第23話 学院冒険者
「結局、天使族って本当にいたのかな」
「だから、分からないって話だっただろ」
「でも、いた方が面白いじゃん」
「それは歴史じゃなくて願望じゃない?」
始業前の教室では、昨日の王国史について話す声があちこちから聞こえていた。
一方、カイルが気にしているのは今日の授業らしい。
「一限目、クラリス先生だよな」
「そうだよ」
リリアが答える。
「実技?」
「違います」
エステルがすぐに否定した。
「分かってるって。確認しただけだよ」
「そのわりには残念そうですね」
「実技の方が体を動かせるからなあ」
そんなやり取りをしているうちに、教室の扉が開いた。
「はい。席についてください」
書類の束を抱えたクラリスが入ってくる。
生徒たちはそれぞれの席へ戻り、教室の声も静まっていった。
出席を確認すると、クラリスは教卓へ書類を置く。
「今日は授業の前に、大事な連絡があります」
黒板へ向かい、中央に大きく文字を書いた。
『学院冒険者』
その言葉を見た瞬間、教室がざわめく。
「冒険者?」
「もう登録できるの?」
前の席では、カイルが分かりやすく身を乗り出していた。
「来た」
「知ってたの?」
リリアが振り返る。
「兄貴から聞いたことあるんだ。学院に入ると、そのうち冒険者登録するって」
クラリスが軽く手を叩いた。
「楽しみにするのは構いませんが、まず説明を聞いてください」
静かになるのを待ってから、黒板の文字の下へ一本の線を引く。
「学院冒険者は、町で活動する一般の冒険者とは少し違います。学院と冒険者ギルドが共同で管理する、学生向けの制度です」
登録すれば、学院の外で実際の依頼へ関わることができる。
ただし学年や経験に応じて制限があり、好きな依頼を何でも自由に選べるわけではない。
「先生」
前方の男子生徒が手を挙げた。
「魔物の討伐もできるんですか?」
「将来的には経験することもあるでしょう」
男子生徒の顔が明るくなる。
「ですが、一年生だけで危険な魔物を討伐しに行くことは許可しません」
「……やっぱりですか」
「やっぱりです」
教室の緊張が少し緩んだ。
クラリスは黒板へ三つの言葉を書き加える。
『採取』
『運搬』
『調査補助』
「一年生が最初に関わるのは、このような依頼が中心です」
指定された薬草や素材を集める。
町や近隣の集落へ荷物を届ける。
街道や周辺地域の状態を確認する。
場合によっては、教師や上級生とともに魔物が現れる可能性のある地域へ向かうこともあるという。
「なんか、思ってた冒険者と違うな……」
カイルが小声で呟いた。
「薬草採取も立派な仕事でしょ」
「分かってるけどさ。もっとこう、剣とか魔法とか……」
「一年生を最初から危険な討伐へ行かせる方が問題です」
「それはそうだけど」
エステルのもっともな言葉に、カイルはそれ以上言えなかった。
「外へ出れば、実技場とは違います」
クラリスの説明が続く。
用意された的はない。
地面が平らとも限らない。
天候が変わることもあれば、昨日まで使えた道が通れなくなっていることもある。
依頼人から聞いた情報だけでは足りず、自分たちで確かめなければならない場合もある。
「魔法が上手に使える。それだけでは、外では十分ではありません」
黒板へ新しい文字が加わった。
『実地経験』
「学院冒険者制度の目的は、報酬を得ることだけではありません。学院の中だけでは学べないことを、実際に経験するためでもあります」
教室での実技なら、目的も終了条件も先生が決めてくれる。
けれど学院の外では、行ってみなければ分からないこともあるらしい。
「学院の外でも、勉強できるんだ……」
思わず小さく呟く。
知らない場所へ行き、自分の目で確かめる。
そのことを考えると、少し楽しみになった。
後方の生徒が手を挙げた。
「学院冒険者になったら、授業とは別に活動するんですか?」
「放課後に参加できる依頼もありますし、学院の実習として扱うものもあります。ただし、一年生のうちは学院を通さず、勝手に依頼を受けることはできません」
質問へ答えたあと、クラリスは一度教室を見渡した。
「そして、この制度にはもう一つ目的があります」
少し間を置く。
「今後予定している、クラス遠征の準備です」
一瞬だけ静かになった教室が、すぐにざわめいた。
「遠征?」
「学院の外に行くんですか?」
「どこですか?」
「そこまでです」
クラリスが片手を上げる。
「場所についてはまだ教えません。皆さんが必要な基礎訓練を終え、学院冒険者として外で活動する準備が整ってから説明します」
「気になるなあ……」
カイルが呟く。
「まだ先だよ」
「先だから気になるんだよ」
「遠征は遊びではありませんよ」
エステルが釘を刺す。
「分かってるって」
「今の顔はかなり楽しみにしている顔でした」
「楽しみにするくらいいいだろ?」
そのやり取りを横で聞きながら、ユウもまだ知らない遠征先を少しだけ想像した。
けれど、その前に覚えなければならないことがたくさんありそうだ。
「では、今日はこれを記入してもらいます」
クラリスが教卓の書類を持ち上げた。
「学院冒険者の登録申請書です。後ろへ回してください」
紙が一枚ずつ、生徒たちの手を渡っていく。
やがて自分のところにも届いた。
上部には学院の紋章と、その隣に見慣れない印がある。
「そちらが冒険者ギルドの印です」
説明を聞きながら、申請書へ目を落とす。
氏名。
学年。
主に使用する属性。
得意とする魔法。
一つずつ確認していく。
そして最後。
少し大きく取られた欄で、筆が止まった。
『希望する役割』
教室のあちこちでも、同じところで手が止まっていた。
「……役割?」
カイルが申請書を見つめる。
リリアも考えるように首を傾げ、エステルもまだ何も書いていない。
空白の欄へ、もう一度目を落とした。
学院の外で、自分は何ができるのか。
それを考えたことは、まだなかった。




