第47話 二日目の森
目を覚ました時、最初に聞こえたのは鳥の声だった。
天幕の外から、いくつもの鳴き声が重なって聞こえてくる。
学院の寮とは全然違う。
少しぼんやりしていた頭が、それだけで目を覚ました。
――そうだ。世界樹にいるんだ。
昨夜は眠れるか少し心配していた。
けれど、カイルの言った通りだったらしい。
歩いて、天幕を張って、夕食まで準備した。
横になった後のことを、ほとんど覚えていない。
天幕を出ると、朝の光が木々の間から差し込んでいた。
「おはよう、ユウ」
「おはよう!」
先に起きていたリリアへ返す。
「ちゃんと眠れた?」
「うん。すぐ寝ちゃったみたい」
「昨日あんなに心配してたのに」
「疲れてたんだと思う」
顔を洗い、朝食を済ませる。
野営地では、ほかの合同班も出発の準備を始めていた。
その向こうには、朝の世界樹がある。
巨大な枝の隙間から、何本もの光が森へ落ちていた。
見ていたい。
でも今日は、昨日より近くまで行ける。
そう思うと、自然と足が軽くなった。
◇
「今日は森林と植物の観察から始めます」
マルクを先頭に、第三合同班は第一野営地を離れた。
昨日より世界樹に近い区域へ進んでいく。
「ただ眺めるだけではありません。普段の森との違いを見つけて、気づいたことを記録してください」
ユウは記録用紙を取り出した。
最初に目についたのは、地面を覆う草だった。
「これ、昨日の街道にあったのと似てる」
リリアも隣へしゃがむ。
「同じ種類かな?」
「葉の形は同じに見えるけど……こっちの方が大きいね」
勝手に触らず、まず目で見る。
葉の形。
茎の太さ。
生えている場所。
「マルク先生、これって同じ植物ですか?」
「よく気づきましたね。同じ種類です」
「やっぱり!」
「世界樹周辺では、通常より大きく育つ植物がいくつも確認されています」
「どうしてですか?」
「正確には分かっていません」
その答えに、ユウの手が止まった。
「まだ分かってないんですか?」
「ええ。《命の泉》の影響ではないかという説もありますが、それだけでは説明できないものもあります」
「じゃあ、今も調べてる途中なんですね」
「そういうことです」
分からない。
世界樹について書かれた本はたくさんある。
それでも、まだ答えが出ていないことがある。
――もっと知りたいな。
気づいた違いを記録して、先へ進もうとした時だった。
「あっ!」
少し先の木陰に、小さな白い花が咲いている。
ユウはすぐ近くまで歩いていき、その前へしゃがんだ。
「白鈴花だ!」
「知ってるの?」
リリアも隣へ来る。
「うん! 日陰の少し湿った場所を好む花だよ。朝に開いて、夕方になる前には閉じるんだ」
「そんなことまで知ってるんだ」
「花言葉もあるよ」
「花言葉?」
「『静かな幸福』」
ユウは白い花を見ながら答えた。
「花言葉まで覚えてるの?」
「うん。僕、花好きなんだ」
花の名前だけではない。
いつ咲くのか。
どんな場所を好むのか。
どんな言葉が与えられているのか。
知れば知るほど、一輪ずつ違って見える。
「結構いろいろ知ってるよ。花なら、見ただけで分かるものも多いと思う」
「そんなに詳しかったんだ」
「言ってなかったっけ?」
「聞いたことないよ」
「そっか」
ユウはもう一度、白鈴花を見る。
そこで少し首を傾げた。
「あれ?」
「どうしたの?」
「これ、僕が知ってる白鈴花より大きい」
隣には、普通の大きさのものも咲いている。
同じ花なのに、こちらは花弁も茎も一回り大きかった。
「さっきの草と同じなのかな」
「世界樹の近くだから?」
「かもしれない。でも、隣のは普通だよね」
土なのか。
水なのか。
日当たりなのか。
考え始めると、いくらでも理由は浮かぶ。
でも、どれが正しいのかはまだ分からない。
決めつけるには早そうだ。
「ユウ、そろそろ行くよ」
「あ、うん!」
立ち上がってから、もう一度だけ白鈴花を見る。
「また見つけられるといいな」
「そんなに好きなんだね」
「うん!」
今度こそリリアの隣へ戻り、みんなの後を追った。
◇
さらに森の奥へ進む。
世界樹へ近づくほど、植物の違いは増えていった。
同じ種類でも大きく育っているもの。
葉の色がわずかに濃いもの。
反対に、ほとんど変化していないものもある。
「全部が同じようになるわけじゃないんだね」
ユウは記録用紙へ目を落とした。
書くのは、世界樹周辺で見つけた変化だけ。
分からないことは、分からないまま残しておく。
「ユウ、もう結構書いてないか?」
カイルが覗き込む。
「まだ空いてるよ」
「そういう問題か?」
「あとで見返した時に分からなくなる方が嫌だから」
まだ見たいものはたくさんある。
けれど、その時。
前を歩いていたガレスが右手を上げた。
「止まれ」
声は大きくなかった。
それでも全員の足が止まる。
昨日聞いた通りだ。
理由を尋ねる前に、まず止まる。
ユウも記録用紙から顔を上げた。
ガレスは少し先の地面を見ている。
マルクも隣へ移動した。
「足跡ですか?」
「ああ」
周囲を確かめてから、十二人が少し前へ呼ばれた。
地面には、爪のある足跡が残っている。
ユウの手より少し大きい。
その先では、低い草が押し倒されていた。
「何の足跡ですか?」
カイルが尋ねる。
「樹甲蜥蜴だ」
ガレスが答えた。
「Eランクの魔獣だな」
ユウは足跡の先を見る。
二日目の予定にあった、低位魔獣対処実習。
でも、足跡を見つけただけでは始まらない。
「すぐに追うんですか?」
「追う。ただし、戦うかはまだ決めない」
ガレスは周囲へ視線を動かした。
「まず個体を確認する。数を見る。近くに別の個体がいないかも調べる」
見つけたから戦う。
そういう実習ではない。
十二人は距離を保ちながら痕跡を追った。
やがて、ガレスが再び止まる。
倒れた太い幹の向こうに、何かがいた。
大型犬ほどの身体。
四本の短い脚。
背中には、古い樹皮を重ねたような硬そうな甲殻。
――あれが、樹甲蜥蜴。
まだこちらには気づいていない。
ガレスとマルクが周囲を調べていく。
ほかの個体は見えない。
新しい足跡も一つだけ。
周囲には十分な広さがあり、離れる道も確保できる。
最後に、二人が短く視線を交わした。
マルクが頷く。
「条件に問題はありません」
そして十二人へ向き直った。
「この個体を、今日の対処実習の対象にします」




