第51話 大地の鼓動
「思ったより早く終わりそうだな」
カイルが、畳まれていく天幕を見ながら言った。
「立てた時に、どう組んであるか見てたからかな」
端を持っていた布を、エステルと一緒に折り重ねる。
遠征三日目。
今日は第一野営地を撤収し、さらに世界樹の奥へ進むことになっている。
昨日まで使っていた天幕も、朝食を終えてすぐに片づけ始めた。
初日に張った時は、四人とも自分の場所ばかり直してしまい、なかなか形が整わなかった。
でも今は違う。
「僕は外した支柱をまとめるね」
「では、こちらの留め具を外します」
「俺、杭を抜くぞ」
「じゃあ私は布を押さえておくね」
誰かが何をしているのか分かっていれば、次に自分がすることも見えてくる。
――初日より、ずっと簡単だ。
やっていること自体は違っても、四人で動くことには慣れてきた。
やがて三班すべての片づけが終わる。
荷物を確認したマルクが全員へ声をかけた。
「それでは出発します。今日は世界樹の地表へ現れている根を観察し、その先で《大地の鼓動》を見ます」
待っていた言葉に、顔を上げた。
世界樹の『三大神秘』。
昨日の《星降りの樹冠》に続いて、実際に目にするのはこれが二つ目になる。
◇
森を進むにつれて、景色が変わり始めた。
最初に気づいたのは、地面だった。
「これ……根?」
リリアが足元の先を見る。
土の間から、太い木の表面が覗いている。
けれど、普通の木の根とは大きさが違った。
さらに進むと、それは地面から大きく盛り上がり、人の背丈を越えるほどになっていく。
「大きい……」
思わず立ち止まりそうになる。
一本の根が、まるで低い丘のように森の中を伸びている。
その先は土へ沈み、どこまで続いているのか分からない。
「世界樹の根の一部です」
マルクが説明した。
「地中には、ここから見えているものより遥かに広い根が張っていると考えられています」
「どこまで伸びてるんですか?」
「正確には分かっていません」
「ここも分かってないんですね」
「世界樹を傷つけずに地下すべてを調べることはできませんからね」
「そっか……」
知りたいからといって、何でも調べていいわけではない。
調べることで壊してしまうなら、分からないまま残すしかないこともある。
露出した根を見上げた。
――これだけ見えていても、ほんの一部なんだ。
世界樹の大きさを、また違うところから見せられた気がした。
◇
「ここから先は、決められた場所を歩け」
ガレスが先頭で足を止めた。
「根には上がるな。触るのもなしだ」
地面には、観察する者が進むための細い道が作られていた。
その左右には、巨大な根がいくつも露出している。
第三合同班は一列になり、奥へ進んだ。
しばらくすると、マルクが立ち止まる。
「ここです」
ユウは周囲を見回した。
「《大地の鼓動》……?」
「ええ。少し待っていてください」
何も起きていない。
巨大な根が、静かに地面を這っているだけだ。
昨日の《星降りの樹冠》と同じだった。
待つ。
最初は、それだけ。
一本の根を見つめる。
すると。
――光った。
「……!」
根の奥で、淡い緑色の光が生まれた。
表面ではない。
厚い樹皮のさらに内側を、光が通っているように見える。
それはゆっくりと根の中を進み――消えた。
そのあと、別の根が光る。
さらにその奥も。
一定の間を置きながら、淡い緑色の光が森の地面を渡っていく。
「本当に……脈みたい」
リリアが呟いた。
同じことを考えていた。
一度、光る。
消える。
間を置いて、また光る。
まるで、巨大な何かが地面の下で静かに息づいているようだった。
――だから、《大地の鼓動》なんだ。
「これも、何なのか分かってないんですか?」
「完全には」
マルクが答えた。
「世界樹の内部を魔力が循環している現象ではないか、と考えられています。ただ、なぜこの場所では目に見えるほど強く発光するのか。その周期が何によって決まるのか。分かっていないことは多いです」
「周期も同じじゃないんですか?」
「日によってわずかに変わります」
「天気とか、季節は?」
「関係があるという記録もありますが、例外もあります」
知りたいことが、一つ増える。
答えを聞く。
すると、その答えからまた別の疑問が出てくる。
もう一度、巨大な根へ意識を向けた。
淡い緑色の光が、静かに内部を通り抜ける。
昨日見た光は、空から降ってきた。
今日の光は、大地を走っている。
同じ世界樹なのに、まるで違う。
「すごいな……」
今度は、ちゃんと言葉になった。
別の根が、再び淡く脈打つ。
次の光が現れるまでの間を、心の中で数えてみた。




