第13話 新しい帰る場所
机の上には、今日から使うものが一つずつ並べられていた。
学院の制服。
筆記具。
着替え。
古書店でもらった魔法書。
そして、店主からもらった帳面。
「……全部あるよね」
布袋へ入れながら、指で順番に確かめる。
窓の外では、朝の森にまだ薄い霧が残っていた。
今日から、王立魔法学院の生徒になる。
ずっと憧れていた教室で学べる。あの大きな図書館へも通える。リリアやカイル、エステルとも、これからは毎日のように会える。
考えるだけで、胸の奥が弾んだ。
ただ、平日は学院の寮で暮らすことになる。森の家へ帰れるのは休日だけだ。
荷物を背負い、部屋をゆっくり見回す。
不揃いな板で直した壁。
少し傾いた棚。
一つだけの椅子。
窓辺の青い花。
昨日までと同じ部屋なのに、今日は少しだけ違って見えた。
窓枠には、いつもの小鳥が止まっている。
「しばらく毎日は帰ってこられないんだ」
小鳥が首を傾げた。
「でも、休日には戻ってくるよ。学院であったことも話すね」
短い声が返る。
かまどの火が消えていることを確認し、窓を閉めた。
最後に扉の前で立ち止まる。
「いってきます」
鍵をかけ、布袋を背負い直した。
◇
古書店の前では、店主が扉の外に立っていた。
「おはようございます」
「ずいぶん大きな荷物だな」
「必要だと思ったものを入れたら、こうなりました」
膨らんだ布袋には、本の角がいくつも浮いている。
「学院には図書館があるんだろう」
「うん。でも、この本は持っていきたかったんだ」
袋の上から『基礎魔法式と属性干渉』へ触れる。
初めてこの店へ来た日に、店主からもらった本だった。
「帳面も持ったか」
「うん。学院で教わったことを書こうと思ってる。それから、みんなとあったことも」
「何を書くかは、お前さんが決めればいい」
「大切にするね」
店主は短く頷く。
「寮では決まりを守れ。勝手に火を使うな。知らない薬草を煮るな。それから、夜中まで本を読んで朝の授業に遅れるな」
最後だけ、返事が少し遅れた。
「……気をつけます」
「そこだけ声が小さいな」
そこへ通りの向こうから声が飛んできた。
「ユウ!」
リリア、カイル、エステルが学院の制服姿で歩いてくる。
「おはよう!」
「ちゃんと眠れた?」
「うん! 楽しみで少し早く起きたけど」
「荷物は確認したのか?」
「朝に二回!」
「十分多いだろ」
エステルが布袋を見る。
「その大きさですと、忘れ物より持ってきすぎている可能性の方が高そうです」
「本を七冊入れたんだ」
「初日から七冊も使わないぞ」
「寮で読むかもしれないよ」
「やっぱり本か……」
カイルが肩をすくめた。
店主へ向き直る。
「行ってきます」
「ああ。行ってこい」
短い言葉が、今度はちゃんと返ってきた。
「うん!」
三人の隣へ並び、学院へ向かった。
◇
大きな門が見えてくる。
二本の石柱には、杖と開かれた本を組み合わせた紋章。
見学の日にも、試験の日にも通った門だった。
けれど今日は、今までとは違う。
学院から制服と一緒に届けられた学生証を取り出す。
表には学院の紋章。
裏には、
『ユウ・リシェル 一年生』
と刻まれている。
「これ、やっぱり嬉しいな」
「見学者の木札と違って、今度は返さなくていいからね」
「うん!」
門を守る教師へ学生証を差し出した。
「ユウ・リシェル君ですね。本日より王立魔法学院への入学を認めます。よく学んでください」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
深く頭を下げ、門をくぐる。
ちょうど時計塔から朝の鐘が鳴り始めた。
思わず足を止め、塔を見上げる。
「今日から、本当に学院生なんだね」
「学生証まで持ってるんだから、もう間違いないよ」
リリアの言葉に、もう一度学生証を見る。
「でも、まずは制服に着替えないとな」
「そっか。先に寮だね」
「荷物も置きましょう」
四人は寮のある区画へ向かった。
◇
石造りの大きな建物が二つ並んでいる。
男子寮と女子寮。
「ここで、こんなにたくさんの人が暮らしてるんだ……」
「食事は食堂。湯浴みの時間も決まってる。夜の鐘が鳴ったら勝手に外へ出るなよ」
カイルが説明する。
「寮にも図書室はあるの?」
「あるけど、学院図書館ほど大きくないぞ」
「図書室もあるんだ!」
「先に部屋を確認してください」
エステルに促され、女子寮の前でリリアたちと別れた。
男子寮の入口では、寮監が名簿を確認する。
「ユウ・リシェル君。二階、二〇七号室です」
「ありがとうございます」
鍵を受け取る。
「指定された場所以外での魔法練習は禁止です。消灯後の《光灯》も必要以上に使わないように」
「光魔法もですか?」
「夜更かしをして、魔力切れを起こす生徒がいるのでね」
「分かりました。気をつけます」
二階へ上がり、二〇七号室の扉を開ける。
寝台。机。椅子。衣服を入れる棚。
窓からは学院の中庭が見えた。
隣室から荷物を動かす音が聞こえ、廊下では誰かの話し声がする。
「静かじゃないね」
「嫌か?」
「ううん。誰かが近くにいるって分かるから、なんだか安心する」
荷物を置き、学院の制服へ着替える。
白いシャツに濃紺の上着。胸元には学院の紋章が刺繍されていた。
鏡の前で襟と留め具を確かめる。
「カイル、これで合ってる?」
「ああ。ちゃんと着られてる」
「よかった。初めてだから、ちょっと気になってたんだ」
改めて鏡を見る。
「似合ってるかな」
「ちゃんと学院生に見えるぞ」
「そっか!」
机には、持ってきた七冊の本を並べた。
その中央へ、店主からもらった帳面を置く。
今日から、この部屋で眠る。
森の家がなくなるわけではない。休日になれば、あそこへ帰れる。
そして学院にいる間は、この部屋へ帰ってくる。
「帰る場所が、増えたんだ」
そう考えると、胸の奥に残っていた寂しさが少し軽くなった。
「そろそろ行くぞ。教室でリリアたちが待ってる」
「うん!」
帳面と筆記具を鞄へ入れ、扉の前まで行く。
一度だけ、新しい部屋を振り返った。
「いってきます」
扉を閉め、鍵をかける。
朝には森の家へ向けて言った言葉を、今度はこれから暮らす部屋へ残した。
鍵を大切にしまい、カイルとともに教室へ続く廊下を歩き始めた。




