第45話 出発
「第三合同班、十二人揃ってるな?」
学院の正門前で、ガレスが一人ずつ顔を確かめた。
朝の広場には、一年生たちが合同班ごとに集まっている。
その間を教師や護衛の冒険者が行き来し、何台もの荷車には大型天幕、食料、飲料水、調理器具などが積み込まれていた。
「全員います」
マルクが名簿へ印をつける。
「出発前に携行品だけ見ておきましょう。行動中に必要なものは、自分たちで持っていますね?」
十二人がそれぞれ鞄や背負い袋へ目を向けた。
「地図、記録用紙、筆記具……ある」
ユウは一つずつ確かめていく。
「救急用品もあります」
エステルが鞄を示した。
「縄も灯具も、向こうの班で持ってるみたい」
リリアが隣の二班を見る。
それぞれが自分たちの荷物を点検していた。
五日分すべてを背負うわけではない。
大きな荷物は荷車が運んでくれる。
それでも、実際に背負ってみると普段学院へ通う時よりはずっと重かった。
「これで五日間か」
カイルが肩紐を直した。
「大きい荷物は荷車だから、これでもかなり少ないんだよね」
「五日分全部だったら、歩く前に疲れるな」
「それはありそう」
準備を重ねてきた四泊五日の遠征が、ようやく始まろうとしていた。
◇
「出発します!」
先頭から声が届いた。
荷車がゆっくりと動き始め、合同班ごとに学院の門を抜けていく。
第三合同班も列へ加わった。
門を出たところで、ユウは一度だけ後ろを振り返る。
「どうしたの?」
リリアが尋ねた。
「五日も学院に戻らないの、初めてだなって思って」
「帰ってきたら、またいつも通りだよ」
「うん」
学院の建物は、歩くほど少しずつ遠くなっていった。
街の中は見慣れた景色だった。
店を開ける商人。
荷物を運ぶ人々。
通りを行き交う馬車。
違うのは、制服姿の一年生が長い列を作っていることくらいだ。
「本当に全員で行くんだな」
カイルが前を見る。
先頭はかなり遠い。
後ろにも、まだいくつもの合同班が続いている。
普段は四人で行動することが多い。
初めて冒険者の依頼へ出た時も、森を歩いたのは四人だけだった。
今回は違う。
第三合同班だけでも十二人。
その外側にも教師と冒険者がいて、さらに一年生全体が同じ目的地を目指している。
同じ遠出でも、まるで別のものに感じた。
◇
街の門を抜けると、石畳の道は徐々に細くなった。
左右に畑が広がり、その先には草原と森が続いている。
「世界樹まで、ずっと歩きですか?」
少し前で、ルークがマルクに尋ねていた。
「基本的には歩きます。荷車は物資用ですからね」
「分かりました」
そこでルークはガレスの方を見る。
「ガレスさん、本当に歩けなくなったら背負ってくれるんですか?」
「昨日も言っただろ。運べるが、運びたくはない」
「じゃあ、自分で歩きます」
「最初からそうしてくれ」
後ろから聞こえた会話に、カイルが小さく肩を揺らした。
列はそのまま街道を進んでいく。
道沿いには、学院の周囲ではあまり見かけない植物も増えてきた。
リリアが足元を見ながら言う。
「これ、授業で見た草に似てない?」
「葉の先がちょっと違うね」
ユウも見た。
「次の休憩で先生に聞いてみようか」
「そうしよ」
見たことのないものを見つけるたび、足を止めたくなる。
けれど今日は観察の日ではない。
まず目的地へ着かなければならない。
「ユウ」
後ろからアレンが並んだ。
「昨日の地図、覚えてる?」
「うん。このまま南東に進んで、森の手前で一度休憩するんだよね」
「僕もそう覚えてる。実際の道と見比べてみたくて」
「休憩した時、一緒に見ようよ」
「そうしよう」
歩きながら地図を広げる必要はない。
今は道を見る。
確認するのは、止まってからでいい。
◇
最初の休憩では、アレンと地図を広げた。
歩いてきた街道。
途中で分かれていた脇道。
現在地。
紙の上で見ていた線が、少しずつ実際の景色へ変わっていく。
地図を片づけ、再び歩き始めてからしばらく経った頃だった。
前方から声が上がった。
「見えた!」
「あっちだ!」
列のあちこちで、生徒たちが同じ方向を見る。
ユウも顔を上げた。
森と丘の、そのさらに向こう。
空へ伸びる巨大な影があった。
一瞬、山かと思った。
違う。
一本の幹だった。
大地から伸びた太い幹。
遥か高い場所から幾重にも広がる枝。
その上を覆う樹冠は、遠くからでも一つの森のように見える。
「……」
足が止まった。
「ユウ?」
リリアの声がする。
すぐには答えられなかった。
本で何度も読んだ。
絵も見た。
高さも、幹の太さも知っている。
けれど。
数字を覚えていることと、その大きさを知っていることは、どうやら同じではなかったらしい。
「……世界樹」
ようやく声が出た。
「本当に……あんなに大きいんだ」
「まだかなり遠いぞ」
カイルも見上げている。
「うん」
それでもユウの瞳は、巨木からなかなか離れない。
「本で見てた時は、分かってるつもりだったんだけどな……」
隣に来たアレンも、遠くの世界樹を見上げた。
「実物を見ると、全然違うね」
「うん。全然違う」
前方からガレスの声が飛んできた。
「見るのは構わないが、足は止めるなよ」
「あ、はい!」
慌てて列へ戻る。
歩き出しても、何度も世界樹へ目が向いた。
こちらが近づくたび、巨大な幹はさらに大きくなる。
まだ遠い。
それなのに、空の一部が世界樹で埋まっていた。




