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嘘から始まる契約結婚  作者: 彩ぺん


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6話「金髪騎士たちと嘘の邸宅」


 母、フィオールが「縁を切った」と言って語らなかった実家が伯爵家だったなんて。

 両親は哀れな娘に同情して、養女にしてくれた。そう思っていたのに、血の繋がった姪だから引き取ってくれたとは。

 母の兄、顔を知らない実父の借金は本当で、ピエール・カンタベリーは莫大な借金の存在を隠して接触してきた。おまけに「娘として迎えて、家督を継がせたい」と泣いた。

 母は、「借金を知らなかったら私に伯爵令嬢の座を与えた気がする。兄の涙に騙されていたかもしれない」とため息混じりで語った。

 そうして、母は「ユース王子の傘の下は悪くないでしょう」と言い、疑心の残る目をしながらも、屈託なく笑った。

 

 ☆


 約一週間後。

 都会へ来るのは、いつ以来だろうか——エトワールは馬車の窓から顔を出し、思わず息を呑んだ。アストライアは想像よりもずっと人が多い。

 戦後、国が母へ褒賞を贈る、まもなく王都へ招くという話があり、一緒に行けることになっていた。

 それでそのまま、母のツテで王都で住み込みの仕事をする予定だったけれど、エトワールは今、貿易都市アストライアにいる。

 帽子が風で飛ばないように片手で押さえ、往来の人や市場を眺める。妙な魚の骨が吊るされている店に興味を抱いた。あれはなんだろう。

 両親がいれば話題にできたのに。今は一人であることを少し寂しく思う。

 そんな時、馬車がふいに止まった。街に入ってから速度は落ちていたが、止まる気配はなかったのに。

 驚いていると、影が落ちてきて、目の前に馬と、その上に乗る誰かが現れた。

 逆光でよく見えないが、馬の装備が商人や農夫のそれではないこと、男性だろうという想像はつく。


「お転婆お嬢様、身を乗り出すなんて危ないですよ」


 目が慣れてきて、目の前に現れた人物が騎士だと分かった。この国では黒髪の次によく見かける金髪と、濃い青い瞳の男性が、馬の上でニコニコと笑っている。

 自分が窓から身を乗り出したために馬車を止められたと気づき、慌てて体を馬車内に引っ込めて着席した。少し上ずった声で「すみません」と謝る。


「……ル」


 うつむいた時、名前を呼ばれた気がしたので顔を上げた。瞬間、金髪の騎士が「エトワール様!!」と大声で叫んだ。


「御者! この馬車に乗っているのはエトワール様か⁈」


 どこの誰だか知らない人間が自分を知っているのは初めてではないから驚愕はしない。けれども、多少は驚く。喉を鳴らしながら外の様子を確認した。金髪の騎士は、馬車の真横から前方へ移動している。


「エトワール様の乗る馬車だったとは。このビアーも護衛をしよう」


 馬車が再び動き出した。エトワールは「ビアーさん」と呟き、記憶にないと首をひねった。人の顔を覚えるのは得意だが、名前は忘れがち。

「あのフィオール様の娘が到着した」ということで関所で護衛が増えたのに、なぜかさらに人が増えた。

 しばらくすると、ビアーの「見回りになるからいいんだよ」という不機嫌そうな声が聞こえてきた。


「勝手な行動は、鬼班長に怒られますよ」


 ビアーとは別の、声が高めの男性の声がしたので「新しい人?」と窓の外を覗く。また馬車を止められたら御者を困らせるので、身を乗り出すことは控えた。

 ビアーの隣に、金髪で癖っ毛の、背の低い騎乗騎士が増えている。騎士のようだけど、どうみても若い。


「これも見回りだから平気だ。エトワール様に再会できるなんて」


 ビアーとマルクはその後、なにやら話し始めたが、エトワールには言葉が聞き取れないほどの声量だった。再会なので、ビアーはあの病院にいたのだろうか。

 馬車の外を眺めながら、エトワールはかつての病室の匂いを思い出した——

 重傷部屋担当で、患者たちは皆、意識があまりないうちに他の部屋へ移動だったから、一人一人の名前を覚えていない。

 清潔にしやすいように、重傷患者の髪は剃られていて、苦悶の表情ばかりだったことも、顔を覚えていない理由だ。

 母フィオールは、『総看護婦長の娘なら、他人が嫌がる場所で働くべき』という考えを持っていて、エトワールもその意見に賛成だったため従った。

 結果として、エトワールの勤務場所は他人から見るとやりがいを感じられないところだった。

 重傷者の死を見送るのは悲しくて辛い。回復傾向にある患者は、まだ意識がはっきりしないうちに部屋を移動してしまう。そのため、エトワールに感謝の言葉をかけられることはない。

 母は朝から晩まで、多くの時間を患者たちのために尽くし、病院中を巡回していたため『戦場の天使』と呼ばれている。他の看護婦たちの多くも感謝されたが、生死を見極めるような部屋で働いていたエトワールはあまり。

 馬車を降りる時に、「お世話になりました」と言われたらうんと嬉しい。そんな期待をして、胸を高鳴らせる。

 エトワールは柔らかく微笑んだ。一人でも多くの兵が生きられるように働き、同僚——特に母に褒められた。それだけでも嬉しかったけれど、「感謝」という報奨は甘美なもの。

 村から街道のある街まで歩き、そこから馬車に乗ってアストライアまでという長旅と、都会への興奮で疲れていたのか、うとうととまどろんだ。


『お誕生日おめでとう、わたし』


 懐かしくも思い出したくない、昔々の夢だとエトワールは顔を歪めた。埃臭くて狭い屋根裏部屋から窓の外を眺め、祈れば願いを叶えてくれるという流れ星を探す。


『流れ星は美しい願いしか叶えない。流れ星は美しい祈りを叶えればまた星になれる。だから、綺麗な願いを頼むんだ』


 流れ星は美しい願いしか叶えない。そのことを、幼かった自分に教えてあげたい。エトワールは「これは夢なのに」と思いながら、「夢だから教えられる」と過去の自分に近寄った。


「お母さんとは再会できなかったけど、新しい優しい両親が迎えに来てくれるからね」


 冬の寒さで凍えている幼い子供にそっと手を伸ばし、汚れで絡まっている髪を撫でようとしたその時……

「エトワール様、到着しました」という声がして、ハッと目を覚ました。

 馬車の御者に「すみません」と謝りながら立ち上がる。低い天井に頭をぶつけた。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫です。そそっかしくてすみません」


 鞄を持って馬車から降りようとしたところ、「お鞄は私が運びます」と御者に言われたので、素直に頼んだ。

 世間的には貴族の娘——実際には貴族の養子で、ほとんどを田舎の村で暮らしてきたエトワールは、このようなお嬢様扱いに慣れていない。家で唯一の使用人であるミルダに世話をされることに慣れるまでも時間がかかった。

 馬車を降り、目の前にある屋敷の立派な門構えと、その大きさに驚いて立ち尽くす。


「……あの、こちらはどこですか?」


 エトワールは振り返り、鞄を持って馬車から降りてきた御者に問いかけた。


「こちらはシュテルン邸でございます」


「……まさ」


 まさか、と言い終わる前に、「エトワール様!」という声がしたので、彼女は唇を結んだ。

 あっと思った時には、目の前にビアーが膝をついていて、彼女と目を合わせて笑った後、深々と頭を下げた。


「このように再会できるとは思ってもいませんでした。ウェイルズの病院では、大変お世話になりました」


「……あの、大勢いらっしゃったので覚えていなくて。お元気そうなことも、感謝のお言葉も、とても嬉しいです。どうか頭を上げてください」


 自分の予想が当たったこと、感謝されて嬉しいという思いに、エトワールは高揚した。死にかけていた患者が、こうして元気になっていることにも胸が弾む。

 ビアーが顔を上げて立ち上がったその時、癖っ毛の騎士が隣に並び、「マルクと言います。お嬢様にお会いできて光栄です」と白い歯を見せて笑った。

 そこへさらに、関所から護衛をしてくれていた二人、カイロとルデルが加わり、順に自己紹介をし、「あのフィオール様のお嬢様でしたか」と笑顔を見せた。

 それだけでは終わらず、一人、二人、三人、四人と騎士が次々と現れ、自己紹介をし、「弟がフィオール様の世話になった」「従兄弟が」と、エトワールに感謝の言葉を述べていく。


「で、お前らは全員サボりか?」


 その呆れたような声の主を、エトワールは知っていた。どこにいるのだろうと周囲を見渡し、背伸びをする。フィラントの姿がエトワールの目に入ると、彼に道を開けるように、騎士たちが左右に分かれた。

 世界がゆっくりになり、フィラントの黒髪が風に揺れる。さらさらと。雲に隙間ができたようで、左右に分かれた騎士たちの間、フィラントのところだけが明るくなっていく。なぜか、鼓動がかなり大きくなった。


「なぜ同僚たちがあの馬車へ集まっていくのか不審に思って後をつけたら、こういうことか」


「班長! サボっていません!」とビアーが叫び、騎士がする敬礼をした。


「襲われそうな金持ちの馬車を護衛するのは、立派な仕事です!」


「俺の班の者は全員、速やかに持ち場に戻れ。他の班の者たちも。黙っておいてやるから早急に仕事に戻れ。カイロとルデルはここまでの送迎、お疲れ様」


 エトワールは『フィラントはビアーの上官のようだ』とか、『我が家に来たときとは違って、いかにも騎士らしくて荒々しい』と考えながら、気になる彼を眺めた。 太陽の下でも、フィラントの瞳は”あの人”のそれと酷似して見える。似ているかもと考えているからか、顔立ちまでこうだったような気さえしている。


「巻き添えで罰を受けるのはゴメンなので、行きますよ、ビアー先輩」


「触るなマルク。まだ俺の天使に感謝を伝えていないから嫌だ!」


 マルクに腕を引っ張られたビアーが踏ん張る。


「ビアー。あの戦場の天使、フィオール様のご息女エトワール様は、君の天使なのか?」


 フィラントの問いかけに、ビアーは意気揚々と答えた。


「ウェイルズで、腐ったような具なしスープの日々を過ごし、飢え死に寸前だったんです。エトワール様は、野菜の入った温かな美味しいスープを作って食べさせてくれました!」


 ということは、ビアーはエトワールが配属された重症病室の患者ではなかったということになる。どちらにせよ元気になってなによりだ。

 母や同僚たちと作ったスープが、その糧になったことが嬉しいとさらに口角を上げる。


「そうか。君はそういう理由で俺の班になったのだろう。エトワール様、私もあなた様に命を救われた一人です」


 フィラントはエトワールと向かい合い、静かに深々と頭を下げた。しばらくして、ゆっくりと体を起こす。先ほどまでは騎士たちが雑談して騒がしかったのに、嘘のように静まり返った。

 ビアーのことも覚えていないが、フィラントのことも同じく。エトワールは、心の中で「芝居? 事実?」と呟いた。


「私の班がシュテルン家の護衛を務めます。執事とエトワール様との打ち合わせがありますので、君たちは本来の業務に戻れ」


 凛としたフィラントの声が響く。


「……はぁあああああ! おい、新参者班長! そんな話は聞いてないぞ!」


「先輩も新参者でしょう。聞いてないって、まもなく要人護衛が始まると説明されていましたよね? まだ誰かは秘密って言っていたけど」


 ビアーが抗議めいた叫びを上げ、その隣でマルクが呆れ顔を浮かべた。


「班長、解禁ってことですね」


「解禁で、今日の班会議はその話だ。マルク、ビアー、見回りをして時間までに署へ戻るように」


「はい!」


「うおおおおお! 左遷しやがってクソ野郎共って思っていたけど、やる気が出てきた! フィオール様やエトワール様の護衛とは、ばんざ——っ痛っ!」


「言葉遣い! 直さないと護衛担当から外すぞ!」


 フィラントがビアーのお尻を思い切り蹴ったので、エトワールは驚いて固まった。


「っ痛っ。こんのバカ(ちから)。……やんのかゴラァ……ああ、あの、戻ります。はい、戻ります」


 冷たい目で睨むフィラントに、ビアーは少し青ざめながら後ずさりして、ペコペコ頭を下げ、背中を向けて走り出した。その後ろを、マルクが「ビビりすぎですよ」と言いながら追いかけていく。

 マルクは怖くなかったようだが、エトワールとしては、衝撃的なほどに恐ろしい睨みだった。それでも、目があの人と似ているとフィラントを眺める。

 睨みも部下への暴力も怖かったけれど、黒い瞳は相変わらず、夜の星を閉じ込めたように煌めいていて、優しげで美しい。

 エトワールは、そんなことを考えながらフィラントを見つめ続けた。


 ☆   ★


 エトワールはフィラントと共に屋敷へ入り、玄関ホールのソファに座るように言われた。

 フィラントがエトワールに告げる。この屋敷は彼が主の命令で買ったもの。表向きは『国からフィオール夫人への報奨の一つ』なので『シュテルン邸』と呼ぶと。


「こちらの従者の雇い主も私ですが、表向きはあなた様のお母上が雇用主です」


「は、はい」


 結婚を偽装する、協力するという話がこんな大規模だったなんて。


「綻ばないように、嘘はなるべく少なく。そうなっていますので、最低限のことは間違えないようにお願いします。もう一度確認で、この家はお母上への報奨で、シュテルン邸です」


「気をつけます」


 エトワールは「本当に新しい生活とお芝居が始まる」と、緊張しながら唾を飲み込んだ。


「従者の大半は真実を知りません。まず、全員を紹介して、その後に秘密の共有者と面談していただきます」


 玄関ホールに、一人残された。少しすると次々と人が現れ、彼らは横一列に並んだ。

 フィラントが次々と従者を紹介していくが、一気には覚えられない。全員笑っておらず、大丈夫だろうかと不安で胸が締めつけられる。


「ご両親より、屋敷管理はヴィクトリア様に一任されています」


 母親よりも年上に見える、威厳のある雰囲気の女性が美しいお辞儀をした。


「エトワールお嬢様、よろしくお願いいたします」


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


「では、私は執事たちと護衛の打ち合わせがありますので失礼します」


 フィラントが、明らかに貴族風の中年男性二人と共に、玄関ホールの階段を昇っていく。唯一の知り合いなのに、行ってしまうとは。

 無表情のヴィクトリアが近寄ってきて、エトワールを上から下まで眺め、小さく「ふーん」と口にする。

 なぜか値踏みされているようで、エトワールは緊張をさらに強めた。


「まだほとんど何もご存じないと思いますので、説明いたします。こちらへどうぞ」


「よろしくお願いします!」


 声が上ずってしまったことに気づいて、顔が熱くなる。ヴィクトリアの後ろをついていこうと一歩踏み出したら、普段のドジが出てしまい、ドレスの裾を踏んで転びかけ、なんとか耐えた。

 振り返ったヴィクトリアは怪訝そうな顔をし、階段の途中にいるフィラントは冷たい目でエトワールを見下ろしていた。

 あんなに優しげに見えた万華鏡のような黒い瞳が、今はなんだか怖い。

 エトワールは思った。騎士たちに感謝されたのは嬉しかったが、楽しそうではない、大変な日々が始まりそうだと。

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