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白き天使と金色の竜眼Ⅰ  作者: 蒼空れっど
第二章 王立学院編
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第22話 雲の下の世界 (番外編 天界1話)

 ずっと昔。


 雲よりも高い場所に、白い街があった。


 淡い石で造られた塔と回廊。その間を水路が流れ、柔らかな光を受けた水面が輝きを返している。


 空には白い翼が行き交っていた。


 塔から塔へ飛ぶ者。広場へ降り立つ者。回廊を歩きながら言葉を交わす者。


 そこでは翼を持つことも、空を飛ぶことも、何も珍しいことではない。


 街の外れにある長い回廊では、三人の天使が休憩を取っていた。


 三人は幼い頃から多くの時間を共にしてきた親友だった。


 互いの好きなものも、苦手なものも知っている。機嫌が悪ければ、理由を聞くより先に気づくことさえある。


 だから、一人が最近何度もこの場所へ来ていることも、二人にはとっくに知られていた。


「また下を見てたでしょ」


 欄干のそばにいた天使が振り返る。


「見てたって言っても、雲しか見えないよ」


「それなのに毎回来るじゃん」


 親友の一人が隣へ並び、もう一人も後からやって来た。


 欄干の向こうには、一面の雲が広がっている。


 そのさらに下に、人間たちの世界がある。


 ここから町も、人の姿も、川も山も見えない。


 それでも彼の目は、自然とその方角へ向いていた。


「最近、人間界のことばっかり考えてない?」


「ばっかりではないよ」


「昨日も、人間の町が夜になるとどうなるか聞いてたよね」


「気になったから」


「その前は季節の話」


「それも気になったから」


 二人が顔を見合わせる。


「……なに?」


「やっぱり人間界のことばっかりだなって」


「二人とも、こういう時だけ息ぴったりだよね」


 一人をからかう時だけ、残る二人は妙に気が合う。


 もちろん立場が入れ替われば、彼も一緒になって笑う。


 三人の間では、よくあることだった。


 彼は笑い、再び雲の向こうへ目を向ける。


「人間界って、本当に不思議じゃない?」


「なにが?」


「いろいろだよ」


 そこには雨が降るという。


 季節が移れば空気の温度が変わり、木々の葉も色づく。寒い土地では雪が積もり、町全体が白く覆われることもあるらしい。


 天界にも時の移ろいはある。


 ただ、人間界ほど暮らしそのものが季節に左右されることは少なかった。


「雨の音って、どんな音なんだろう」


「水が落ちる音じゃない?」


「それは分かるよ」


「じゃあ答え出てるじゃん」


「そういうことじゃなくてさ」


 屋根を叩く雨。


 葉へ落ちる雨。


 土へ染み込んでいく雨。


 同じ雨でも、場所によって音が違うと聞いたことがある。


 雪の降った町は、不思議なほど静かになるとも。


 そんな話を知るたびに、その先を自分で確かめたくなった。


「本当に行ってみたいんだね」


「まだ行くって決めたわけじゃないよ」


「見てみたいんでしょ?」


「それは、うん」


 否定はしなかった。


 人から聞くだけではなく、その場所へ行ってみたい。


 雨なら、雨の降る場所で。


 人間の町なら、人間が暮らしているその中で。


 いつからか、その思いは胸の中で大きくなっていた。


「人間界って危ない場所も多いよ」


 親友の一人が欄干へ背を預ける。


「魔物もいるし、災害もある。人間同士で戦争することだってあるんでしょ?」


「うん」


 もう一人の天使が首を傾げた。


「人間が僕らより強いってこと、あるの?」


「普通に力を比べるなら、まずないと思うよ」


「だよね」


 それは人間を見下して出た言葉ではない。


 天使族と人間との間には、大きな力の差がある。それは三人にとって、改めて意識することのない事実だった。


「というか、俺より魔力もずっと多いじゃん。俺らの中でも一番だろ。そこまで心配する必要ある?」


 言われた本人は困ったように笑った。


 彼の魔力量は三人の中で最も多く、天使族全体で見ても非常に大きい。


 けれど、それを誇ったことは一度もない。


「魔力が多いからって、必ず安全とは限らないでしょ?」


「そう?」


「知らない場所なら、僕たちが知らない危険だってあるかもしれないし」


 力があっても、知らないものまで最初から見抜けるわけではない。


 場所が違えば、常識も違う。


 何が危険なのかすら知らないのなら、自分の方が強いというだけで安全だとは決められない。


「それでも行ってみたいんだ?」


「うん。それは変わらないかな」


 彼は雲の向こうを見た。


「それに、人間はそこで暮らしてるんだよ」


 人間は、自分たちより弱い。


 魔物に襲われれば命を落とすこともある。病に倒れることも、暑さや寒さに耐えられないこともあるという。


 そんな世界で町を造り、家族を持ち、誰かと共に暮らしている。


「そういうのを、自分の目で見てみたいんだ」


 二人はそれ以上何も言わなかった。


 彼がこういう性格なのは、誰よりもよく知っている。


 しばらく三人で雲を眺めていると、親友の一人が口を開いた。


「まあ、いろんなことを知っておくのは大事かもね」


「急にどうしたの?」


「次の天座様なんだから」


「……またそれ?」


 彼が眉を下げると、二人が楽しそうに笑った。


 天座。


 天使族を束ね、多くの天使たちを導く者が就く、ただ一つの座。


 現在、その座に就いているのは彼の母。


 そして次に受け継ぐ者も、すでに決まっている。


 彼自身である。


 望んで選ばれたわけでも、力を認められて候補になったわけでもない。


 いつの日か母からその座を受け継ぐ。


 幼い頃から決められていた未来だった。


「次代の天座様は、人間界の雨にも詳しくないと困るもんね」


「困らないよ」


「雪は?」


「それも関係ないでしょ……」


「人間が一日に何回食事するかは?」


「もっと関係ないよ」


 二人が笑う。


「本当にその呼び方やめてよ。今はまだ天座じゃないんだから」


「いつかはなるじゃん」


「それと今からそう呼ぶのは別だよ」


「細かいなあ、天座様」


「もう……」


 そう言いながらも、彼の口元は緩んでいた。


 天座になることを嫌っているわけではない。


 ただ、この二人といる時くらいは、これまでと変わらず接してほしかった。


 二人も、それを分かった上でからかっている。


 やがて遠くの塔から、澄んだ鐘の音が響いた。


「もうこんな時間か」


「戻ろう」


 二人が先に欄干を離れる。


 彼も後を追おうとして、一度だけ足を止めた。


 雲の下には、まだ見たことのない世界がある。


 雨の降る町。


 雪に埋もれる道。


 季節とともに姿を変える景色。


 そして、限られた力の中で毎日を生きる人間たち。


「置いてくよ」


 前を歩く親友の声が飛んできた。


「今行くよ」


 彼は雲から目を離し、二人のもとへ駆けていく。


 三人が並んで歩き出す。


 白い翼が、同じ風の中で揺れていた。


 人間界のことを話して。


 からかわれて。


 くだらないことで笑う。


 回廊の先へ向かう三人の声は、しばらく途切れることなく続いていた。

だいぶ物語が進みました...

まだ序盤中の序盤ですが、これから様々な出来事が降り注いできます。

天使3人の動きも今後に関わってきます♪

ぜひ楽しみにしててください!

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