第31話 十五束
旧街道へ入ると、足元の様子が変わった。
大きな街道では平らに踏み固められていた土も、こちらではところどころ草に覆われている。荷車の轍は古く、両側の草地からは鳥や虫の声が近く聞こえた。
「人がまったく通らない道ってわけではなさそうだね」
リリアが、薄く残った足跡へ目を向ける。
「でも、さっきの街道よりはずっと少ないな」
カイルは道の先を見ながら答えた。
四人は旧街道から離れすぎないように進み、地図に描かれていた小さな橋を渡った。
ほどなく、道の脇を流れる細い水路が見えてくる。
「ここですね」
エステルが地図を開いた。
依頼で指定された採取区域は、水路の南側に広がる草地。旧街道から見える範囲に限られている。
「じゃあ、始める前に採取図をもう一回見ようよ」
鞄から紙を取り出すと、三人も近くへ集まった。
目的の薬草は、葉の先端が三つに分かれており、茎の下側だけが薄く赤い。
よく似た草もあるが、そちらには葉の縁に細かな切れ込みが入っている。
「葉の先が三つ、下の茎が赤い、切れ込みなし」
カイルが指を折りながら特徴を並べる。
「ちゃんと覚えてるね」
「昨日あれだけ見たからな」
「最初の一株は、みんなで確認してから採りましょう」
「うん!」
二つの籠はリリアとエステルが持ち、採取刃はユウとカイルが一本ずつ受け持つ。
四人は互いの姿が見える距離を保ちながら、草地を探し始めた。
しばらくして、カイルがしゃがみ込む。
「これ、近くないか?」
三人が集まった。
葉の先端は三つに分かれ、茎にも淡い赤色が見える。
「本当だ。かなり似てる」
リリアが葉へ顔を近づける。
「ですが、ここを見てください」
エステルが採取図を隣へ置いた。
葉の縁に、小さな切れ込みが並んでいる。
「あ……こっちじゃないのか」
「危なかったね」
「図がなかったら採ってたかもな」
「みんなで見比べてよかったね」
そのまま周囲へ目を向ける。
少し離れた石の陰に、似た形の葉が何枚も見えた。
「あ、こっちはどうかな!」
しゃがんで葉と茎を見る。
葉の縁は滑らか。
先端は三つに分かれ、茎の下側だけが薄い赤色になっている。
「これだね!」
「ええ。全部一致しています」
「今度こそ正解だな」
ユウは手元の採取図と、目の前の薬草をもう一度見比べた。
紙の上で見ていたものが、今は目の前の草地に生えている。
「僕、先にやってみてもいい?」
「もちろん」
採取図では、根元から少し上を切り、根と若い葉を残すよう指示されている。
採取図どおりの位置へ刃を当て、茎を押し潰さないよう静かに切った。
「どう?」
リリアが残った株を見る。
「きれいに切れてるよ」
「よかった!」
採った一本を籠へ寝かせる。
「これで一束?」
「まだ一本です」
「先は長いな……」
「始まったばっかりだよ、カイル」
◇
一株を見分けられるようになると、次第に目も慣れてきた。
「こっちにもあるよ!」
リリアが草の陰から一群を見つける。
「これは切れ込みなしですね」
エステルが葉を見て頷く。
「じゃあ採るぞ」
「待って、茎も見てから」
「分かってるって」
カイルも先ほどとは違い、葉だけで判断しなくなっていた。
四人で特徴を見比べながら必要な本数を集め、ある程度まとまったところで一束にする。
薬草を探す合間には、ときおり旧街道と水路へ目を向けた。
誰かが採取区域の端へ近づけば声をかけ、互いが見えなくなるほど離れないようにする。
「今ので何束目?」
カイルが薬草を籠へ渡した。
「五束目です」
「思ったより時間かかるな」
「でも、だいぶ早く見つけられるようになってきたよ」
籠の中を覗き込む。
「この調子なら、お昼までには十五束いけそうだね!」
「それなら予定より早いな」
さらに探していると、一か所に薬草がまとまって生えている場所を見つけた。
「わ、ここ多いよ!」
リリアがしゃがむ。
カイルも隣へ来た。
「ここだけで残り全部いけるんじゃないか?」
「でも、ここから必要な分を全部採ってもいいのかな」
「ちょっと待って」
依頼書と採取図を開く。
「必要以上に採らないことって書いてあるし、採取図にも根と若い葉を残すってあるよ」
周囲には、まだ小さな株もいくつか生えている。
「必要な分だけ採って、残りはそのままにしておこうよ。次に来た人も採れるしね」
「では、生えている場所ごとに何株か残しましょう」
エステルの提案に三人が頷いた。
まとまった場所を丸ごと刈らず、育った株だけを選んでいく。
準備している時から、ただ十五束集めればいいわけではないと分かっていた。
それでも実際に草地へ出てみると、気を配ることは思っていた以上に多い。
似た草を見分ける。
切る位置を確かめる。
傷めずに運ぶ。
必要な分だけを採る。
「やってみると、思ってたより色々あるね」
リリアが籠の中を整えながら言った。
「うん。でも、実際に見られてよかった!」
もう一度、近くの薬草へ目を向ける。
「次に同じのを見たら、もっと早く見つけられそう」
「俺はもう間違えないぞ」
「さっき間違えた草との違いは?」
「切れ込みがある方が違う草」
「茎も見るんだよ?」
「分かってるって!」
◇
昼が近づく頃。
エステルが二つの籠を並べた。
「十三束です。あと二束ですね」
「もう少しだな!」
地図で現在地と採取区域を照らし合わせてから、旧街道沿いを先へ進む。
最後の二束分は、倒れた古い石の近くで見つかった。
特徴を見比べ、必要な本数だけ採る。
リリアとエステルが束を整えた。
「十四……十五」
エステルが数え終える。
「そろいました」
「よし!」
カイルが満足そうに息を吐く。
「初依頼、終わりだな」
「学院に戻って報告するまでは終わりじゃないよ」
リリアがすぐに返した。
「分かってるって。でも、ひとまず十五束だろ?」
「それはそうだね」
「ちゃんと集まってよかったね!」
記録用紙へ採取数と時刻を書き込む。
紙をしまおうとした、その時だった。
「……あれ?」
「どうしたの?」
道の先。
旧街道から外れた一角だけ、草が広く倒れている。
風で一方向へ伏せたようには見えなかった。
土が露出した場所には、いくつか深い跡も残っている。
「見に行くか?」
カイルが一歩出ようとする。
「ここから見るだけにしよう」
地図を開く。
「採取範囲の端に近いから」
四人は旧街道側から目を凝らした。
「足跡でしょうか」
「人の形じゃないね」
リリアが倒れた草の先を追う。
記録用紙をもう一度取り出した。
「場所と、ここから見えたことだけ書いておこうよ」
「何の跡か確かめなくていいのか?」
「今回は、異常があったら記録する依頼だから。確かめるために範囲の外へ行くのは違うと思う」
「……そうだな」
カイルもそこで足を止めた。
地図へ位置を記し、草が倒れている方向と、見えた跡のおおよその大きさを書き留める。
しばらく周囲を見ていたが、草地の奥から何かが姿を現すことはなかった。
「これで記録も終わり」
紙をしまい、二つの籠を見る。
「じゃあ、橋の方まで戻ってお昼にしようか」
「賛成!」
四人は十五束の薬草を持ち、来た道を引き返していった。




