第18話 同じ机で
実技授業を終えた生徒たちは、中央棟へ続く渡り廊下を歩いていた。
開け放たれた窓から風が入り、実技場で火照った頬を冷ましていく。
「二回目は、本当に動きやすかったな」
カイルが右側へ杖を向ける動きをしてみせた。
「最初は前も後ろも、右も左も見ようとしてたから、結局どれを狙えばいいのか分からなくなってた」
「私も、水晶の近くへ来た球は全部止めなくちゃって思ってた」
リリアも先ほどの失敗を思い返す。
「ユウに左だけ見てって言われてから、急に分かりやすくなったよ」
「僕も、一回目に失敗したから気づけたんだと思う」
最初から正しい動き方が分かっていたわけではない。
四人とも自分の役割は決めていたのに、水晶を守ろうとするあまり担当から意識が外れ、同じ球へ二人が動いてしまった。その結果、反対に誰も対応していない場所が生まれてしまった。
「それでも、すぐ動き方を整理したのはユウさんです」
エステルが言う。
「私は水晶を運びながら、周囲まで見ようとしていました。どちらも中途半端になっていたと思います」
「僕も最初は、水晶の近くにいれば守れると思ってたよ」
考えをまとめてから続ける。
「決めた役割があっても、みんなが同じ球を追いかけたら、かえって見えなくなる場所ができるんだね」
「次も、自分の担当から離れないようにした方がよさそうだな」
「うん。それぞれが得意なことも、少しずつ知っていきたいね」
◇
教室へ戻ると、昼休みまではまだ時間があった。
鞄を机の横へ掛けたところで、近くの席から一人の男子生徒が歩いてくる。
淡い灰色の髪を短く整えた、同じ教室の生徒だった。
「ユウ、少しいいか?」
「はい。どうしましたか?」
「さっきの実技、見てたんだ」
少年は言いづらそうに頬をかいた。
「俺たちの班も最初は失敗した。全員で水晶の近くに集まったら、後ろから続けて当てられてさ」
「僕たちと同じですね」
「それで、二回目に君たちが右と左へ分かれてただろ? 俺たちも似たように分けたら、どうにか成功したんだ」
「そうだったんですか。よかったです!」
「一つ聞きたいんだけど、どうして球が出る場所を先に言えたんだ?」
壁に並んでいた発射口を思い浮かべる。
「球が出る直前に、筒の先が一瞬だけ光っていたんです。一回目の時にそう見えたので、ほかの班の挑戦を見ながら確かめました」
「そこまで見てたのか」
「球が飛んでからだと、近い場所では間に合わなかったので」
少年は感心したように頷いたあと、ふと思い出したように言った。
「ああ、まだちゃんと名乗ってなかったな。俺はノア・ベルン」
「ユウ・リシェルです。よろしくお願いします、ノアさん」
「同じクラスなんだし、そんなにかしこまらなくていいよ。ノアでいい」
「いいの?」
「ああ」
声が明るくなる。
「じゃあ、よろしくね、ノア」
「よろしく。次の実技でも何か気づいたら、また教えてくれ」
「うん。僕にも分からないことがあったら教えてね」
ノアは片手を上げ、自分の席へ戻っていった。
椅子へ座ると、前の席からリリアが振り返る。
「よかったね」
「うん。ちゃんと話せた」
これまで向けられる視線の多くは、特例で途中入学した生徒を見るものだった。
けれど今は、同じ課題に取り組んだ一人として声をかけてもらえた。
ほどなく昼休みの鐘が鳴った。
「食堂へ行こう」
「うん!」
◇
中央棟一階の食堂には、温かな料理の香りが広がっていた。
長い木製の机が並び、受取口には昼食を選ぶ生徒たちの列ができている。
「入口で盆を取って、好きなものを選ぶの。最後に学生証を見せればいいよ」
「分かった。ありがとう」
前に並ぶ生徒の流れを一度確認してから、盆を手に取った。
カイルは鶏肉の香草煮。リリアは卵と葉野菜を挟んだパン。エステルは焼いた川魚と温野菜。
選んだのは、野菜と豆のスープ、それに丸いパンだった。
「それだけで足りるのか?」
「うん。温かいスープとパンがあれば十分だよ」
「ほかにも選べるぞ」
「分かってるよ。でも、こういう食事が落ち着くんだ。森でもよく作ってたから」
四人で窓際の机を囲む。
「いただきます」
スープを一口飲むと、柔らかい豆と野菜に香草の風味が重なった。
「おいしい?」
「うん! 少し甘い野菜が入ってる。香草も僕が使ってたものと違うみたい」
「食べただけでそこまで考えるのか?」
「全部は分からないよ。でも、おいしいものが何でできてるのかって気にならない?」
「俺は食べられれば満足だな」
「カイルらしいね」
食事が進むと、話題は自然と実技へ戻った。
「ユウが声をかけてから、次に何をすればいいか迷わなくなったよな」
「私も。自分の側に集中できたよ」
リリアが頷く。
「僕は光った場所を言っただけだよ」
「その一言が必要だったのです」
エステルが食器を置いた。
「全体が見えていても、仲間へ伝わらなければ対応できません。長く説明していても間に合いません」
「必要なことだけを、すぐ伝える……」
実技で口にした短い言葉を思い返す。
「誰かが全体を見ていれば、ほかの人は自分の役割に集中しやすいんだね」
「でも、さっきはユウが一番うまく見てたぞ」
カイルが言う。
「声も分かりやすかったよ」
リリアも続けた。
「次に何をすればいいか分かったから、すごく安心したの」
その言葉が胸に残った。
魔法で攻撃を防ぐことだけが、人を安心させる方法ではないのかもしれない。
「じゃあ次も、僕が周りを見る役をやってみてもいい?」
「もちろんです。ただし、ユウさんだけに任せるのではなく、私たちも気づいたことを伝えます」
「うん。その方が見落としも減るね!」
◇
昼食を終えても、次の授業まではまだ時間が残っていた。
「図書館へ行かない?」
「今から行けるの?」
「昼休みも開いてるよ。学院生なら本も借りられるから」
「行きたい!」
「返事が早いな」
カイルに言われながら、四人で図書館へ向かった。
受付で学生証を示すと、司書が貸出の決まりを説明してくれる。
一度に五冊まで。期限は十日。希少な資料は館内閲覧のみ。
「五冊までなんだ……」
「何冊借りるつもりだったの?」
「それを知りたかったんだよ」
リリアが首を傾げたが、もう基礎実技の棚へ目が向いていた。
目次を確かめながら三冊を選ぶ。
『一年生のための基礎魔法実技』
『複数人で行う魔法訓練』
『防御魔法の基本構造』
「やっぱり今日のことを調べるんだね」
「うん。成功はしたけど、もっと早く知らせる方法があるかもしれないから」
リリアは水属性魔法、カイルは戦闘訓練、エステルは障壁魔法の本を選び、四人で窓際の机へ座った。
店主にもらった帳面を開く。
今日のことを思い返しながら静かに筆を進め、時折手を止めては、また続きを書いた。
「今日のことを書いてるの?」
隣からリリアが小声で尋ねる。
「うん。忘れたくないことが、たくさんあったから」
リリアは帳面を覗き込まず、自分の本へ戻った。
しばらくすると、向かいのカイルが顔を上げる。
「これ、四人で使えそうじゃないか?」
「どの部分ですか?」
エステルが椅子を寄せる。
インクが乾いたのを確かめて帳面を閉じ、二人が開いている頁を覗き込んだ。
「これなら、発射口みたいに場所が多くても使えるかな」
「条件次第ですね。この部分を先に読んでみましょう」
「こっちにも似た例があるよ」
リリアも別の本を開く。
一人で本を読んでいた頃とは違う。
今は、同じ机を四人で囲んでいた。
午後の授業を知らせる鐘が鳴る。
「続きはあとで読もうか」
「うん!」
四人はそれぞれの本を閉じ、同じ机から立ち上がった。




