第36話 帰還報告
旧街道を戻る四人の足取りは、行きよりも慎重になっていた。
草むらが揺れる。
枝が擦れる。
それだけで、自然と全員の視線がそちらへ向く。
カイルは剣を鞘へ収めていたが、右手はすぐ柄へ届く位置に置いていた。腕には、エステルが巻いた白い布がある。
「腕、まだ痛む?」
リリアが尋ねる。
「さっきよりは平気だって。痛くなったらちゃんと言う」
「無理してない?」
「してないって」
「背中は?」
「リリア、心配しすぎ」
「だって吹き飛ばされたんだよ?」
「……それは俺も覚えてる」
少し離れて歩きながら、二つの採取籠へ目を向ける。
「薬草も無事でよかったね」
「戦ってる時、完全に忘れてた」
カイルが言う。
「僕も。あとで見た時、ちゃんと十五束残ってて安心したよ」
籠の上には薄い布がかけられ、中の薬草も崩れていない。
障壁が砕けた時の音は、まだ耳の奥に残っていた。
それでも今は、四人とも同じ道を歩いている。
「ねえ」
三人がこちらを見る。
「今日、四人で来てよかったね」
「急にどうしたの?」
「一人だったら、僕は灰牙狼に勝てなかったから」
指を折るように、一人ずつ見る。
「カイルが前に出てくれて、リリアが水を使って、エステルが動きを止めてくれた。僕一人じゃできないことばっかりだったよ」
「ユウの障壁がなかったら、俺は最初の突進でやられてたけどな」
「私も、一人だったらあんなふうに水を使えなかったと思う」
「私の氷だけでも、長くは止められませんでした」
「じゃあ、やっぱり四人でよかったんだよ」
そう言うと、三人も少しだけ表情を緩めた。
◇
東門へ着くと、門兵は四人の姿を見るなり眉を寄せた。
「何があった?」
「旧街道で灰牙狼に襲われました」
依頼書と登録証を差し出す。
「灰牙狼?」
「はい。一度離れようとしたんですけど、学院へ戻る方向を塞がれてしまって……四人で戦いました」
「灰牙狼はどうした?」
「倒しました」
門兵が一瞬黙った。
「君たち四人で?」
「はい」
記録用紙と地図も広げる。
「ここです。その少し前に、採取区域の近くで親の野猪一頭と子ども二頭も見ています。草が倒れていた場所もあったので、それも記録しました」
門兵は地図を覗き込み、印をつけた場所を確かめた。
「分かった。こちらから周辺の確認を出す」
それから、四人を見回す。
「通常の依頼報告なら学院でいい。だが、灰牙狼が出たなら話は別だ。冒険者ギルドにも直接報告してくれ」
「分かりました」
「負傷者は?」
「俺は軽い傷だけです」
カイルが腕を見せる。
「手当ては済んでいます」
エステルが答えた。
「なら無理をせず行け。こちらからもギルドには連絡を入れておく」
「ありがとうございます」
門を抜ける。
石壁の内側へ入ったところで、リリアが長く息を吐いた。
「……町だ」
「まだ学院じゃないぞ」
「分かってる。でも、ちょっとほっとしたの」
「僕も分かるよ」
朝にも通ったばかりの道だった。
それなのに、行き交う人や荷車の音まで、どこか懐かしく感じる。
「ギルドに報告したら、次は学院だね」
「今度こそ本当に帰還だな」
「その前にちゃんと報告だよ」
「分かってるって」
◇
冒険者ギルドの扉を開くと、朝に対応してくれた受付の女性がすぐこちらへ気づいた。
「お帰りなさい。依頼の――」
カイルの腕に巻かれた布を見て、言葉が止まる。
「何かありましたか?」
「門兵の方から、こちらにも直接報告するように言われました」
「何が?」
「旧街道で、灰牙狼と戦いました」
「……灰牙狼?」
女性の表情が変わった。
「こちらへ。詳しく聞かせてください」
四人は受付横の机へ案内された。
薬草十五束。
採取区域の端に残っていた跡。
親子の野猪。
そして、帰路で遭遇した灰牙狼。
記録用紙と地図を見せながら、順番に説明していく。
「最初から戦おうとしたわけではないのですね?」
「はい」
エステルが答える。
「獣の声を聞いた時点で、一度来た道へ戻ろうとしました。ですが灰牙狼が現れ、帰還方向を塞がれました」
「背を向けて逃げても追いつかれる可能性が高いと判断して、四人で対応しました」
受付の女性は記録を書き終えると、別の職員を呼んだ。
「この地点です。門からも連絡が来るはずですが、周辺に別個体がいないか確認班をお願いします」
「分かった」
地図が渡される。
少し離れた場所では、朝に声をかけてきた若い冒険者二人もこちらを見ていた。
「本当に倒したのか……」
小さな声が聞こえる。
カイルも気づいたようだったが、何も言い返さなかった。
続いて、採取籠が机へ載せられる。
職員が一束ずつ手に取り、葉と茎、切り口を確かめていった。
「十五束。種類も間違いありません」
「よかった……!」
「切る位置も適切ですし、状態も良好です。必要以上に採った様子もありませんね」
「途中で戦闘になったから、少し心配だったんです」
「依頼そのものは、達成として記録します」
「よし!」
カイルの顔がようやく緩んだ。
「初依頼、成功だな」
「今度は言っていいね」
リリアも笑う。
「あ」
その時、カイルが鞄へ手を伸ばした。
「そうだ。これも見てもらわないと」
「灰牙狼のところで拾った石?」
「そう」
鞄の内側から、小さな布包みを取り出す。
「倒した灰牙狼のそばに落ちていました」
受付の女性が受け取り、慎重に布を開いた。
中にあるのは、親指より少し大きな灰青色の石。
半透明の奥で、淡い光が静かに揺れている。
「……これは」
近くにいた年配の冒険者も、石へ視線を向けた。
「魔石だな」
「魔石?」
カイルが聞き返す。
受付の女性は石を光へかざし、内部を確かめた。
「ええ」
そして、四人を見る。
「それも、Dランクのものです」
四人の視線が、小さな灰青色の石へ集まった。




