第29話 準備の日
学院へ着く頃には、リリアが夜に見た夢の輪郭はほとんど消えていた。
人の形をした影。
胸元にあった細い鎖と、小さな飾り。
ところどころ聞こえなかった会話。
覚えているのは、それくらいだった。
教室の扉を開くと、先に来ていたユウがすぐに声をかける。
「リリア、ちょうどよかった!」
机の上には、昨日まとめた持ち物の紙が広げられていた。
「今日、授業が終わったら備品庫に行こうと思ってたんだけど、一緒に行ける?」
「もちろん。カイルとエステルは?」
「カイルはもう来てるよ」
「ここだぞ」
少し離れた席から手が上がる。
「エステルはまだみたい」
「じゃあ、四人そろったらもう一回確認しようか」
「うん!」
◇
授業を終えた四人が最初に向かったのは、実技棟の裏側にある備品庫だった。
野外活動用の棚には、縄、小型の灯具、水筒、雨避け用の布、採取袋、簡単な調理器具まで用途ごとに並べられている。
「思ったよりいっぱいあるな」
「採取用はこっちですね」
エステルが札を見つけた。
棚には短い柄の採取刃と、草を傷めにくい平たい籠が置かれている。
「袋じゃなくて籠もあるんだ」
リリアが一つ持ち上げた。
「こっちの方が薬草を潰しにくそうだね」
「十五束なら、二つ借りれば足りるかな?」
内側の広さを確かめていると、管理職員が近づいてきた。
「東門外の薬草採取か?」
「はい」
「なら、籠を二つと採取刃を二本で十分だろう。依頼書と一緒に採取図も持っていくといい」
「採取図?」
渡された紙には、目的の薬草が絵入りで描かれていた。
葉の先端は三つに分かれ、茎の下側だけが薄く赤い。よく似た草には、葉の縁に細かな切れ込みがある。
「これ、分かりやすいね!」
「間違えて持ち帰る学生は毎年いるぞ」
「俺、葉っぱなんてだいたい同じに見えるんだけど」
「それは見なさすぎだよ」
リリアに言われ、カイルが採取図を覗き込む。
「ちゃんと確認してから採るって」
「切る場所も見ておいた方がいいよ」
リリアが図の下側を指した。
根元から少し上を切れば、残った部分からまた育つと書かれている。
「根っこごと抜いたら駄目なんだね」
「必要な分だけ採って、次に来る人の分も残すってことか」
「うん。依頼書にも必要量以上は採らないってあったよね」
ユウは図へ一度目を通し、薬草の特徴を頭の中で並べた。
「葉の先が三つに分かれて、下の茎が薄い赤。似た方は葉の端に切れ込み……」
「もう覚えたの?」
「うん。でも実物だと印象が違うかもしれないし、明日も図を見ながら確かめようよ」
採取図も借用品へ加えた。
採取刃は刃先に欠けがないか、一つずつ確認する。使うのは明日でも、借りる前に状態を確かめるよう職員から教えられた。
「道具も受け取って終わりじゃないんだね」
「外で気づいても交換できないからな」
「覚えておこう」
雨避けには、薄く折り畳める防水布を一枚借りることにした。
カイルが最後に武具の棚へ目を向ける。
「剣の予備とかは?」
「持っていかないよ」
「聞いただけだって」
「今回は戦いに行くわけじゃないし、普段の装備があれば十分じゃないかな」
「まあな」
借用品の数を確認し、四人は備品庫を出た。
◇
次に向かった資料室では、リーヴェル周辺の詳しい地図を机いっぱいに広げた。
「昨日のより細かいね」
東門から続く街道だけでなく、小さな水路や林まで記されている。
「東門を出たら、しばらく大きい街道をまっすぐだね」
「この古い石標のところで分岐です」
エステルが記号を指す。
「そこから旧街道に入って……この小さな橋を渡る」
「採取範囲は水路より南側だね」
リリアが指で囲んだ。
その少し先にも道は続いていたが、依頼の指定区域からは外れている。
「こっちは行かないようにしよう」
「旧街道の続きか」
「うん。依頼の範囲外だから」
必要な目印を確認する。
東門。
古い石標。
小さな橋。
水路。
採取区域。
「これなら道順は追えそうだね!」
地図に並んだ目印を、もう一度順番にたどる。
「でも、明日も地図はちゃんと持っていこう」
「ユウならもう覚えてそうだけど」
「僕一人が覚えてても、みんなで確認できた方がいいでしょ?」
「それもそうだね」
記録用紙には、採取区域へ着いた時刻や、異常を見つけた場所を書き込める欄もあった。
「何か見つけたら、場所も分かるように残した方がいいよね」
「石標や水路を基準にすれば説明しやすそうです」
「じゃあ、その時は地図にも印をつけよう」
ユウは地図を畳み、借りた道具を昨日の持ち物一覧と照らし合わせた。
「残りは昼飯だ」
待っていたようにカイルが言った。
「やっぱりそこなんだ」
「大事だって」
昼食と水は各自で用意する。
最後に集合時間も確認した。
「学院の正門に七時四十五分」
リリアが読み上げる。
「八時出発だね」
「遅刻するなよ」
「カイルこそ」
「俺はこういう日は早い」
「普段もそうしてください」
「エステル、それは今関係ないだろ」
四人の間に軽い笑いがこぼれた。
「じゃあ、これで準備は終わりかな」
昨日から使っていた確認用の紙へ、最後の丸をつける。
持ち物。
道具。
道順。
集合時間。
「明日か」
カイルが地図を見る。
「うん! ちゃんと十五束見つけようね」
「見つからなかったら?」
リリアの問いに、ユウが答える。
「その時は、見つからなかった理由もちゃんと報告しようよ」
「始まる前から失敗の話するなって」
カイルが口を挟んだ。
「そういう意味じゃないよ」
リリアが肩をすくめ、エステルは借用品の一覧をもう一度確認する。
「では、明日七時四十五分に正門で」
「うん。また明日!」
四人はそれぞれの荷物を持ち、資料室をあとにした。




