表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嘘から始まる契約結婚  作者: 彩ぺん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/20

7話「新居と脚本」

 想像のお城にある部屋。そう言いたいくらい広く、綺麗な調度品の数々だ。エトワールはソファに腰を下ろした。ふかふかしていて、あまりにも座り心地が良い。

 玄関ホールにあったソファは固めだったが、それでも生まれて初めて座ったと言える、これまでの生活では縁のなかった立派なもの。短時間で豪華さの記録を更新してしまった。

 エトワールは部屋を見渡し、ヴィクトリアの冷めた視線に気づいて、慌ててうつむいた。

 

「エトワール様、改めまして、ヴィクトリア・バロンと申します。よろしくお願い致します」


「は、はい。ヴィクトリア様、よろしくお願い致します」


 どもった瞬間、ヴィクトリアは値踏みするような冷たい視線になった。手に汗が滲んでいく。


「私は『れいし』でお嬢様の教育係ですので、ヴィクトリアと呼び捨てにしてください」


「……無知でお恥ずかしいのですが『れいし』とはなんでしょうか」


 一般的な教養は両親と本で学んでいる。しかし、「れいし」という単語は初耳だ。


「それなりの家の侍女頭のことです。麗しく、司る者。それが麗司でございます」


 白髪混じりの金髪をひっつめた女性が、無表情で抑揚のない声を出すと怖くてならない。エトワールは太ももの上で重ねている手をギュッと握りしめた。


「さっそく教育していただき、ありがとうございます」


「いえ、仕事ですので。では、まず必要なことをご説明致します」


「よろしくお願い致します」


 ヴィクトリアはエプロンのポケットから用紙を取り出して、机の上に広げた。どうやら、この屋敷の見取り図だ。次に出てきた用紙は、名前と役職が羅列されたもの。


「私の夫のフォン、それからルミエルはシュテルン邸の執事となっていますが、実際はサー・フィラントの教育係です」


 よって、教育係の三人はこの屋敷に住み込み、個室を与えられていると説明された。三人が、偽装生活の秘密を共有する者たちだそうだ。


「エトワール様は奥様になられますので、ここ、三階の最も良い部屋にしてあります。同等の隣室がご両親のお部屋です」


 ヴィクトリアは「後ほど、実際にお連れします」と続けた。それでさらに、バロン夫婦とルミエル・グレゴリウスの個室は二階にあると続けた。

 

「他は、とりあえず雇用した者たちですので、奥様の希望があればいつでも解雇します。雇用者の選任はこちらが行い、解雇権はそちらが有します」


「解雇権……ですか」


「特別雇用の私と夫、ルミエルは別です。エトワール様には推薦権もありますので、この街で気に入った者を雇いたい場合はサー・フィラントか執事、もしくは私にお申しつけください」


「かしこまりました」


 偽装結婚とはなんなのか、打ち合わせはしないのかと考えていたけど、あれこれ決まっていたとは。

 こちらの意見は聞いてもらえないのかと憤ったが、エトワールの願いは自分たち家族の安全である。配慮され、あれこれ整えられているようなので、とりあえず従おう。


「人材不足という意見があれば同じく。現在は最低限の人数を取り揃えました」


 従者一人、侍女三人、料理人三人——うち、一人は従者も兼任、それから庭師が一人。旧シュテルン邸の使用人ミルダはフィオールの付き人として雇用を継続中。

 ミルダの雇用も解雇も仕事内容も給与もこれまで通り、エトワールの両親が決める。


「三階はシュテルン派の領域ですので、ミルダさんは三階に住み込んでいただいても構いません」


「シュテルン派……ですと、二階はセルウス派ですか?」


「ユース派になります。殿下のことは、以後、フェンリスとお呼びください」


「フェンリス様ですか」


 アルタイルの初代国王をこの地へ導いてきた三賢者の遣い。そう、エトワールは心の中でぽそりと呟いた。


「いえ。様は不要です。フェンリスさんとお呼びください」


 エトワールは大きく頷き、覚えるために心の中で何回か練習をした。王子様を"さん"で呼ぶのは気が引ける。


「私のことだけではなくフォン、ルミエルも呼び捨てで」


「さっそく難しそうですが励みます」


 エトワールはヴィクトリアの観察するような視線を浴び、不安な気持ちを強めたが、頑張ろうと意気込んで胸を張った。


「基本的な屋敷管理は私が行いますが、相談は受け付けます。使用人への命令もご自由に。こちらに不都合がある場合のみ口出しします」


 ただし、全てエトワールが行うこと。この屋敷において、ジャンとフィオールにはあらゆる権利がない。

 

「お嬢様が立派な女主人になるためです。ご両親の傀儡(かいらい)になられても構いませんが、お二人は三ヶ月後には国外です」


「……視察団に入るからですよね?」


「今頃、王都でフェンリスさんがご両親と密会して、政局や身の安全を守る方法を伝えているでしょう」


「両親を助けてくださり、ありがとうございます」

 

 ヴィクトリアはゆっくりと静かに首を横に振った。


「フェンリスさんがフィオール夫人を政治の駒として使いたいだけです。彼なら、使えない駒は捨てるでしょう」


「……」


 鋭い、刺すような台詞にエトワールは瞬きを忘れた。エトワールは戸惑っているというのに、ヴィクトリアは無視して話を続けていく。

 フェンリスはかねてより自分の近衛兵の一人、フィラント・セルウスを戦場から王都へ戻したい、彼を表舞台に立たせたい、彼に日の光をと考えていた。

 フィラントは出自が悪い成り上がり者で、近衛兵といっても正式な地位ではない。さらに、さまざまなことが重なって、戦場の前線にいることが多かった。エトワールの胸はざわついた。ウェイルズの病院で世話した兵たちのように、フィラントも怪我をしたことがあるはずだ。

 

「功績が積み上がり、ついに貴族位を与えることに成功しました。方法は聞いていますね」


「私と結婚して、お父様の跡を継いで男爵になること。ですよね?」


 表向きはまだそうなっている。伯爵話は自分からはしない。ユース王子の使者が伝えに来たその命令を心に刻み、緊張で喉を鳴らす。


「ええ。ですから、フェンリスさんは最大限、シュテルン家に配慮し、相応しい謝礼を払います」


 謝礼の一つ目はシュテルン家の保護。可能な限り、社会的地位を守るしむしろ向上させる。無理そうなら、命だけでも守るように手配する。

「命だけでも」という台詞をヴィクトリアが口にした時、エトワールの背筋に冷たい汗が流れた。自分たち家族は、そのような危ない橋の上に立っているのだろうかと。


「サー・フィラントは結婚後、子爵になります。そのため、エトワール様のお父上は出世します」


 伯爵ではなく子爵。ユース王子の話と異なるのはわざとなのか、ヴィクトリアは知らないだけなのか。

 田舎文官の父が男爵から子爵に出世だなんて中々ない例で、この話は初耳だと耳を傾ける。


「陛下はそのくらいサー・フィラントの功績を讃えています。副次的にお父上は大出世ですね。それも謝礼の一つです」


 父は田舎の文官、母親は使命に燃えて実家に勘当された親不孝貴族令嬢。そんな二人の養子——エトワール・シュテルンは田舎住まいの名ばかりの貴族令嬢。それが——子爵夫人になるとはとんでもない話だ。

 ヴィクトリアは言わないが、エトワールはまもなく伯爵令嬢になる。それでフィラントは伯爵の地位を手に入れるので、父親が子爵になる必要はない。

 エトワールは「話の乖離の理由は?」と混乱しているのに、ヴィクトリアは淡々と「ですので、エトワール様に必要な教養を与えます」と続けた。


「婚姻までは三ヶ月です。過密気味のスケジュールになりますが、疲労で倒れられては困ります。無理はせず、きちんと自己申告するように」


「……あっ、はい。分かりました。気をつけて、倒れないようにします。体力には自信があります」


「レッスンは明日からです」


 レッスンとはどのようなものだろうか。それを想像する暇もなく、ヴィクトリアは話を続ける。


「サー・フィラントの妻役。その仕事に対する給金を毎月お支払いします」


 この屋敷の家賃、食費、そのほか雑費を差し引いていくらと言われたエトワールは、その金額を聞いて、軽い目眩に襲われた。

 

「……そんなに、ですか?」


「ええ。成果報酬は別で用意するそうです」


「成果報酬……ですか」


「中央政権の一部では、お二人の婚姻は国王命令となっていますが、我々はそれぞれのために、それをうまいこと書き換えようとしています」


「はい」


「フィオール様は、娘が『報奨妻だなんて』と難色を示します。けれどもホール軍医長官などからフィラントの功績などを聞き、誉だと納得する。しかし、娘に言えないのです」


 これはつまり、今頃母は王都でお芝居に参加しているということだろう。エトワールは両親の身を案じながら、話に耳を傾け続けた。


「そういうわけで、婚姻命令のことを知らないお嬢様はお母上の勧めでサー・フィラントとお見合いをして、口説かれます」


 思わぬ単語に咳き込みそうになった。あの凛々としたフィラントが自分を口説く姿など想像もつかない。


「こほん。母は知っているけど、私は知らないということにするのですね」


「ええ。で、お嬢様は結婚後に社交場で馴れ初めを話して広めます。嘘のない真実を」


 誰でもいいから貴族令嬢と結婚して、副隊長の職に就き、騎士団改革と大都市になりつつあるアストライアの治安向上をするように。それがフィラントへの命令で、今は必要な爵位がないから、アストライア騎士団で潜入捜査をしなさいと命じられている。

 アストライア騎士団は軍の頭痛の種の一つ。なにせ副隊長が次々と退職するからだ。潜入捜査の目的は、近年の副隊長たちの本当の退職原因を掴むこと。それはフィラントの今後の職務にも役立つことである。


「サー・フィラントはその新しい生活の中、新しい仕事にて、ウェイルズ臨時病院でお世話になったエトワール様と再会しました」


「はい。あの、そうらしいですね。私とフィラント様は、我が家でお会いしたのが初めてではなかったようです」


「フェンリスさんの脚本で、『再会しました』という嘘です」


 その発言に、ホッと胸を撫で下ろす。


「そうですか。それなら良かったです。私の勤務場所は生死の境を彷徨う方々が集められた部屋でしたので、そのような大怪我をしなかったとは喜ばしいです」


 ヴィクトリアは凛然とした表情を崩さないものの、ゆっくりと大きく頷いた。

 エトワールは、ヴィクトリアという女性はちっとも笑わないし、厳しそうな雰囲気ではあるけれど、敵意は感じないと思い始めて、ようやく笑えた。


「地獄のような場所で安らぎと慈愛を与えてくれた天使と再会。しかも仕事で関与する。感激したサー・フィラントは貴族になる任務も遂行できると考え、エトワール様を口説きます」


 具体的には護衛仕事にかこつけて喋る、護衛だと言ってお出掛けに付き合う、物を貢ぐなど。それに対し、エトワールは素直な態度を示せば良いらしい。

 

「私や夫がお二人の雰囲気を観察して、フェンリスさんに報告します。それを元に、最も本当だと感じられそうな脚本を作るそうです」


 二人が仲睦まじいなら何の問題もない。偽装結婚ではなく普通の婚姻だ。その言葉を聞いた時にエトワールの胸は自然とはずんだ。

 どちらか一方に嫌悪があるのなら、上官や親に熱心に頼まれて政略結婚したことにする。そんな話しもされる。今度はあまり嬉しくなかった。


「そのように、こちらはサー・フィラントに爵位と、社交場に連れて行ける彼の妻を得られれば問題ありません」


「我が家は……身の安全と、お金と仕事と地位をいただくので協力するということですね」


 我が家の方が得が多い、釣り合いが取れていないような気がすると、少し引っかかった。


「ええ、それも前払いで。この話は密約ですので、契約書類は作れません。なので、お互いいつでも反故にできます」


 ヴィクトリアは続けた。最も必要なものは爵位なので、最悪、「妻は病で療養している」と言うから社交場に出てこなくても構わないと。

 しかし、エトワールが母親の味方を作ったり、情報収集をするのにそれなりの社交場へ参加できる権利は役に立つ。それを使うか使わないかは、エトワールや親が考えることだと指摘された。

 

「偽装結婚ですので恋人を一人作るくらいなら問題視しません。上流貴族の世界ではよくあることです」


「……そうですか」


 ということは、フィラントもそのつもりかもしれない。そう考えた時に、エトワールの胸はチクチクと針で刺されたように痛んだ。

 そうしてまた自覚する。自分はやはりフィラントを初恋のあの人に重ねて、気にかけていると。


「自然に見えることは大切です。こうしなさいと命令されて、演じ、大勢を騙し続けられますか? 演技力と記憶力のある、生粋の大嘘つきなら話は別ですけれど」


 そう言われたエトワールは「そうですね」と言い、小さく首を縦に揺らした。不意にユース王子の「アホ娘」と「君には期待してない」という台詞が甦り、腹が立った。


「台本を渡されても、私にできるだろうか。そんな風に考えて不安でしたが、これなら励めそうです」


「そうでしょう。嘘をつく不安は隠しきれません。ですから、サー・フィラントがエトワール様に用意した仕事は私のレッスンを受けることくらいです」


 ヴィクトリアは続けて、「私に用意された仕事も、得意な家庭教師と屋敷管理です」と話した。


「あなた様はあなた様らしく暮らしていただければ問題ありません」


「かしこまりました」


 そう言いながら、エトワールは「自分なりにすごく励もう」と意気込んだ。


「私が最初にするべき説明は終わりましたので、次は屋敷を案内します」


 エトワールはヴィクトリアと共に三階へ向かった。この時、彼女はようやくヴィクトリアの笑顔を見ることができた。

 お城のようなお屋敷だと口にしたら、「エトワール様が奥様となる家ですから、好ましいように変えていきましょう」と笑いかけてくれたのだ。厳しいけれど優しい母と良く似た雰囲気だと、一気に親近感が増す。

 エトワールは自分の部屋へ案内され、調度品を見て大興奮した。


「うわぁ、猫足です」


 白を基調にした、彩豊かな草花の彫刻がほどこされている家具のいくつかの脚が猫足。

 寝台(ベッド)はふわふわした白い天蓋付きで、そこには銀色のものがキラキラと輝いている。銀色の糸で刺繡を施してあるようだ。


「お気に召さなければ全て売って新しく購入しますが、必要なさそうですね」


「わざわざ買ってくださったのですか。大きな鏡台ですね。うわぁ」


「三ヶ月後には子爵夫人の部屋になりますので、領主夫人が来訪する可能性もありますからきちんと揃えました」


「領主夫人……。私で大丈夫でしょうか」


「そのために私がレッスンを行います」


「励みます」


「こちらの部屋の家具は、サー・フィラントが選びました。お気に召したのなら良かったです」


「……私のために」


 エトワールは犬も好きだけど猫も好き。というより、動物全般を好んでいる。

 フィラントと出会った日に、猫と木登りをして遊んでいたと誤解されたので、猫好きだと思われたのだろう。エトワールは、自分の顔がみるみる赤くなっていくと感じた。なにせ、顔がとても熱い。


「お礼をお伝えしたいですが、お時間はありますか?」


「ええ、屋敷案内のあとにお二人でお茶となっていますので」


 ヴィクトリアは、「自然が大切なので、とりあえずとっかかりはお見合い風です」と微笑んだ。足元がふわふわして、胸がトクトク鳴っている。とても不思議な感覚だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ