第25話 登録の日
放課後の講堂には、普段の式典では見かけない長机がいくつも並んでいた。
その向こうに座っているのは学院の教師ではない大人たちだ。胸元には、二本の剣と盾を組み合わせた冒険者ギルドの紋章が付いている。
「本当にギルドの人が来てる」
リリアが少し声を弾ませる。
「そりゃ登録するんだから来るだろ」
そう答えたカイルも、講堂の中を何度も見回していた。
「カイルが一番楽しそうですけどね」
「まあ……ちょっとは」
「ちょっと?」
「かなり」
言い直すと、エステルの口元がわずかに緩んだ。
講堂には一年生だけでなく、二年生や三年生の姿もある。
腰に剣を下げた学生。大きな鞄を肩から提げた学生。使い込まれた杖を持ち、ギルド職員と慣れた様子で話している者もいた。
「上級生は何してるんだ?」
カイルの問いに、前を歩いていたクラリスが振り返る。
「活動記録の提出や、登録内容の更新です。学院冒険者として活動を始めれば、皆さんもギルドとのやり取りが増えていきます」
受けた依頼。
達成した内容。
同行した者。
活動中に問題がなかったか。
そうした記録も、一つずつ残されていくという。
「依頼をたくさんやれば、評価も上がるんですか?」
近くにいたノアが尋ねた。
「数だけでは上がりません」
クラリスはすぐに答えた。
「十件を雑に終えるより、一件を安全に確実に終える方が評価される場合もあります。冒険者として大切なのは、依頼を受けることではなく、きちんと帰ってくることです」
浮き立っていた一年生たちも、その言葉には少しだけ姿勢を正した。
◇
やがて受付が始まった。
数人ずつ名前を呼ばれ、学生証と昨日提出した申請書を照合していく。
「カイル・フェルド」
「はい!」
「そんなに大きな声でなくても聞こえますよ」
「……はい」
すぐ近くから小さな笑いが起きた。
リリア、エステルも順番に手続きを終えていく。
「ユウ・リシェル」
「はい」
席を立ち、受付の前へ進んだ。
「お願いします」
学生証を差し出すと、ギルド職員が申請書と交互に確認する。
「主な使用属性は光。希望する役割は、防御・補助」
昨日、自分で書いた内容だ。
「間違いありませんか?」
「ありません」
「では、こちらを」
机の上へ、小さな金属製の札が置かれた。
手のひらに収まるほどの大きさで、学院と冒険者ギルド、二つの紋章が刻まれている。
その下には、
『ユウ・リシェル』
『リーヴェル王立魔法学院 一年』
と記されていた。
「学院冒険者登録証です。学院外で活動する際は必ず携帯してください」
「はい」
「紛失した場合は学院か冒険者ギルドへ届け出ること。また、一年生が学院を通さず依頼を受けることは禁止されています」
「分かりました。ありがとうございます」
両手で受け取り、表と裏を確かめる。
裏側には登録番号と、小さな魔法印が刻まれていた。
三人のところへ戻ると、リリアがすぐに声をかける。
「ユウも終わった?」
「うん!」
「見せて」
四人で登録証を並べてみた。
形も大きさも同じ。
違うのは、刻まれた名前と登録番号だけだ。
「なんか、本当に冒険者になった感じするな」
「学院冒険者ね」
「昨日からそこ細かいな」
「大事なところでしょ」
「なくさないでくださいね」
エステルまで加わる。
「それももう聞いたって!」
カイルの抗議に、三人の表情が緩んだ。
まだ依頼を一つもこなしていない。
それでも、昨日まで申請書の上にしかなかった「学院冒険者」という言葉が、今は小さな札となって手の中にある。
◇
その時、少し離れた受付の方で何人かの一年生が振り返った。
「あ、アレンだ」
「もう登録終わったんだ」
一人の男子生徒が、ギルド職員から書類を受け取っていた。
整った顔立ちの少年で、周囲から視線を向けられていても特に気にする様子はない。受け取った書類を確認すると、丁寧に鞄へしまっている。
「知ってるの?」
カイルが尋ねると、ノアが頷いた。
「アレン・クロイス。同じ一年生だよ」
「一年生?」
「うん。今の一年生の総合成績、一位」
「筆記だけ?」
「実技も含めて。入学してから今のところずっと一位らしいよ」
「へえ……」
リリアとエステルも受付の方を見る。
「一年生で一位か」
「すごいね」
素直にそう思った。
しばらくして、アレンが受付を離れてこちらへ歩いてきた。
通路ですれ違うところで半歩だけ横へ寄る。
相手もそれに気づき、軽く会釈した。
こちらも同じように頭を下げる。
交わした言葉はなかった。
そのままアレンは講堂を出ていった。
「俺もいつか、あれくらい成績上がったりして」
「まず登録証をなくさないところからじゃない?」
「またそれかよ!」
リリアの返しに、近くにいたノアまで肩を揺らした。
手元の登録証をもう一度確かめ、大切にしまう。
「最初の依頼、何になるんだろうね」
「薬草採取じゃないか?」
「まだ決まってないよ」
「でも、ちょっと楽しみだな」
カイルの言葉に頷く。
「うん。僕も楽しみ」
四人はそれぞれの登録証をしまい、まだ賑わっている講堂をあとにした。




