13話「護衛班」
エトワールが騎士本部署へ到着すると、応接室へ案内された。飾り気のない室内の、柔らかくないソファに腰掛けて署長を待つ。
署長だけではなく副署長も挨拶に来てくれて、ここでも「フィオール様のお嬢様」として歓迎された。
この街で働くにあたり、元王宮騎士フィラントと彼の部下を護衛につけると、既に知っている話をされた。
屋敷には護衛がつき、それとは別にシュテルン家の者、一人一人にも。
知らなかった話は、フィラントと母が旧知の仲であること、そのため、護衛班の人事権は彼に一任されていること。
母とフィラントは会ったことがない。なので、旧知の仲というのは嘘である。この嘘をついたのはおそらくフィラントだ。
そこへ、総隊長も挨拶に来た。ゼロースは恭しいというように膝をつき、「息子がお世話になりました」と涙目で笑った。
「無理をして前線を希望して大怪我をしたから天に召されると覚悟したのですが、おかげさまで」
ゼロースの態度も感謝の言葉も続いた。彼の息子は腕を失ったと聞いて胸を痛める。しかし、そろそろ文官として父親を支える仕事に就くという話で笑顔が溢れた。
「母が来ましたら直接お伝えください。きっと、うんと喜びます」
「もちろんでございます。フィオール様があらゆる改革をしてくださったので、息子は生きています。お嬢様の献身的な看護もです」
私……と心の中で呟き、唇を緩ませる。昨日に引き続き感謝されて喜びはひとしおだ。
フィラントが部下を連れてくると去り、エトワールはしばらく署長たち三人と話すことに。
話していると、お茶が運ばれてきた。添えられているものがアップルパイで嬉しくなる。
昨日の領主の探るような棘のある目は怖くて疲れたし、司教の前では「母の名誉を守らねば」と同じく疲弊した。
しかし、今は感謝され、歓迎され、和やかな雰囲気なので気が休まっている。
アップルパイの良い香りに誘われて手がフォークに伸びそうになるが、一人だけ食べるのも……とためらう。
そこへ、フィラントが戻ってきて、室内に騎士たちが入ってきた。
「フィオール様はしばらくいらっしゃらないそうなので、お母上をお守りする部下たちはまた後ほど。彼らがお嬢様の護衛たちです」
曜日ごとに担当のようで、「月曜、ビアー・デリス」というように順に紹介された。頭の中で復習をしていく。合計七名、全員が母に何かしらで助けられたことを教えられた。
「護衛に熱が入る者たちを選びました。悪漢がお嬢に触れることはありません。ご安心ください」
全員の紹介を終えたフィラントが、強めの声と目で告げる。
「ありがとうございます。皆様、どうかよろしくお願いします」
母の使命感も、苦労も、よくよく知っている。母は見返りを求めていない崇高な人間であるが、彼らの、彼らの家族の幸せやこの感謝について、とても喜ぶだろう。
じんわりと胸が温かくなり、自然と涙が溢れてきた。
「せっかく助かった命です。危ない時は共に逃げましょう。足が遅くてご迷惑をかけますので……私は馬に乗れるようになるべきでしょうか」
なぜか、署長が「ご冗談を」と笑った。お嬢様は馬に乗りたいなんて言わないのかもしれないと、背中に冷や汗が流れる。
「忠誠心だけで護衛は勤まりませんので、彼らにはそれなりの実力があります。もちろん、馬にも乗れますので、お嬢様を連れて逃げられます」
「そうですよ。お嬢様が乗せないとならないようなお荷物騎士はここにはいません」
「今のは馬に乗れるようになりたいということでしょう」
「エトワール様は快活なのですね」
署長たちが朗らかに笑う。恥をかいてははいないと胸を撫で下ろした。
挨拶会が終わり、本日、木曜担当のマルクが残った。それで、「昨日は言う暇が無かった」と言い、フィオールが野戦病院に来てくれたから、飢え死にしなかったと感謝してくれた。
「変な風邪に罹るし、ろくな食べ物もなくて死ぬところだったんですよ」
マルクはエトワールの前で膝をつきながら話し続けている。
「ビアー先輩も言ってましたけど、あのスープには、本当に救われたんです。あれをきっかけに、いろんなことが少しずつ好転していって……」
「マルクって、そんなに大変だったの? そんな話、聞いてないけど」
部屋の隅にいたサシャが、マルクの隣に移動した。
「あっ、うん、まぁ。せっかく再会したのにさ、苦労話や愚痴なんて楽しくないだろう?」
「そうだけどさ。死にかけたなんて知っていたら、もっとちゃんと労ったよ」
「別にいいよ、労わなくて」
「飢え死にしかけたなんて。そうだ、お腹いっぱい食べさせてあげる」
「じゃあ、俺がご馳走するから、お前もご馳走しろ。サシャも色々あっただろうから労う」
「二人とも良かった」と眺めていたら、マルクは「班長も」とフィラントを誘った。
「再会した時にも言いましたけど、俺、臨時部下だったんですよ。あの覚えてないは照れ隠しですよね?」
「いや。覚えが悪いから記憶にない。臨時部下……そうなのか?」
「応急手当てをして、死体の下で死んだフリをしてろって助けてくれました。怪我のまま突撃しても無駄死にだ、若者は生きろって」
フィラントも若者の分類だが、マルクはその彼よりもかなり年下に見える。サシャは「成人と偽ったけど、実は十五才」と言っていた。マルクも同年代だろう。
「ああ、あの若い捨て駒兵たちの一人か。生きてて良かったな」
フィラントは笑うことなく、淡々とした口調で視線を下げた。何かを考えるように。捨て駒という単語で、エトワールの胸は切なさで締め付けられた。
「俺、仲間に聞いたんですよ。班長は俺たち増兵のことで上に食ってかかったって。それもありがとうございます」
フィラントは首の後ろに手を当てて、小さく首を横に振った。何も言わないようだ。
「だから班長。一回くらいご馳走させてください」
マルクのおかげでフィラントの優しさを知り、心がざわめく。さらに好き。自然とそういう考えが浮かんできて、顔が熱くなった。
「いや。部下には奢るものだ。君の生還祝いをしよう。幼馴染と再会祝いも兼ねて。サシャ、君も一緒にどうだ? ご馳走する」
「うわぁ! ありがとうございます!」
サシャは飛び跳ねそうな勢いで、感嘆の声を上げた。
「そろそろ昼時だから、エトワール様をご自宅に送ったらどこかへ行こう」
思わず、心の中で「二人ともずるい」と呟いていた。また嫉妬心……と呆れる。そんな自分を性根を直すために、勇気を出すことにした。
「私も……」
言いかけて、料理人たちが昼食を用意してくれていることを思い出す。
「私も? エトワール様もマルクを労ってくれるんですか?」
サシャはエトワールの顔を覗き込んだ。
「許されるならそうしたかったのですが、今日は料理人に昼食は要らないと伝えていなくて」
「許されるなら? 許さないはずがありません! 班長! 別日にしましょう!」
突然の大声に驚く。マルクの癖毛がふわふわと舞った。
「うわぁ。エトワール様と飯だなんて、うわぁ。班長、俺、かしこまった店とか無理なんですけど、断りたくないです! 後日、エトワール様も同席でお願いします!」
あまりに大きな声で少し怖い。
「他のやつらと一緒になって、ビールと肉をたらふくって言っていたよな。それとは別件で別の店でいいか? 班の使命が始まるから、そろそろ結成祝いと思っていた」
「班長、太っ腹! 班の結成祝いって言っても無視していたのに、ちゃんと考えてくれてたんですね!」
「まぁ、お前らがうるさいから」
フィラントは呆れたような表情だけど声は柔らかい。両手を挙げたマルクが「やったぁ!」と無邪気な声で叫んだ。
「ビールにお肉は私も食べたいです! お酌するから参加させてください!!」
「えっ? 別に構わないが、やかましい安酒場だぞ?」
サシャだけ良いなと、また羨望が込み上げてきた。
「行きたいです! 行きますー!」
「そうか。マルクか責任を持って酔っ払いたちから守るならいいぞ」
マルクは「もちろん」と笑い、サシャが「自分でも守れます!」と言い、二人は高いところで勢い良く手を合わせた。それから、軽やかで愉快な踊りを始めた。知らない動きだけど、仲良しだと伝わってくるので微笑ましい。
こうして、後日、四人で食事へ行く流れになった。サシャとマルクの会話は知らない世界で面白く、フィラントがいる食事会に行けるなんて楽しみでならない。結成祝いも参加できたらいいのに。
屋敷に着くと、フィラントに誘われた。昼食後に戻ってくるので、少し話しをしたいと。
気になるどころか、好きになっている彼からの誘いなので胸が高鳴る。
お昼の後に待ち焦がれたフィラントと再会すると、予想に反した言葉が待っていた。
応接室でお茶を飲んで語り合う、それも楽しく。そんな妄想をしていたのに、幻想は打ち砕かれた。
「私はエトワール様に近づきませんのでご安心下さい。噂と誤解される行動だけでどうにかなるでしょう。一ヶ月半後、熱心な私に折れて婚約ということで」
「……」
近づかないので。その台詞はエトワールの頭に木槌で打たれたような衝撃を与えた。
「護衛からも外れます。あのサシャが常に付き添うようですし、部下たちはフィオール様とエトワール様に恩があるという点で信用できます」
近づかない宣言の後に護衛にもつかないという言葉は、まるで死刑宣告のようだと体が冷えていく。
「……」
自分は何をしてしまったのか。そう、ぐるぐると考えたが思いつかない。
「婚約と結婚は既定路線ですので、フェンリスの台本が決まったらまた。できるだけ快適な生活になるように、屋敷の者たちに、よくよく頼んでおきます」
この日以降、フィラントはお見合い偽装のために毎日屋敷を訪ねてくるが、エトワールに決して近寄らない。世間話をしようと近づけば、会釈と共に遠ざかっていく。
明らかに避けられている。けれども、エトワールにはその理由が分からない。
お見合いをして親しくなって婚約という脚本があるので、ヴィクトリア主導で「フィラントは毎日通って熱烈」で「お嬢様は照れて隠れている」ということにされている。
嘘は可能な限りつかない、嘘は少なくなのに、さっそく嘘だらけな生活だ。
明日こそ、どうにか状況を打破したい、フィラントに興味を持ってもらいたいと、お洒落にもレッスンにも抱えた仕事にも励んでいる。
サシャとマルクと共に行く四人での食事会で楽しくお喋りをして、まずは友人くらいの親密さを手に入れる。
その日に向けて、エトワールはヴィクトリアにレッスンを多めにして欲しいと頼んだ。




