第52話 第二野営地
《大地の鼓動》の観察を終えた一行は、再び世界樹の根域を歩き始めた。
先へ進むにつれて、地面を覆う根はさらに大きくなっていく。
人の腕ほどの細いものもあれば、ユウたちの背丈を軽く超えるものもある。土の中へ沈んだかと思えば、数歩先で再び地面を押し上げるように姿を現していた。
「足元には気をつけろよ」
先頭を歩くガレスが振り返る。
「根と根の間は見た目より深いところもある。足を挫いたら、それだけで遠征を続けられなくなるからな」
「はい!」
ユウは返事をすると、足元を確かめながら歩いた。
「今日はちゃんと前見てるな」
後ろからカイルの声がする。
「さっき注意されたからね」
そう答えて振り返ると、すぐ横からエステルが口を挟んだ。
「でしたら、振り返らない方がいいと思います」
「あ……そうだった」
ユウは慌てて前を向く。
「今度は大丈夫そうだね」
リリアの声が聞こえた。
「うん。ちゃんと見るよ」
今度は前を向いたまま答えた。
◇
第二野営地へ着いたのは、昼を過ぎた頃だった。
第一野営地より木々の間隔が広く、中央にはまとまった空地がある。
周囲には学院が設置した目印があり、合同班ごとに使用する区画があらかじめ分けられていた。
「今日はここで宿営します」
マルクが十二人を見回す。
「設営が終わった班から昼食を取ってください。その後は、これまでの記録を整理する時間とします」
第三合同班に割り当てられた区画には、三張り分の天幕と設営用具がまとめられていた。
三班はそれぞれ担当する天幕の設営に取りかかる。
二度目となる設営は、初日ほど時間がかからなかった。
カイルが支柱を立て、リリアが布を押さえる。
エステルが杭の位置を確認している間に、ユウは天幕全体が見える位置から様子を確かめる。
「リリア、そっちをもう少し引いてもらっていい?」
「これくらい?」
「うん、そこで大丈夫!」
縄を張り直し、最後の杭を固定する。
支柱から手を離しても、天幕は傾かなかった。
「できた!」
ユウは完成した天幕を見上げた。
「初日はもっと時間かかったよな」
カイルも隣に立つ。
「一つ直したら、別のところがずれたりしてたもんね」
「今回は最初から全体を確認できましたから」
エステルが四隅を見ながら言った。
「また張ることがあったら、もっと早くできるかな」
「もう十分早かったと思うよ」
リリアにそう言われ、ユウはもう一度天幕を見る。
「そっか。じゃあ前より上手くなったんだね」
その時、離れたところから大きな声が響いた。
「終わったー!」
ルークがその場に腰を下ろしている。
「まだ荷物を中に入れていませんよ」
セリアがすぐに指摘した。
「ちょっとくらい休んでもいいだろ」
「さっきも休んでいたでしょう?」
「……あれは休憩じゃないって」
近くにいたアレンが、二人のやり取りを黙って見ていた。
◇
昼食を終えた後は、それぞれ記録を整理する時間になった。
ユウはこれまでに書いた紙を広げ、その中から二枚を取り出す。
昨日の《星降りの樹冠》。
そして今日の《大地の鼓動》。
片方は夜空から降り注ぐ無数の光。
もう片方は、世界樹の根の中を巡る淡い光。
同じ世界樹で起きている現象なのに、見え方はまるで違う。
「明日で最後か」
隣で記録を書いていたカイルが言った。
「《命の泉》だね」
「どんな場所なんだろうな」
「水も普通の泉とは違って見えるのかな」
「明日見れば分かるだろ」
「うん。近くで見るとどんな感じなんだろうね」
ユウが記録へ視線を戻したところで、マルクの声が飛んできた。
「明日の確認をします。皆さん、集まってください」
十二人が地図の周りに集まる。
マルクは《命の泉》が記された場所を指した。
「明日は三大神秘の最後、《命の泉》を観察します」
生徒たちの視線が地図へ向く。
「事前説明でも話があった通り、泉の周辺は立ち入りが厳しく制限されています。指定された場所から出ないこと。泉の水に触れること、汲み上げること、持ち帰ることも禁止です」
続いて、泉の周囲を指でなぞった。
「周辺の植物についても同様です。採取は認められていません」
「植物もですか?」
ミナが尋ねた。
「ええ。泉だけでなく、その周囲に形成されている環境も保護の対象になっています」
「葉っぱ一枚でも?」
ルークが聞く。
「一枚でもです」
「……そこまで厳しいんだな」
ルークは地図に記された泉をもう一度見た。
説明を終えたマルクに代わり、今度はガレスが口を開く。
「規制された場所には絶対に入るな。何か変わったものを見つけても、自分たちだけで確認しに行かず、まず俺かマルク先生に知らせろ」
「はい!」
生徒たちの返事が重なった。
◇
夕方になると、野営地では食事の準備が始まった。
この日は夜間の観察もなく、夕食を終えた生徒たちは翌日に備えて早めに天幕へ戻っていく。
しばらく残っていた話し声も、夜が深くなるにつれて少なくなった。
やがて野営地の灯りが一つずつ消えていく。
最後には、野営地の端に置かれた小さな灯具だけが、暗い森の中に残った。




