第44話 同行者
放課後、第三合同班の十二人は実技場の一角へ集められていた。
そこには、十二人を待つように二人の大人が立っていた。
一人は学院の教師だった。
短く整えた茶色の髪に、落ち着いた灰色の瞳。腰には細身の杖を下げ、手には世界樹周辺の地図を持っている。
もう一人は、灰色の外套の下に革製の防具を身につけた男だった。
年齢は三十代ほど。腰には使い込まれた長剣があり、左の眉の上には細い傷跡が残っている。
「昨日お話しした、第三合同班の同行者を紹介します」
クラリスが教師の方へ手を向けた。
「マルク・レイナード先生です」
「マルク・レイナードです」
男性教師が一歩前へ出る。
「普段は二年生以上の野外実習と、魔物や魔獣の生態について教えています。今回の遠征では、皆さんの移動と実習全体を担当します」
「よろしくお願いします」
十二人がそれぞれ頭を下げる。
クラリスは続いて、隣の男へ目を向けた。
「そして、冒険者ギルドから護衛として同行していただく、ガレス・ヴォルンさんです」
「ガレスだ。五日間よろしく」
挨拶は短かった。
「冒険者ランクはAランクです」
ルークが思わず身を乗り出す。
「本当にAランクなんだ……」
「昨日も聞いたでしょう」
セリアが横から言った。
「聞くのと実際に会うのは違うって」
ガレスは二人のやり取りを気にする様子もなく、十二人を見渡した。
「先に一つ言っておく」
声そのものは穏やかだったが、全員の視線が集まった。
「俺がいるから何をしても平気、とは思うな」
ルークも姿勢を戻す。
「森で知らないものを見つけても勝手に触らない。一人で音の正体を確かめに行かない。魔獣を見つけても、先生か俺が許可するまでは手を出さない」
「二日目の対処実習でもですか?」
アレンが尋ねた。
「ああ」
ガレスは頷いた。
「見つけた魔獣が一体でも、本当に一体だけとは限らない。近くに群れがいるかもしれないし、幼体なら親がいる可能性もある。種類、数、状態、周囲の地形まで見てから実習に使えるか決める」
マルクも地図を開いた。
「逃げ道の有無も重要です。皆さんが戦える相手でも、戦う場所が悪ければ危険度は変わります」
「なるほど……」
ユウが地図へ目を落とした。
「それから実習が始まった後だ」
ガレスが指を一本立てる。
「俺かマルク先生が『中止』と言ったら、その時点で終わり。理由を聞くのは安全な場所へ移ってからだ」
二本目。
「自分たちで無理だと思った時も、そこで止めていい」
「助けてもらったら、実習は失敗ですか?」
トーマが聞いた。
「違う」
答えはすぐに返ってきた。
「危ないと分かっているのに続ける方が失敗だ」
トーマが頷く。
「俺が戦闘へ入ったら、その班の実習はそこで終了する。ただし、それで評価が全部駄目になるわけじゃない。助けを求めるべきところで求められたなら、それも正しい判断だ」
「倒せれば一番いい、ってわけじゃないんですね」
リリアが言った。
「外じゃ、生きて帰る方が大事だからな」
◇
一通りの説明が終わると、ルークの視線が何度もガレスの腰へ向かった。
「何だ?」
「その剣、やっぱり使うんですよね?」
「飾りで下げるには重いな」
「Aランクの人って、どれくらい速いんですか?」
カイルも剣を見る。
「俺もそれは見たい」
ガレスがマルクへ顔を向けた。
「こういうのも実習に入ってます?」
「少しくらいなら」
「先生まで乗るのか……」
ガレスは腰につけた小袋から、親指ほどの木片を取り出した。
「じゃあ、これでいいか」
軽く放り上げる。
木片が回転しながら頭上へ上がった。
次の瞬間。
短い金属音だけが響いた。
「……え?」
リリアが目を瞬かせる。
ガレスの長剣は、すでに鞘へ戻っていた。
落ちてきた木片が地面に当たり、三つに分かれる。
「いつ抜いたんだ?」
カイルがガレスの腰と木片を交互に見る。
「全然分からなかった……」
ルークも三つの欠片を覗き込んだ。
その隣で、アレンが一つを拾う。
「二回斬ったんですよね」
ガレスがアレンを見る。
「見えたか?」
「最初に剣が動いたところだけです。その後は、ほとんど」
アレンは三つの木片を並べた。
「でも、切断面の向きが違います。途中で剣の角度を変えていますよね」
「正解」
「しかも、三つとも大きさがほとんど同じだぞ」
カイルが木片を持ち上げる。
ガレスは鞘の柄へ手を置いた。
「速く振るだけなら、そこまで難しくない」
「いや、十分難しいと思うけど……」
ルークが言った。
「大事なのは、狙った場所へ当てて、そこで止めることだ。仲間と一緒に戦うなら特にな」
木片を受け取りながら続ける。
「魔法も同じだろ。威力が高ければいいわけじゃない。味方まで巻き込んだら何の意味もない」
アレンはガレスの剣へもう一度目を向けていた。
◇
最後に、マルクが世界樹周辺の地図を十二人の前へ広げた。
「遠征中、通常の指示は私が出します。ただし、危険が迫った場合はガレスさんの指示を優先してください」
「俺が『止まれ』と言ったら止まる。『伏せろ』と言ったら伏せる。『走れ』と言ったら走る。その場では相談しない」
「先生も従うんですか?」
ミナが尋ねた。
「もちろんです」
マルクは迷わなかった。
「危険への対処は、護衛であるガレスさんの方が私より経験があります」
マルクは地図を畳んだ。
「得意なことを任せ合う。昨日、皆さん自身が考えたことと同じです」
ユウが頷く。
「五日間、よろしくお願いします」
改めて二人へ頭を下げた。
「ああ」
ガレスが答える。
「学院を出るところから、ここへ帰ってくるところまでが遠征だ。全員、自分の足で帰ってこい」
「体調管理も忘れずに」
マルクが付け加えた。
「体調の悪い一年生を背負って歩くのは、大型の荷物より大変ですから」
「ガレスさんなら運べそうですけど」
「運べる」
ルークが目を輝かせる。
「じゃあ――」
「だが運びたくはない」
「……気をつけます」
「最初からそうしてくれ」
顔合わせを終えた十二人は、翌日の集合時刻と集合場所を聞き終えると、実技場を出ていった。




