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白き天使と金色の竜眼Ⅰ  作者: 蒼空れっど
第二章 王立学院編
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第19話  一つだった国

 午後の授業を知らせる鐘が鳴り、ユウたちは図書館をあとにした。


 借りた本を鞄へ収め、中央棟二階の教室へ戻る。窓から差し込む陽は午前より傾き、並んだ机の上へ細長い光を落としていた。


「次は王国史だよ」


 席へ着いたリリアが教科書を取り出す。


「オルド先生は、教科書に載ってない話もよくしてくれるの」


「教科書に載ってない話?」


「昔の町に残った記録とか、その時代の人が書いた手紙とか。年号だけじゃなくて、その頃の人が何を考えていたのかも教えてくれるよ」


「それは楽しみだね」


 ほどなくして教室の扉が開いた。


 入ってきたのは、白い髪を後ろへ撫でつけた年配の男性だった。歩く時には細い杖を使っているが、反対の腕には大きな巻物と何冊もの古びた本を抱えている。


 前方の生徒が立ち上がった。


「先生、持ちます」


「ありがとう。ですが、これも毎日の運動なのですよ」


 荷物を教卓へ置くと、男性は教室を見渡した。


「初めてお会いする方もいますね。王国史を担当しております、オルド・ハーヴェルです」


 ユウも周囲に合わせて礼をする。


「さて……歴史というものは、少々困った教科です」


 授業の最初からそんなことを言われ、教室に小さな笑いが広がった。


「年号と人名だけ覚えればよいと言う方もいます。昔の出来事など、自分には関係がないと言う方もいる。ですが、今ある国も町も、ある日突然ここに生まれたわけではありません」


 教卓の巻物が広げられる。


 描かれていたのは、東西に長い一つの国だった。


 現在の地図とは形が違う。リーヴェル王国とヴァルグレア帝国を分ける国境線もない。


「これは、およそ二百七十年前の地図です」


 指示棒が中央へ置かれる。


「この頃、現在のリーヴェル王国にあたる土地は、まだヴァルグレア帝国の一部でした」


「一つの国だったんだ……」


 思わず呟くと、前のリリアが小さく頷いた。


「東部一帯が後のリーヴェル王国。そして西側の大部分が、現在まで続くヴァルグレア帝国です」


 オルドが教室を見渡す。


「では、なぜ一つの国が二つに分かれたのでしょう」


 一人の男子生徒が手を挙げた。


「皇帝が亡くなったあと、二人の皇子が後継者の座を争って、東部の諸侯が独立したからです」


「ええ。教科書を読めば、まずはそう答えることになりますね」


 ユウは教科書と補習でもらった資料を見比べ、そっと手を挙げた。


「先生」


「はい、ユウさん」


「補習の資料には、皇帝が亡くなる前から、帝都へ権限を集めようとする動きと、東部の諸侯や都市が持っていた権利を守ろうとする考えが対立していたと書かれていました」


「その通りです」


「だから、皇位を誰が継ぐかだけで急に争いが始まったんじゃなくて、それまでにあった対立も一緒に大きくなった……ということですか?」


「ええ。よく読んでいますね」


 オルドは古い地図の東側を指した。


「後継者争いは大きなきっかけでした。しかし、その下には以前から積み重なっていた問題がありました。そして東部も、最初から一つの考えでまとまっていたわけではありません」


 教卓から、革表紙の古い本が持ち上げられる。


「これは内戦当時、東部の小さな町で書かれた年代記の写しです」


 頁には、現在使われているものより線の多い文字が並んでいた。


 オルドはそれを今の言葉へ直しながら読み上げる。


 町の門を帝国軍へ開くべきだと主張した者。


 東部の軍を迎えるべきだと主張した者。


 どちらにも従わず、町だけで守りを固めるべきだと考えた者。


「教科書では、東部の勢力がまとまり、リーヴェル王国を建てたと説明されています。しかし、この町では住民同士の意見も分かれていたようです」


 一人の生徒が手を挙げる。


「じゃあ、教科書が間違っているんですか?」


「さて。どちらか一方を間違いとして捨てなければならないのでしょうか」


 すぐには答えず、オルドは教室を見渡した。


 教科書は国が生まれるまでの大きな流れを説明している。


 年代記は、その流れの中にあった一つの町を記録している。


「ユウさんは、どう考えますか」


 少し言葉を選んでから答える。


「どちらも、書かれている範囲では間違っていないと思います」


「理由も聞かせてもらえますか」


「王国として最後に一つの結論へたどり着いたことと、そこへ至るまで全員の考えが同じではなかったことは、同時に起こり得ると思うからです」


 オルドがゆっくり頷いた。


「ええ。そう考えるのがよいでしょう」


 黒板へ二つの言葉が書かれる。


『記録された出来事』


『記録した者の視点』


「過去に起きた出来事そのものは一つです。しかし、それを見ていた場所や立場まで一つだったわけではありません」


 帝都から見た内戦。


 東部の町から見た内戦。


 王国の建国に加わった者から見た内戦。


 戦いから逃れようとした者から見た内戦。


「立つ場所が違えば、同じ出来事でも残す言葉は変わるでしょう」


 帳面を開き、授業を聞きながら静かに筆を走らせる。


「内戦の後、リーヴェル王国とヴァルグレア帝国は停戦に合意しました。国境で小さな衝突が起きた時代もありますが、現在は使節や商人も行き来しています」


 古い一枚の地図の隣へ、現在の地図が広げられた。


 一枚目には、一つの国。


 二枚目には、その中央を分ける国境線。


「同じ場所なのに、ずいぶん変わるんですね」


「長い時間があれば、国も人も変わりますよ」


 オルドは二枚の地図を見比べた。


「過去に争ったからといって、今も必ず敵であるとは限りません。そして、今は争っていないからといって、かつて起きたことがなくなるわけでもありません」


 少しだけ教室が静かになる。


 オルドは教卓の下へ手を伸ばし、今までの本とは違う、黒い表紙の薄い本を取り出した。


「では次に、同じ内戦を別の場所から見てみましょう」


 題名さえない古い本が、教卓の上へ置かれた。


「この戦争を記録したのは、人間だけではありませんでした」

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