第16話 動く的
床に刻まれた術式が淡く光り、車輪のついた的が左右へ動き始めた。
右端まで進むと少し速度を落として向きを変え、今度は左へ戻っていく。
的の表面には、先ほどと同じく中央に大きな円があり、その周囲に小さな円が描かれている。
ただし今回は、狙いを定めている間にも位置が変わり続ける。
「次の課題は、動く的へ《魔力球》を当てることです」
クラリスが実技場の中央から説明する。
「一人三回。白線より前へ出てはいけません。今回は中心へ当てる必要はありませんので、まず一度でも命中させることを目標にしてください」
練習用の杖を構える。
的が左から右へ動き始めた。
けれどクラリスが杖を向けたのは、的そのものではなく、その少し前だった。
「集いし魔力よ、ここに形を成せ――《魔力球》」
白い球が飛ぶ。
その軌道へ的が入り、ぱしっ、と軽い音が響いた。
「今いる場所を狙っても、魔力球が届くまでに的は先へ進みます」
杖を下ろす。
「動きを観察し、届く時にどこへいるのか考えてください」
「止まってる的より難しそうだね」
リリアが目で的を追う。
「うん。でも、外れた場所が分かれば次に直せそう」
ユウも左右へ往復する的を見つめた。
端へ近づくと速度がわずかに落ちる。
方向を変えれば、また一定の速さへ戻る。
「何回見ても、同じ動きだね」
「規則はありそうですね」
エステルも観察していた。
◇
最初に挑戦した生徒の一発目は、的が通過した後ろへ飛んだ。
二発目は先を狙いすぎて外れる。
三発目でようやく的の端へ当たった。
「一回成功です」
補助教師が記録する。
「最初に外しても構いません。前へ外れたのか、後ろへ外れたのか。それを次へ生かしてください」
続く生徒たちも苦戦していた。
やがてリリアが呼ばれる。
「次、リリアさん」
「はい」
一発目。
魔力球は的のすぐ後ろを通過した。
外れた位置を確かめ、二回目は少しだけ前へ狙いを変える。
ぱしっ。
外側へ命中した。
三発目は、動く的ではなく、その進行方向へ杖を向ける。
魔力球の軌道へ的が入り、中央の大きな円へ光が残った。
「二回成功です」
戻ってきたリリアが息を吐く。
「最初は後ろすぎたみたい」
「二回目からちゃんと前へ変えてたね」
「三回目は、的が来る場所を見るようにしたの」
「きれいに当たってたよ!」
次はカイル。
一発目は的の下側へ命中した。
二発目は先を狙いすぎて外れたものの、三発目には中央近くへ戻す。
「二回成功です」
「一回目に当たったからって、二回目で欲張ったな」
「でも三回目で直してたよ」
「次なら三回とも当てる」
エステルは一発目から外側へ命中させた。
二発目は中央の円。
三発目も中心からわずかに離れただけだった。
「三回成功です」
「すごいね、エステル」
「一回目で、魔力球が届くまでの時間を確かめました。的の動きが同じなら、そこから修正できます」
「なるほど……」
同じ課題でも、考え方は少しずつ違う。
それもユウには面白かった。
◇
別の列では、トーマが三回のうち一回を命中させた。
シオンは二回。そのうち一回は中央へ入る。
レオンは三回すべてを的へ当てた。
一回目は外側。
二回目は中央。
三回目は、さらに中心へ近い。
「三回成功。ただし、必要以上に強く放たないよう注意してください」
「はい」
短く答えて列へ戻る途中、レオンが一度だけこちらを見た。
何も言わず、そのまま通り過ぎていく。
「次、ユウ・リシェルさん」
「はい!」
練習用の杖を握り直し、白線の手前に立った。
的は右から左へ動いている。
まずは一回。
クラリスの見本を思い出し、的の少し先へ杖を向けた。
「集いし魔力よ、ここに形を成せ――《魔力球》」
小さな白い球が飛ぶ。
だが、的がそこへ来るより先に通過した。
一回目は失敗。
「少し前すぎたんだ……」
魔力球が通った位置と、その時の的の場所を見比べる。
まだ二回ある。
「慌てなくて構いません」
補助教師が声をかける。
「はい」
もう一度、的の動きを追う。
右から左へ。
端で少し速度を落とし、方向を変える。
二回目は、一回目よりも的に近い場所へ狙いを定めた。
「集いし魔力よ、ここに形を成せ――《魔力球》」
白い球へ向かって的が進む。
ぱしっ。
的の外側寄りに光が残った。
「成功です」
「当たった……!」
小さく息を吐く。
狙う場所を近づけたのは間違っていなかった。
最後の一回。
一発目では前へ出しすぎた。
二発目では外側に当たった。
二つの結果を重ね、的の速さと魔力球が届くまでの時間を比べる。
左端で的が方向を変えた。
まだ何もない空間へ、杖を向ける。
「集いし魔力よ、ここに形を成せ――《魔力球》」
白い球が飛ぶ。
右へ進んできた的が、その軌道へ入った。
ぱしっ。
中央の大きな円の中心に、白い光が残る。
実技場に小さなどよめきが起こった。
「三回目、中心です」
補助教師は一回目から順に記録を確認した。
「外れた位置を見て、二回とも正しく狙いを修正できています。よく観察しましたね」
「ありがとうございます!」
杖を下ろして列へ戻る。
「最後、中心だったな」
「うん! 一回目で前を狙いすぎたから、少しずつ近づけたんだ」
「二回目から正しく修正できていました」
エステルが言う。
「よかったね、ユウさん」
「うん!」
◇
全員の記録が終わると、クラリスが用紙を閉じた。
「本日の個人課題は以上です」
生徒たちが杖をしまっていく。
「次回からは四人一組の班で課題へ取り組みます。組み合わせは次の授業で発表します」
実技場が一気にざわめいた。
「四人一組だって」
リリアが三人を見る。
「私たちで同じ班になれたらいいね」
「先生が決めるなら、まだ分からないけどな」
「一緒だったら嬉しいよ」
「私もです」
四人は中央棟へ続く渡り廊下へ向かう。
その途中だった。
前を歩いていたレオン、トーマ、シオンが足を止めた。
「最後は当たったようだな」
レオンが振り返る。
「はい」
「一回目は結構外してましたけどね」
トーマが口元を歪めた。
「最後だって、たまたま的が入ってきただけかもしれないし」
「それは違うでしょう」
シオンが淡々と遮った。
「二回目から狙う位置を変えています。教師も修正した結果だと評価していました」
「……お前、どっちの味方なんだよ」
「事実に味方も何もありません」
トーマが不満そうに口を閉じる。
レオンはしばらくユウを見てから言った。
「次は四人一組らしいな」
「はい」
「個人で当てるのと、他人と力を合わせるのは別だ。そこでどうなるか、見れば分かる」
ユウは少しだけ考え、頷いた。
「僕も、みんなと合わせる練習はもっとしたいです」
「……また練習か」
「まだ知らないことが多いので」
レオンは何も返さなかった。
「行こうぜ」
トーマに促され、三人は渡り廊下を先へ進んでいった。
「何なんだよ、あいつら」
カイルが背中を見送る。
「シオンさんは、むしろ訂正していましたけどね」
「そこじゃねえよ」
「行こう、ユウ」
リリアに呼ばれ、三人の方を見る。
「うん!」
その隣へ並び、四人で中央棟へ向かって歩き始めた。




