陛下とダンス?聞いてないんですけど!
十日後、その日は遅めの朝食の時間、ラファイル館でもニヤケ顔の人物が一人いた。
ラファイル館では、ラファイル館周辺を警護する騎士たちに遅い朝食を地下食堂で食べている最中だった。
シェフが用意したのは薄い味付けのスープと固くなったパンだけだったが、この日、育てていた野菜が豊作だったため、用意されていたスープの中に、シャナーはとれたての新鮮な野菜や、調理場に届けられていた肉食材をふんだんに使った煮込みスープを手早く作り振る舞うことにしたと早朝の散歩でラファイルに呟いたため、食堂ではシャナー特製のスープが食べられるとあって珍しくラファイルも騎士たちと共に食べていた。
その側にはシャナーも珍しく隣に座り可愛い笑顔でニコニコしながらしきりにラファイルにスープの感想を聞きたがっていたのだ。
「ねえ殿下、どうですか今日のスープは? カシスさんに教わりながら栄養たっぷり取れるように工夫したのよ。これなら殿下も食べられるでしょ」
満面の笑顔でシャナーはラファイルの感想を待っていた。
「シャナー、そんなに見つめられると食べづらいよ」
「だって~」
可愛くすねるシャナーがかわいくてつらいなどと一人思いながら嫌いな野菜が詰まったスープを口に注ぎこんでいた。
確かに味はおいしかった。
だが、野菜をもう少し見えなくなるまで煮込んでもらえればなど口が裂けても言えないラファイルは始終笑顔で食べていた。
しかし周りをみても騎士たちはおいしそうにがっついていて用意されていたパンやスープは既に無くなりつつある様子だった。
ラファイルは笑顔を保ちつつ苦手な野菜たっぷりのスープを食べきった。
「シャナーすごくおいしかったよ。だけど…」
「だけど?」
シャナーはラファイルの言葉を繰り返した。
「いやなんでもないよ」
「そうですか。じゃあ今度はパンにも野菜を入れ込んでみようかな」
「シャナー、それは止めた方が…」
「どうしてですかお野菜はたくさん食べた方がいいんですよ」
「だけどほら、僕は薬草茶は毎日飲んでいるわけだから、そっそうだ、野菜ドリンクなんかどうかな? 食事はいつも通りに戻してさっ、その方がたくさん体に野菜の栄養がとれるんじゃないかな」
ラファイルは食べる楽しみが苦痛になることは何としても避けたいととっさにでた言葉だったが、シャナーはその意見を採用してくれそうだ。
薬草茶は苦いが最近は慣れて一気に飲んでしまえば食べ物に入れられるよりましだと思えてきていたからだ。
野菜ドリンクも一気に飲んでしまえばいいだけの事だと思うようにした。
それでシャナーのご機嫌がとれるならたやすいものだ。
「殿下、じゃあカシスさんとおばあ様とも相談して早速考えてみます」
満面の笑顔でいうシャナーをおもわず抱きしめたくなる。
ラファイルが手を伸ばそうとしたその時、ラースが珍しく一枚の紙きれだけしか持たず王宮殿から戻ってきた。
「ラース、今日は仕事がないのか?」
「ラファイル様、本日は宮殿で重要な行事があるのですよ」
「行事?」
朝食後のデザートの果物を口にほり込もうとしていたラファイルに陛下からの書状をみせて食堂中に響くような声で言った。
「今夜は宮殿の大広間で開かれる舞踏会にシャナー嬢と同伴で出席することになっているのです。なんでもお二人の婚約発表があるそうですよ。招待客のリストを覚えておくようにとのことでした。しかもシャナー嬢が陛下と最初のダンスをすることになっているそうです」
「ブッー! ゴホッゴホッ」
シャナーがあまりの驚きに飲み込みかけていた果物が喉につまり咳き込んでしまった。
ラファイルが背中を叩きながらさすっていると、食堂の入り口に女性の声が響いた。
「あら嫌だわ~、ラース言っちゃだめじゃない。突然きて驚かせてあげようと思ってあなたに口止めしていたのに」
この館で女性の声が最近ではめずらしくはないが、中にまだいた騎士たちも驚いた顔で食堂の入り口に視線を向けた。
そこに立っていたのはラファイルの母親であるキャサリーヌ王妃だった。
その後ろにはなにやら侍女のアシャもいるようだった。
「はっ母上?」
一同は驚いた顔で王妃を見た。
シャナーも驚いてその場に固まってしまった。
そして慌てて、ラファイルから一歩下がり、頭をさげた。
突然の王妃の来訪にラファイルも固まってしまったようだ。
「そんなに警戒しなくても何もしないわよ。今日用があるのは、あなたじゃなくてシャナーよ」
「え? 王妃様私にご用とはなんでしょうか? それに陛下とダンスとはどういうことでしょうか? 私自慢じゃありませんがあまりダンスは得意ではありません、とても陛下となど無理です」
「あら大丈夫よ。ハルイはダンスのリードがすごくうまいのよ、ラファイルなんかと踊るより断然踊りやすいわよ」
「お断りします。舞踏会は僕らは参加しませんから」
ラファイルはそう言ってラースから受け取ったばかりの書状をラースに突っ返した。
「あら、今日の舞踏会は強制参加よ。あなたたちの婚約発表があるんですもの。これは命令ですからね」
「・・・」
「あの王妃様、婚約披露舞踏会はまだ先の話ではなかったのですか? どうして今夜なのですか?」
「だって…待ちきれないんだもの」
「え?」
シャナーは首を傾げていた。
「母上、それは母上の気まぐれで早まったということですか?」
「そうともいうわね。あなたは異論ないでしょ。シャナーを予定よりも早くみんなに紹介できるんだから」
「そうですが、たとえそうだとしても僕以外の人間とシャナーをダンスさせるつもりはありませんからね」
「あら、私の計画を邪魔することは許さなくてよ。それに安心しなさい。シャナーが形式的にダンスを踊る相手はちゃんと考えているんだから、最初は陛下でしょ、次はラースで、ベンでしょ最後はラファイルの順番よ。ねっシャナー陛下以外は知っている人間だから安心でしょ」
その場に名指しされたラースとベンが驚いた顔でキャサリーヌ王妃の顔をみた。
「そんなの到底容認できないよ」
「そっそうですよ。恐れながらどうして自分までがダンスを?」
意義を唱えたのはラースだった。
「あら、いいじゃない。ここに来る途中にビュランテに伝えたら体調がいいから喜んで舞踏会に参加するって言っていたわよ。あなたの今夜のパートナーなんだけど嫌かしら? 後はずっとビュランテと踊っていいんだけどな。シャナーとダンスを一回は踊ってもらいたいけど、ダメなら仕方ないわね。ビュランテのパートナーを捜し直さなきゃいけないわね」
「喜んでさせていただきます」
「こらラース! 僕を裏切るのか?」
「何をおっしゃいます あなたのパートナーはシャナー嬢ではありませんか、何がご不満なのか理解できませんが、シャナー嬢、殿下よりはダンスはうまいつもりですので、ご安心くださいませ」
「そっ、そう、足をふんじゃったらごめんなさい」
「ベンは文句ないわよね。ソフィーもドレスアップしてくるって言っていたわよ」
その言葉にこちらも満足顔の様子で反論しない様子で食事に戻ったベンを睨みつけながらラファイルが叫んだ。
「僕は反対ですよ! この二人はまだいいとして、可愛いシャナーを父上なんかとダンスをさせてたまるか! 父上の最初のダンスの相手は母上がすべきですよね」
そう叫ぶラファイルにキャサリーヌが近づくと耳打ちした。
「なによ、ハルイにシャナーをとられるとでも思っているの?」
「!」
「そうよね、ハルイまだまだ男の色気すごいものね、近くでみたらシャナーもメロメロになるんじゃないかしら、あなたと違って大人の魅力があって素敵だもの」
「母上、それは母のいうセリフですか、普通は反対するものじゃないんですか? まさか父上をけしかけたりしてませんよね」
「あらそんなことするはずないじゃない、ハルイは私にメロメロだもの。大丈夫よ、そういうあなたは自信ないんだ。そうよね~ハルイに勝っていそうなのは若さだけだものね」
面白そうにいうキャサリーヌに反論できずにラファイルは真っ赤になってキャサリーヌから離れると、おもむろにシャナーの腕を掴んで大股に歩き始めた。
それをみたキャサリーヌ王妃が叫んだ。
「入り口をふさぎなさい。ラファイルを逃がしたらここにいる全員牢屋行きよ!」
その言葉と同時に、その場に散らばっていた騎士全員がラファイルとシャナーめがけて迫ってきた。
普段から体を鍛えている騎士を一人で相手にするのでは状況はラファイルには圧倒的不利だった。
ラファイルはあっさり確保されてしまった。
「さっ、準備に時間がかかるから、みんなラファイルが邪魔しないように監視しといてね、シャナーは借りるわよ。いろいろ準備をしないといけないんだから」
キャサリーヌ王妃はそういうと、後ろに控えていた侍女のアシャともう一人が歩み出て、ラファイルの側で動揺を隠せないでオロオロしているシャナーの両腕を確保すると食堂を出て行った。
「すぐに王宮殿に戻るけど、ラファイル、あなたは自分の舞踏会の準備をしていなさい。ついてくることは許しませんよ」
「えっどうしてですか? 母上がシャナーに変なことしないか監視してもいいじゃないですか」
「女性の着替えをのぞくのは紳士のすることではありませんよ。お諦めなさい。婚約披露を済ませてしまえばあなたとシャナーの婚姻式も早まるのですよ」
その言葉に諦めたのか反論しなくなった。
「あっあの…キャサリーヌ様、私舞踏会の作法をほとんど知らないのですけれど」
「あらあなたは何も心配いらないわ。難しいことは何もないわよ、適当に話しかけてくる相手と適当に挨拶をするだけでいいから。後はラファイルが失礼なことを聞いてくる不届き者をにらみつけるだけよ。そのぐらいできるでしょラファイル」
ラファイルにチラリと視線を向けていうと当然というかのように頷いてみせていた。
シャナーの不安は消えそうにないが、やるしかないようだ。
「・・・わかりました」




