第56話 帰還
遠征五日目の朝。
第二野営地では、日が昇りきる前から撤収が始まっていた。
昨夜はほとんど会話がなかった。
朝になっても、その空気は変わらない。
ユウたち四人も、必要なことだけを確認しながら天幕を畳んでいく。
天幕の撤収は、これで二度目だった。
カイルが支柱をまとめ、エステルが留め具を確認する。リリアが布を折り、ユウもその端を揃えた。
最初の撤収に比べれば、ずっと早い。
けれど、それを口にする者はいなかった。
「忘れ物がないか、もう一度確認してください」
マルクの声が野営地に響く。
十二人がそれぞれの荷物を確かめる。
最後にマルク自身も野営地を一周し、戻ってきた。
「……十二人。全員いますね」
その言葉のあとに、僅かな間があった。
十二人はいる。
教師もいる。
だが、ここへ来た時と同じ人数ではない。
「出発します」
一行は、昨夜学院から受けた帰還指示に従い、学院へ向けて歩き始めた。
◇
帰り道では、マルクが先頭を歩いていた。
遠征中、そこを歩くのはいつもガレスだった。
道の分かれ目に来れば先に周囲を確かめ、危険がないことを確認してから生徒たちを通していた。
今はマルクが何度も足を止め、自分で周囲を確認している。
そのたびに、生徒たちも黙って待った。
誰も列を離れない。
珍しい植物があっても、立ち止まる者はいなかった。
しばらく歩くと、木々の向こうに世界樹の巨大な幹が見えた。
昨日まで近くにあったそれも、少しずつ遠ざかっている。
「……小さくなってきたね」
リリアが振り返った。
「うん」
ユウも一度だけ後ろを見る。
《星降りの樹冠》。
《大地の鼓動》。
《命の泉》。
遠征へ来る前は、三つすべてを自分の目で見られることが嬉しくて仕方がなかった。
実際に、全部見ることができた。
けれど今、そのことを話す者はいない。
「行こう」
カイルの声に、ユウは前を向いた。
◇
学院の建物が見えたのは、昼を過ぎた頃だった。
正門の前には、遠征から戻る生徒たちを迎えるため、何人かの教師が待っていた。
「戻りましたか」
その中からクラリスが歩み寄ってくる。
表情は、いつもより明らかに硬かった。
第三合同班へ視線を走らせる。
「……十二人。全員いますね」
「はい。生徒は全員無事です」
マルクが答える。
クラリスは小さく息を吐いた。
「昨夜の緊急連絡は受けています。ガレスさんの件も」
「はい」
「詳しい状況をお願いします」
「《命の泉》で、正体不明の女性と遭遇しました」
マルクは一度言葉を切る。
「相手は、悪魔族である可能性があります」
周囲にいた教師たちの表情が強張った。
「悪魔族……」
「現時点では断定できません。ただ、ガレスさんはその女性の攻撃を受けて死亡しました。遺体は未知の氷魔法で凍結されていたため、不用意に触れるべきではないと判断し、現地に残しています」
クラリスは静かに頷いた。
「分かりました。詳しい報告は学院長室でお願いします」
そして、近くの教師へ振り返る。
「冒険者ギルドにも至急使いを。ガレスさんの回収を依頼してください」
「分かりました」
教師が正門の奥へ走っていった。
◇
第三合同班の十二人は、そのまま医務室へ連れていかれた。
怪我がないか。
体調に異変はないか。
一人ずつ確認されていく。
ユウにも外傷はなかった。
「体調はどうですか?」
「大丈夫です」
「気分が悪くなったり、息苦しくなったりしたら、すぐに教えてくださいね」
「はい」
確認を終えて医務室を出ると、廊下にはカイルが待っていた。
少し遅れてリリアとエステルも出てくる。
「みんな、大丈夫だった?」
「うん」
リリアが答える。
エステルも静かに頷き、カイルが続ける。
「俺も大丈夫だ」
カイルはそう言って、廊下の先を見る。
教師たちが慌ただしく行き来していた。
窓の外には、いつもの学院の中庭が見える。
行き交う生徒たちの声も、遠くから聞こえてきた。
その時、廊下の向こうから足音が近づいてきた。
「冒険者ギルドへ使いを出しました!」
「学院長への報告は?」
「すでにマルク先生から詳しい報告を受けています!」
職員の声が響く。
すぐに教師の一人がそのもとへ駆け寄り、二人はそのまま廊下の奥へ走っていった。
ユウたちは、遠ざかっていく足音を黙って聞いていた。




