第38話 昨日の戦い
「来た」
教室の扉を開けた途端、そんな声が聞こえた。
「本当に四人とも普通にいる……」
「灰牙狼って、あの灰牙狼だよね?」
席へ向かう間にも、何人もの視線が集まってくる。
「もう広まってるのかよ」
カイルが小声で呟いた。
「ギルドにも記録されたんだから、仕方ないんじゃない?」
リリアが答える。
カイルの腕には、昨日とは違う新しい布が巻かれていた。背中にもまだ痛みは残っているらしいが、歩く様子に問題はない。
「カイル、腕まだ痛む?」
短い灰色の髪をしたノア・ベルンが近づいてきた。
「少しな。治療してもらったから、昨日よりずっとまし」
「四人だけで倒したって本当?」
「本当だよ」
リリアが答えると、ノアは目を丸くした。
「薬草採取だったよね?」
「私たちも、戦うことになるとは思っていませんでした」
エステルが言う。
「一度は離れようとしましたが、帰る方向を塞がれてしまったんです」
「すごいな……」
その言葉に、ユウは首を横へ振った。
「最初から上手く戦えたわけじゃないよ。僕の障壁も壊されたし、カイルも飛ばされちゃったし」
「そこは言わなくてよくないか?」
「本当のことだよ?」
「本当だけどさ……」
周囲から小さな笑いが起こった。
その時、少し離れた席からトーマが声を上げる。
「本当にDランクだったのか?」
カイルの表情が僅かに変わった。
だが、答えるより先にレオンが口を開く。
「ギルドが確認したんだろ。だったら本物だ」
「まあ、それはそうだけど」
シオンも本から顔を上げた。
「魔石もDランクだったらしい」
「そこまで知ってるの?」
リリアが尋ねる。
「ギルドの記録は学院にも届く」
それだけ答え、シオンは再び本へ視線を戻した。
レオンは四人を一度見た。
「……四人で倒したなら、それは実力だろ」
以前なら、聞かなかった言葉だった。
カイルも少し意外そうにしたが、
「まあな」
とだけ返した。
それ以上、会話は続かなかった。
◇
授業が始まると、クラリスは教本を開く前に黒板へ一つの言葉を書いた。
『実戦』
教室が静かになる。
「昨日、学院冒険者として活動していた一年生の一班が、魔獣と交戦しました」
机の上へ報告書が置かれる。
「ユウ、リリア、カイル、エステルの四名です」
何人かがこちらを見る。
「ギルドの確認班により、討伐された個体はDランク魔獣・灰牙狼であると確認されています。現在のところ、周辺に別個体の痕跡は見つかっていません」
クラリスはそこで一度、教室全体を見回した。
「最初に言っておきます。これは討伐依頼ではありませんでした」
黒板へ新たに三つの言葉を書く。
『回避』
『退路』
『連携』
「灰牙狼を倒したという結果だけを見て、自分たちも魔獣を探してみよう、などとは考えないこと」
声が少し強くなる。
「この四人がまず評価されたのは、戦闘を選ぶ前に離れようとしたことです」
遭遇する前には、異常な跡を見つけても指定区域を出て調べなかった。
獣の声を聞いた時にも、進まず一度戻ろうとした。
「それでも灰牙狼に帰還方向を塞がれ、背を向けて逃走する方が危険だと判断した。そこで初めて戦闘へ移っています」
クラリスの視線がカイルへ向く。
「カイル」
「はい」
「最初に灰牙狼が突進してきた時は?」
「……一瞬、反応が遅れました」
教室の何人かが意外そうな顔をした。
「訓練ではどうですか?」
「普通に動けます。でも昨日は……本当に牙を向けて走ってくるのを見たら、身体がすぐについてきませんでした」
「それが実戦です」
クラリスは責めることなく答えた。
「訓練でできることが、外でも同じようにできるとは限りません」
次にリリアを見る。
「リリアも、最初の術式発動が普段より遅れていますね」
「はい」
「エステルも同様です」
「はい」
最後に視線がユウへ向いた。
「光障壁は何回展開しましたか?」
「正確には六回です」
「そのうち二回は完全に破壊されています」
「はい」
「戦闘終了時、魔力はどの程度残っていました?」
「ほとんど残っていませんでした」
クラリスが頷く。
「勝てたから、すべて良かったわけではありません」
四人は黙って聞いていた。
「戦闘の序盤では、それぞれが目の前の状況へ反応する形になっています。攻撃できる時に攻撃し、守る必要があれば守る。そのため、行動が十分につながっていませんでした」
黒板の『連携』を指す。
「ですが、その乱れを最後まで繰り返さなかった」
相手の動きを崩す者。
一時的に止める者。
味方の動きを補助する者。
そして攻撃する者。
「それぞれが別々に魔法を使うのではなく、前の行動を次の行動へつなげた。それによって、決定的な攻撃を作ることができています」
具体的な術式や手順までは説明しなかった。
「以前の実技でも同じことを学びましたね」
青い結晶を四人で運んだ課題。
誰か一人ですべてを行うのではなく、それぞれが自分にできることを受け持った。
「実戦になったからといって、基本が消えるわけではありません」
クラリスは報告書を閉じた。
「昨日の四人には、評価できる点も、改善すべき点もあります。皆さんも結果だけではなく、そこへ至るまでの判断を覚えておいてください」
◇
授業が終わると、カイルが椅子へ深く座った。
「もうちょっと褒められるかと思ってた」
「そんなわけないでしょ」
リリアがすぐに返す。
「でも、良かったところもちゃんと評価してくださいましたよ」
エステルは黒板に残った『連携』を見る。
「……次は、最初からちゃんと反応できるようになりたいな」
カイルも同じ文字を見ながら言った。
「僕も」
「ユウも?」
「うん。もっと魔力の使い方を考えたい。最後にほとんど残ってなかったら、そのあと何かあった時に困るから」
「じゃあ、全員まだ練習だね」
「うん」
三人を見る。
「一人で何でもできるようになるより、四人ならもっとできるって思える方が、僕は好きだな」
「じゃあ次も四人だな」
「まだ次の依頼、決まってないよ」
「決まったらって意味だよ」
ユウは笑った。
「それなら、うん!」
次の授業を知らせる鐘が鳴る。
四人は話を切り上げ、それぞれの教本を机の上へ開いた。




