてたね」
リリアが横から覗き込む。
「うん、少しだけ」
ユウは机の中から次の教本を取り出した。
「今度は合ってる?」
「はい。それです」
エステルが確認する。
「よかった」
教本を開いたところで、教室の扉が開いた。
入ってきたのはクラリスだった。
「授業を始める前に、一つ連絡があります」
いつもより少し静かな声だった。
教室のざわめきが収まる。
「先日の世界樹遠征についてです」
ユウの手が止まった。
「《命の泉》で亡くなられたガレス・ヴォルンさんですが、昨日、冒険者ギルドの方々によって回収されました」
カイルが僅かに顔を上げる。
リリアもクラリスを見た。
「現場に残されていた氷についても調査が行われています。詳しいことはまだ分かっていませんが、ガレスさんはすでに冒険者ギルドへ連れ帰られています」
「……そうですか」
エステルが小さく言った。
ユウも息を吐く。
「よかった……」
口にしてから、少しだけ違う気がした。
ガレスが亡くなったことが、よかったわけではない。
あの泉に、一人で残されたままではなくなった。
それだけだった。
クラリスは何も言わず、少し間を置いて続けた。
「また、第三合同班の皆さんから聞き取った内容について、学院と冒険者ギルドで確認を進めています」
教室の空気が少し変わる。
ノアが手を上げた。
「じゃあ、本当に悪魔族だったんですか?」
「現時点では断定できません」
クラリスははっきりと答えた。
「同行していたマルク先生は、その可能性が高いと判断しています。ただ、悪魔族は現在まで実在が確認されていない種族です。推測だけで結論を出すことはできません」
ユウは王国史の授業を思い出した。
古い神話に名前が残る、魔族の中でも特に強大だとされる種族。
けれど、本当に存在するかは分からない。
学院では、そう教わっていた。
「第三合同班の皆さんの証言には、大きな食い違いはありません。今後、追加で確認をお願いする場合があります」
クラリスはユウたちへ視線を向けた。
「その時は、覚えていることをそのまま話してください」
「はい」
四人の返事が重なった。
「それでは、授業を始めます」
◇
授業が終わる頃には、教室にもいつもの声が戻っていた。
「終わった……」
カイルが机に腕を置く。
「遠征より授業の方が疲れてない?」
リリアが言う。
「五日間ずっと外で動いた後に、一日座りっぱなしって結構きついぞ」
「授業中くらい、きちんと座ってください」
「座ってただろ」
「姿勢の話です」
「そこまで見てたのかよ」
カイルが身体を起こす。
ユウは教本を鞄へしまった。
「でも、久しぶりな感じするね」
「五日間ずっと外だったからね」
リリアも荷物をまとめる。
「そういえばさ」
カイルが何かを思い出したように言った。
「遠征のあとって、何かあったよな」
「何か?」
「ほら、遠征の説明の時に言ってた……」
ユウも記憶を辿る。
世界樹。
三大神秘。
合同班。
そして――。
「あっ」
顔を上げる。
「学年別対抗戦!」
「それです」
エステルが頷いた。
「完全に忘れてた……」
カイルが額に手を当てる。
「いろいろあったからね」
「対抗戦って、いつやるんだろう」
ユウが尋ねたところで、まだ教室に残っていたクラリスがこちらを向いた。
「ちょうど、その説明を明日行う予定です」
「明日?」
「ええ。一年生全員へ、正式な規則と日程が発表されます」
カイルがすぐに姿勢を起こした。
「やっとか」
「まだ規則も聞いていないでしょう」
「だから気になるんだよ」
ユウもクラリスを見る。
「班で戦うんですか?」
「それも明日説明します」
「そっか」
クラリスは四人を見てから、教本を閉じた。
「今日は帰る準備をしてください。質問は明日まとめて受けます」
「はい!」
ユウは机の上に残っていた教本を鞄へしまった。
その隣では、カイルがもう明日の対抗戦の話を始めていた。




