第37話 四人の魔石
「Dランク……?」
カイルは、受付台の上に置かれた灰青色の石を見つめた。
半透明の内部では、淡い光がゆっくりと揺れている。
受付の女性は魔石を専用の器具へ載せた。
細い光が表面をなぞり、しばらくすると小さな文字が浮かび上がる。
「灰牙狼の魔石で間違いありません。欠けも少なく、純度もかなり高いですね」
「魔獣を倒したら、必ず出るんですか?」
ユウが尋ねた。
「いいえ。体内の魔力が高い密度で結晶化した個体だけです。同じDランクの魔獣でも、魔石を残す個体はそれほど多くありません」
「じゃあ、運がよかったんだね」
「そうですね」
カイルが少し身を乗り出す。
「これって、売れるの?」
「もちろんです。今回の状態なら、銀貨二十枚を超えるでしょう」
「二十枚以上!?」
大きな声がギルド内に響いた。
「カイル、声」
リリアがすぐに袖を引く。
「だって二十枚だぞ?」
「聞こえてるって」
受付の女性がわずかに笑い、器具から魔石を外した。
「FランクやEランクの魔石は、灯具をはじめとした身近な魔道具にも使われます。Dランクになると、武器や治療具などの補助核に使われることもあります。さらにCランク以上になると、価値は大きく上がりますよ」
「へえ……」
カイルは魔石へ目を落とした。
最後に灰牙狼へ剣を振り下ろしたのは自分だった。
けれど、少し考えたあとも石を手元へ引き寄せることはなかった。
「これ、俺だけのじゃないよな」
「え?」
リリアが顔を上げる。
「倒したのは四人だろ」
三人を見る。
「ユウの障壁がなかったら、俺は最初の突進でやられてた。リリアの水がなかったら動きをずらせなかったし、エステルが凍らせなかったら剣を当てる隙も作れなかった」
「でも、最後に倒したのはカイルだよ?」
「それでも一人じゃ無理だった」
迷いなく言い切る。
「だから、これは四人のものだ」
エステルが静かに頷いた。
「私も、それがいいと思います」
「うん。僕も」
ユウは受付台の魔石を眺めた。
灰牙狼と向き合った時のことを思い出せば、今でも胸の奥が少し強く鳴る。
けれど石の中で揺れる光を見ているうちに、別のことを思いついた。
「ねえ。これ、売らないで取っておくのはどうかな?」
「え?」
カイルが振り向く。
「銀貨二十枚以上だぞ?」
「うん。すごいよね」
「それを売らないの?」
「だって」
魔石から三人へ視線を移す。
「四人で初めて依頼に出た日は、今日だけでしょ?」
リリアも石を見る。
「最初は、こんなことになるなんて思ってなかったしね」
「うん」
薬草を探して。
木陰で昼食を食べて。
焼き菓子を四人で分けて。
親子の野猪を見つけて。
そして、灰牙狼と戦った。
「何年か経ってから四人でこれを見て、『あの日、大変だったね』って話せたら楽しそうじゃない?」
「何年か経ってから?」
「うん!」
カイルが少し考える。
「その頃も四人で依頼やってるかな」
ユウはほとんど迷わなかった。
「やってるんじゃない?」
「ずいぶん簡単に言うな」
「大変なこともあったけど、それでも僕、また四人で依頼に行きたいって思ってるから」
リリアが顔を上げる。
「私も。また行きたい」
「私もです」
残る視線がカイルへ集まった。
「……なんで俺だけ最後なんだよ」
「カイルが一番、銀貨二十枚を気にしてたから」
「それとこれとは別だろ」
もう一度魔石を見る。
そして、短く息を吐いた。
「分かった。売らない」
「本当にいいの?」
「俺が四人のものって言ったんだろ」
灰青色の石を手に取り、少しだけ掲げる。
「これ、俺たちの最初の魔石な」
「うん!」
受付の女性は四人の様子を見て、小さな保護箱を用意してくれた。
「では、共同取得品として登録しておきます。今後売却する場合は、四名全員の同意が必要です」
「ありがとうございます」
魔石が柔らかな布の敷かれた箱へ収められる。
「じゃあ、誰が持っておく?」
リリアが尋ねた。
「今は俺でいいだろ。拾った時から持ってたし」
「勝手に売らないでよ?」
「今、売らないって決めたばっかりだろ!」
「じゃあ任せるね」
「急に軽いな!」
ユウが笑い、エステルも口元を緩めた。
◇
ギルドでの報告を終え、四人は学院へ戻った。
正門の前にはクラリスが待っていた。
ギルドから先に連絡が届いていたらしい。
四人の姿を認めると、すぐにカイルの腕へ目を向ける。
「大きな怪我は?」
「カイルの腕と背中です。応急手当は済んでいます」
エステルが答えた。
「ほかの三人は?」
「怪我はありません」
「カイル、歩くのに問題は?」
「はい。少し痛いですけど、普通に歩けます」
クラリスはそこで初めて、わずかに表情を緩めた。
「詳しい話は中で聞きます。治療室にも寄ってください。ただ、その前に」
四人が彼女を見る。
「全員で戻ってこられて、本当によかったです」
「……先生」
「何ですか?」
ユウは三人を見た。
「じゃあ……言ってもいい?」
リリアが頷く。
カイルも笑い、エステルも静かに頷いた。
四人の声が重なる。
「ただいま戻りました」
クラリスが一瞬だけ目を見開く。
それから、穏やかに答えた。
「はい。お帰りなさい」




