第48話 初めての対処実習
「今回は、討伐まで行います」
マルクの言葉に、倒木の向こうにいる樹甲蜥蜴へ意識を戻した。
まだこちらには気づいていない。
「倒す必要があるんですか?」
気になって、先に尋ねる。
「あります」
マルクは頷いた。
「この場所は、ほかの合同班も通る観察路のすぐ近くです。樹甲蜥蜴は縄張りへ入った相手に攻撃することがあります。このまま残せば、後続の班と接触する可能性があります」
「そうなんですね」
それなら、ただ戦うための実習ではない。
「まず特徴を説明する」
ガレスが樹甲蜥蜴の方を示した。
「見ての通り、背中の甲殻が硬い。剣でも初級魔法でも、正面から何度も攻撃するのは効率が悪い」
「じゃあ、弱いところがあるんですか?」
カイルが尋ねる。
「腹側だ。首の下も比較的柔らかい。ただし、そこを狙おうとして横へ回り込むと尾が来る」
樹甲蜥蜴の太い尾が、草の上をゆっくりと動いていた。
「動きそのものは速くない。主な攻撃は突進と尾だ。だからといって、真正面で受けようとはするなよ」
硬い背中。
柔らかい腹。
突進。
尾。
教えられた特徴を頭の中で一つずつ並べる。
「条件を満たす個体が見つかれば、三班それぞれに対処してもらいます」
マルクが続けた。
「この個体は、まずユウさんたちの班が担当してください」
「はい」
四人が前へ出る。
ガレスは離れた場所で足を止めた。
「危ないと判断したら俺が入る。その時点で実習は終了だ」
灰牙狼の時とは違う。
近くにはガレスがいる。本当に危険になれば止めてもらえる。
だからといって、油断していいわけではない。
相手がEランクでも、攻撃を受ければ怪我をする。
「どうする?」
カイルが声を落とした。
背中の甲殻を斬っても効きにくい。
横へ回れば尾がある。
なら――。
「まず、動きを止めよう」
「そのあと?」
「横倒しにできたら、腹側を狙えると思う」
リリアが樹甲蜥蜴へ顔を向ける。
「じゃあ、まず脚を止める?」
「うん。硬いところを無理に攻撃しなくていいでしょ?」
エステルが頷いた。
「では、動きを崩してから脚を封じるのがよさそうですね」
「僕が最初に進む向きをずらすよ。そのあと、リリアとエステルで脚を止められる?」
「やってみる」
「可能だと思います」
「じゃあ俺が最後か」
カイルが剣を抜いた。
「横倒しになったところで、腹を狙えばいいんだな」
「うん」
やることは単純だった。
硬い背中を無理に攻めない。
動きを崩す。
脚を封じて横倒しにする。
最後に、柔らかい腹側をカイルが狙う。
◇
四人で距離を詰める。
樹甲蜥蜴が顔を上げた。
気づかれた。
低い唸り声とともに、身体の向きが変わる。
「来るよ」
短い脚が地面を蹴った。
思っていたより速い。
大型犬ほどの身体が、一直線に向かってくる。
正面から止める必要はない。
右手を上げ、詠唱する。
「集いし光よ、我が意に従い、ここに巡りて隔てとなれ――《光障壁》!」
進路に対して斜めに、淡い光の障壁が現れた。
樹甲蜥蜴の頭がぶつかる。
鈍い音とともに、障壁が大きく揺れた。
けれど、受け止めない。
突進の力を横へ逃がす。
樹甲蜥蜴の身体が右へ逸れた。
「今!」
リリアが杖を向ける。
「流れし水よ、我が意に従い、ここに集いて形を成せ――《水球》!」
生まれた水球が地面へ弾け、樹甲蜥蜴の足元を濡らした。
エステルもすぐに続く。
「氷よ、足場を閉ざせ――《氷床》!」
冷気が地面を走った。
濡れた土が一気に凍りつき、前脚が滑る。
身体が大きく傾いた。
――いける。
その瞬間、太い尾が横へ動く。
「カイル、待って!」
踏み込もうとしていたカイルが足を止めた。
直後、尾が目の前を薙いでいく。
「危なっ……」
まだだ。
傾いただけでは、腹側を十分に狙えない。
樹甲蜥蜴は氷の上で脚を動かし、体勢を戻そうとしている。
ここで立て直されたら、また最初からになる。
「リリア、反対側!」
「分かった!」
リリアが再び詠唱へ入る。
「流れし水よ、我が意に従い、ここに集いて形を成せ――《水球》!」
今度は、踏ん張ろうとしている後脚の下へ水球が弾けた。
エステルも同じ場所へ杖を向ける。
「氷よ、足場を閉ざせ――《氷床》!」
冷気が重なり、後脚の周囲が地面ごと凍りつく。
樹甲蜥蜴が身体を起こそうとした。
片方の脚が動かない。
重心が崩れる。
そのまま身体が横倒しになった。
太い尾も下側へ入り込み、すぐには振れない。
「カイル!」
「任せろ!」
今度こそ、邪魔するものはなかった。
カイルが一気に距離を詰める。
狙うのは硬い背中ではない。
露出した腹側へ、剣を振り下ろした。
一撃。
樹甲蜥蜴の身体が大きく震える。
もう一度動こうとして――止まった。
◇
「そのまま近づくな」
ガレスの声が飛ぶ。
カイルがすぐに数歩下がった。
代わりにガレスが近づき、樹甲蜥蜴の状態を確かめる。
やがて、こちらへ振り返った。
「討伐完了だ」
四人の身体から同時に力が抜けた。
「……灰牙狼の時より、ずっと短かったね」
リリアが言った。
「相手が一段下なのもあります」
エステルが続けた。
「それに今回は、最初から相手の特徴を教えていただきました」
その通りだった。
灰牙狼の時は、何ができるのかも分からないところから始まった。
今回は違う。
硬い場所。
弱い場所。
攻撃の仕方。
知っている情報をもとに、自分たちのやり方を考えることができた。
「一つ聞く」
ガレスが四人へ向き直る。
「どうして正面から倒そうとしなかった?」
「背中が硬いって聞いたからです」
「そこを何度も攻撃するより、柔らかいところを狙える状態にした方が早いと思って」
「そうだな」
ガレスは頷いた。
「相手の苦手なところを知っているなら、得意なところで力比べをする必要はない」
カイルが剣を鞘へ戻す。
「炎も使わなかったな」
「ここで使ったら森まで燃えるだろ」
「分かってるならいい」
「そこは最初から分かってるって」
ガレスはそれ以上何も言わず、凍った地面へ顔を向けた。
「それと、途中で止まれたのも悪くない」
「尾の時ですか?」
「ああ。最初に決めた通りに動くことより、目の前の危険を優先しろ。予定は途中で変えていい」
最初に立てた作戦通りには進まなかった。
尾を避け、脚を封じる場所を変えた。
それでも四人とも、怪我をせずに終えることができた。
マルクが後ろで待っていた生徒たちへ向き直る。
「では、観察を続けましょう。次に実習可能な個体が見つかった場合は、次の班に担当してもらいます」
四人はほかの生徒たちのところへ戻った。
次に樹甲蜥蜴が見つかったら、ほかの班はどう戦うのだろう。
今度は、それを観察する番だった。




