婚約発表舞踏会②
その頃、ガーネルーアは屈辱で顔を真っ赤にさせていた。
(何よ、わたくしだってあんなやつ願い下げよ、お兄様の頼みじゃなかったら私だってごめんだわよ。ああっ!もうムカつく)
屈辱でその場を動くこともできず手を震わせているガーネルーアに、人々はガーネルーアを遠巻きにして声を潜めて囁きあっていた。
「ガーネルーア、お久しぶりね」
そこに現れたのはキャサリーヌ王妃だった。ガーネルーアは慌ててお辞儀をした。
「あっ改まらなくてもよろしくてよ。アザラ様はお元気かしら?」
「ご無沙汰しております、キャサリーヌ様、母は元気にしております。近々おじ様にお会いしたいと申しておりました」
ガーネルーアはなるべく動揺していることを悟られないように平静を装って対応した。
「あらそう、わたくしも療養から戻ったばかりだから、久しくお会いしていないから、よろしくとお伝えくださいね。それはそうと、ごめんなさいね。あの子少し頑固な所があって、ほらあの通りの性格でしょ。女性の扱いに慣れていないのよ。失礼な言動許してあげてね」
「いえ、わたくしも出過ぎた事を言ってしまいました。ラファイル様には申し訳なかったと王妃様からお口添えくださいませ」
ガーネルーアはそれだけいうとお辞儀をして、人ごみをかき分けてその場から離れた。
その様子を興味深げに見守るビシュケルの口元が微かに不気味なほほ笑みをたたえていた。
「お兄様、どうしてくれるのよ、恥をかいちゃったじゃない。何が大丈夫よ。なんともなかったみたいじゃない! なんだかわたくしまで体がかゆくなってきた気がするわ」
怒りが収まらないガーネルーアは舞踏会の大広間が見渡せる二階通路のテラスにいた兄の元に近づくと兄に向かって睨みつけた。
「怒るなよ、大丈夫だ。俺の想像通りだ、確かにあいつは女性に触られるとヤバイようだな」
「はあ? 見ていなかったの、全然平気そうだったじゃない、それに、隣にいたの絶対女だったわよ」
「お前の目は節穴か? あの顔はぜったい発疹がでてんだよ。それにあいつの隣にいたのは男だ」
「はあ? お兄様こそ何を言っているの? あれは絶対女よ。私こんなに恥をかいたことはないわ。もう絶対お兄様の協力なんかしませんからね。この事はお母さまにいいますからね」
「お前こそ、さっきのみただろう。あいつお前に触れられて、すぐにどこかに消えちまったじゃないか。体調が悪くなったんだよ。隣の女だってあいつの世話係が女装しているんだよ、あいつの館には女が一人もいないんだ。絶対何かあるに決まっているんだ。跡継ぎを残せない王太子なんか用済みだろう。僕にもようやくチャンスが巡ってきたんだ。あの国で兄貴達の下でいるより、この国の王になる方がいいからな」
「フン! じゃあ一人でなんとかするのね、私はもう協力しないわよ。こんな所もうたくさんよ」
ガーネルーアはそういうと兄から離れ、すぐに舞踏会を抜け出し馬車で自国へと戻って行った。
舞踏会も終わりに近づいてきた頃、恒例の国王からの言葉が述べられた。その隣にはキャサリーヌ王妃が立っていた。
「さて、今宵も各国から多くのかた方にご出席いただき感謝する」
キャサリーヌ王妃はいつになくご機嫌な様子のハルイ国王の態度に相変わらず整った顔立ちの国王に顔を近づけられ、腰に当てられた手に力が加わったのを感じ取りながらキャサリーヌは戸惑いを感じていた。
その時、舞踏会にラファイルがシャナーを伴って入ってきた。
ラファイルが父王のすぐそばまでつくと、それを見計らってハルイ国王が二人に視線を向けて行った。
「今宵正式に婚約した二人ですが、まだまだ未熟な二人です。今後も、我が国共々この二人を温かく見守ってくださいますようよろしく申し上げます」
そう言って二人を紹介した時、人ごみの中にいたビシュケルが突然叫んだ。
「その婚約異議あり! そいつは本当に女なのですか! こんな胸のない女なんか存在するものか!」
そういうといきなりシャナに近づくと、胸を掴むと、ドレスを引き裂いた。
「ほら見ろ!こんな胸のない女が存在するものか!」
シャナーは真っ赤になりながら破かれた胸元を隠すようにしゃがみ込んだ。
ラファイルがその瞬間ビシュケルの頬を殴り飛ばした。
すぐにラファイルは自分の着ていた上着を脱いでシャナーの肩にかけると自分の所に引き寄せた。
ビシュケルは駆けつけた騎士たちに拘束されながらももがき抵抗しながらしきりに自分の主張の正当性を叫び続けていた。
「僕は間違ってない! こいつは男だ! ラファイルお前は女に近づけないんだろうが! そんな奴が王位継承権第一なんかおかしいだろうが! それに毎日仕事もろくにしないで遊びほうけているってうわさじゃないか。そんな無能な奴がこの国の次期王についたらこの国はどうなるんだろうな。僕ならこうはならない。ハルイ国王ご決断を! 僕はこの国の未来の為を思えばこそ進言しているんです。さっきだって妹に触れられて倒れたのがいい証拠ではないか。必死でごまかそうとしていたようだったがな。なんだったら今ここで別の女で試したらいかがですか!」
ビシュケルの言葉に周囲がざわつき始めた。
「もし、そなたの主張が正しいとして、次期国王の座にラファイルがつくのに何か問題でもあるのか?」
「失礼ながら問題ありではありませんか? 世継ぎをもうけることができないんですよ。仕事もしない、責務も果たせない王子など王になる資格はないはずではありませんか」
「子ども子どもと申しておるが、子のできない夫婦も世の中にはたくさんある。子ができても事故で親より先に逝ってしまう悲しいこともおこりうる。何も実子でなくとも他の親戚筋から養子をもらい受ける事も可能ではないかな。そなたもわしの実子ではないしな。仕事に関しては、そなた、実際に王子としての仕事をきちんとこなしていないという証拠があるのか? 噂だけでは正確にはわかるまい。他国の王子としての言葉とは思えぬ発言の数々じゃな」
「しかし、男を婚約者などと」
「もしこのシャナー・ラベリーが男だったとしたならば、息子が他の人間とは婚姻しないと申したならば、国の法律を変えるまでだな。男だからという理由で愛し合う者どうし生涯共に生きたいと願う思いを壊す権利は誰にもないはずだからな。しかしこのような可愛い男は余は見たことがないがな」
「陛下、正気ですか!」
「この国の民の幸せと発展の為に全身全霊で働くのが王族の務め、しかし、王族だからと言って個人の幸せを殺していいことにはならぬと余は思うがな」
「バカバカしい、王族とは自己を捨て国の為に全てを捧げるのが務めではありませんか」
ビシュケルの言葉に舞踏会参加者の賛否両論に意見のささやき声ががやがやと囁かれた。
「早く僕を離せ! 無礼者」
暴れるビシュケルに対して、ラファイルは側に来ていたラースにシャナーを託すと、静かにビシュケルに近づくとビシュケルを殴り飛ばした。
「ビシュケル! 貴様がシャナーに何をしたのか本当にわかっているのか!」
「はあ? 何ってお前もわかっているのか? この僕を殴るとはいい度胸だな。国に帰って父上に報告してやる! この国の民をだましているんだろ、女をだけないんだろ。それどころか触れられるだけで命取りなんだろ! 薬でごまかしているそんな人間がこの国の次期国王などと公言していることの方が罪なんじゃないのか、王位継承者の資格はないんじゃないのか! 陛下も、もっとまともな王位継承者を選ぶべきではありませんか」
反論しようとしたラファイルに今度はキャサリーヌ王妃がラファイルを静止すると、ここはわたしに任せなさいと言って今度はビュシケルを指さして言った。
「衛兵、このものを連れていきなさい! ビシュケル、あなた頭を冷やしなさい。失礼にもほどがありますよ。大勢人がいる目の前でこのような不埒な行い、たとえ隣国の王子だからと言って許されることではありませんよ。あなたの父上にはきちんと抗議の書簡を送らせていただきますわよ。息子がどのような病気があろうと、この国の次期国王の資質がないなどと今の時点であなたが決めつける事はできません。国王の資質があるのかないのかを決められるのはこの国の民です。まだまだ至らない王子であることは否定いたしませんが、妻をめとり、一人の男として、この国を支えていける王として成長していける可能性は存分にあるはずですよ」
キャサリーヌ王妃はシャナーとラファイル王子を人々の好機の目からかばうように立つといった。
「そうですわ。胸が小さい女性はおりますわ。それをこんな面前で侮辱するなんてなんて卑劣な」
そういったのはルコッテ王女だった。
その横にはビュランテもいた。二人はシャナーを人々の視線から守るように前に立ち、目の前で暴れているビシュケルに睨みつけながらいいはなった。
その場にいた女性陣からも一斉に非難の声が上がった。
「なっ僕はコイツの嘘を暴いてやっただけじゃないか。僕はコイツの正体を知っているんだ。コイツはカミール・ラベリーだ。学生時代同級生だった奴だ。体が弱くてあまり学園にはきていなかったが間違いない。ラファイル王子こそ、認めたらどうだ!」
その時、人々をかき分けてある人物が姿を現した。その姿にどよめきがあがった。
「君が知っているカミール・ラベリーというのは僕のことじゃないのかい」
そこには今自分が男だと叫んだ女性と同じ顔の男性の姿をした別人が立っていた。
「えええ~じゃじゃあ、こっこいつは…」
カミールの登場で周りの人間も動揺が走った。
初めてみる人間にはまさに同一人物が立っているように見えるからだ。
背かっこう顔全てそっくりだった。
違いはそう、鬘を被り、ドレスを着ているかいないかぐらいに思えた。
「彼女は正真正銘の女性ですよ、僕の双子の妹のね。同じ学園には通ったことがないから君はシャナーの存在は知らなくて当然だけどね。君が得た情報は少々古いんじゃないか、ここ数か月はシャナーは頻繁にラファイルの隣の館で既に生活をしていましたよ。もちろん僕もですけど、ただ、妹は普段から男装するのが趣味でしてね。よく僕の服を着ては僕に成りすましていましたから。間違う人間もいましたけどね。我が家は王族や貴族ではありませんが、あなたは僕の妹を公衆の面前で侮辱した。たとえ他国の王子であろうとも許すことはできません。この行いどうけじめをつけられるおつもりですか? それともあなたの国では王子ならば何をしても許されるのでしょうか」
その言葉を聞いたビシュケルは放心状態となりその場にへなへなと座り込んでしまった。
そしてかけつけたビシュケルのおつきの者がハルイ国王の元にひざまずいた。
「申し訳ございません。我が国の王子の失礼の言動並びに行いの数々お詫びのしようもございません。このことは国に戻り次第王に報告いたしまして、早急にご報告いたしますので、なにとぞ、ビシュケル王子のことは我が国にお任せいただけませんでしょうか?」
その言葉でも納得のいかない顔のラファイルを制止してハルイ国王がビシュケルの前にひざまずいて頭をさげているおつき者もに対して返答をした。
「あいわかった。ラファイル、怒りはわかるが、これは我が国だけの問題ではすまぬからな。シャナー嬢もこのような屈辱、許しがたいがここはわしの顔に免じてこの場は耐えてもらえぬか?」
「陛下のおおせのままに」
シャナーは頭をさげそれだけ言うのが精一杯だった。
「すまぬな」
がっくりと肩を落としてうなだれながらビシュケルは衛兵に連れて行かれた。
「さあ、皆の物。今夜の舞踏会はお開きじゃ。申し訳ないが皆もうさがってくれぬか、いろいろ親族会議を開かねばならないようなのでな」
そう国王がいうと、人々はめいめいに国王と王妃に一礼すると、それぞれ各自宿泊している館へと帰って行った。
その後日談はというと、ハルイ国王は改めて王位をラファイルに譲ることを宣言した。
そして今回のことをふまえ、ハルイ国王の母親違いの姉妹たちの子どもたちの王位継承権のはく奪を宣言し、それぞれの母親たちが過ごした館の使用は全面的に禁止し、以降来国する際はその他の来賓客と同等の対応とすることが宣言された。
しかし、ハルイ国王の末の妹である独身のビュランテは王族に留まることをゆるされ、婚姻相手にラースがハルイ国王により指名され、この二人に子どもができた場合のみ、ラファイルとシャナーの子どもの次の王位継承権を与えられることが正式に決まった。
今回問題を起こしたビシュケルの処分は厳重注意に留まったがバデリア国王から丁重な詫び状とお詫びの品々がシャナーの元に大量に届いた。シャナーは素直に喜んでいたが、ラファイルはそんなもの送り返せとしばらくご機嫌斜めな状態だったようで、ラファイルの怒りはのちに王位を継いだ後も収まらなかったようで、バデリア国にいい印象は持たず、国交断絶寸前までいったようだった。
その仲を取り持ったのはのちの王妃となったシャナーだった。
こうしてシャナー・ラベリーの長い一日は終わった。そして翌日もまた変わらず続いていくのだ。
どんなに屈辱的なことが起きたとしても、朝はまたやってくるのだ。




