元婚約者の来訪②
シャナーはドレスに着替え、緊張した面持ちでラファイルとラースと共に馬車で王宮殿に向かうことにした。
王宮殿につくと、いつになく使用人たちがピリピリとした様子で出迎えてくれていた。
それもそのはずだ、普段国外の情勢に疎いシャナーでもコテンシャル王国といえば大帝国だということ、その国のナテグリー王女といえば、確か殿下と同じ歳でまだ独身のはずだということぐらい知っていた。
「シャナーは僕の後ろに控えてればいいからね」
「はい殿下。ですが少しぐらいは質問をしてもいいんでしょうか?」
「いや…やめておいてくれると嬉しいかな」
「ええ~せっかくのチャンスなのに~じゃっじゃあ一つぐらいなら」
「シャナー!」
「はぁ~い」
あきらかにがっかりした顔で返事をしたシャナーは、殿下の後ろをなるべくおしとやかに転ばないように神経を集中させながらついて歩いた。
(殿下のケチ! せっかく殿下の子どもの頃の事を聞けるかなって思ったのに、でもどんな人なんだろ、政略結婚とはいえ一度は婚約者になった人って、子どもの頃だからそうそう頻繁には会ってなかったのかな…)
シャナーはラファイルの背中を見ながらあれこれ考えているといつの間にか謁見の間についていた。
「あのどうして普通の部屋であわないんですか? もう既に昨日から到着していて伯父様とも商談の話をしているんですよね。もちろん陛下には先にご挨拶も済んでいるでしょうし」
「そうだね、僕も彼女と会うのは十年ぶりぐらいかな」
「十年間も一度もお会いしていなかったのですか?」
「そうだよ、僕は国外の晩餐会とかの招待状が来ても行かないからね。ほら今まで呪いがあったからさ」
「ああ…女性に触れられると発疹ができるあれですか?」
「そうだよ、ああいうパーティ―では女性にまったく触れないというのは難しいからね。だいたい僕が気をつけていても向こうから近づいてきたりするからね。ほら僕って優良物件だからさ。だけど僕の場合命にかかわるから」
「そうやってこの十年公務をさぼっていたんですね」
「シャナー…その言い方はどうかと思うぞ」
ラファイルは笑顔でいうシャナーの言葉にチラリと彼女の顔をみて苦笑いを浮かべた。
「えっ私間違っていますか?」
「いや間違ってはいないけど…はあ、気が重いなあ…」
「じゃあ私がおまじないをかけてあげます。ラファイル様、大丈夫、大丈夫」
シャナーは前を歩くラファイルの頭を後ろから手を伸ばして撫で始めた。
突然撫でられたラファイルは急に歩くのを止めた為、ラファイルの背中にぶつかってしまった。
「いたっ! 殿下、急に止まらないでくださいよ」
ラファイルの背中に顔をぶつけてしまったシャナーがラファイルに講義しようとするシャナーにラファイルが後ろを振りむいたかと思うと突然シャナーをギュッと抱きしめた。
「でっ殿下どうしたんですか?」
「充電中」
「もう! 殿下ほら謁見の間はもうすぐですよ、騎士の方々もみてるじゃないですか、恥ずかしいですよ」
「いいじゃないか。もうシャナーがかわいいことするからだろ」
「ええ~どうしてですか」
もがくシャナーをいっこうに放そうとしないラファイルに抱きしめられて、シャナーの顔は真っ赤になっていた。
「はいはい、いちゃつくのは館に戻ってからにしてください」
強引にシャナーからラファイルを引きはがしたのはラースだった。
「無粋な奴だなお前は、僕がどれだけ憂鬱か分かっているだろう」
「いいえわかりません。これも仕事の一つと考えて、大人の対処をお願いいたしますよ。くれぐれも逃げ出すとか罵声をあびせるなど致しませんように」
そういうとラースはスタスタと先に歩きだした。
「お前なあ…僕がそんなことをするとでも思っていたのか?」
「しないんですか?」
「逃げ出すことはしないぞ、シャナーがいるしな。まあ、心の声が出てしまうって事態は起こるかもしれないがな」
「じゃあ、その時は私が殿下の口をふさいで差し上げますからご安心くださいませラース様」
「シャナー嬢、それはそれでいかがなものかと」
「そうですか?」
「いや、うんそうしてもらおうかな。よし、そうしよう。シャナー、謁見の間にはいったら僕が座る椅子の横に立つんだぞ」
「ええ~そんなことをしていいんですか? 仮にも他国の王女様ですよね。まだ婚姻もしていない私が殿下の隣なんかに立っちゃいけない気がするんですけど」
「大丈夫だよ、なあラース」
「はあ…そうですね、他のかたとの場合はおとめする所ですが、彼女の場合何をするかわかりませんからね、陛下もそのつもりだと思いますよ。控えの間で控えているようにとは言いつかっていませんので」
「ええ~なんだか緊張する」
「よ~し今度は僕がおまじないをしてやるぞ」
そういって今度はラファイルがシャナーの頭を撫で始めた。
「はいはい、もう既に両陛下がお待ちですよ」
「おいラース、もしかして母上もいるのか?」
「はい、昨日到着の挨拶をしたのは陛下お一人でしたから、今日は改めての挨拶ということで謁見の間になったんですよ」
ラファイルが謁見の間につくと、そこにはハルイ王とキャサリーヌ王妃も既に王座に座っていた。
ラファイルも自分の椅子に座ると、シャナーをその自分の椅子の隣に立つように指示した。
キャサリーヌ王妃はシャナーを見つけると笑顔で手を振ってきた。
シャナーはどうしたものかと苦笑いをして頭をさげただけにとどまった。
ラファイルは席につくなり隣の王に話しかけた。
「父上どうして急にナテグリー王女が来たんですか?」
「貿易交渉とか申しておったが、お前が婚約したと聞いたので、相手に会ってみたいと申してな」
「はあ? シャナーを貶したりするつもりじゃないでしょうね。もしかして婚約破棄の破棄なんていってきたりしないでしょうね」
「まさか…」
「あらそうなっても既に遅いわよね。あなたには可愛いシャナーがいるんですものね。まだ婚前行為はしていないみたいだけど」
「行為って母上、なんてことをいうんですか! ぼっ僕はシャナーを尊重しているんですよ。これでも我慢しているんですから。正式に婚姻してからの方がいいかと…」
ラファイルが真っ赤になって反論しだした。
「あらそうだったのシャナー、こんなことを言ってるわよ、あなたもその気になったら夜這いしに行きなさいよ。いちころよたぶん」
「はい王妃様」
「こらこらシャナー、そこは返事をするところじゃないよ」
「えっ? そうなんですか?」
「はっははは、実に愛らしいのう、どうじゃ、ラファイルになにか不満があれば余が聞くぞ、遠慮なくいいにくると言いぞシャナー」
その会話のやり取りを聞いていたハルイ王が笑い出した。
「はい陛下! 今のところは自分で対処できておりますからご安心くださいませ」
「そうか、そうすると不満はあるようじゃな」
ニヤリとしていうハルイ王にラファイルが反論しようとした瞬間、扉が勢いよく開いたかと思うと、腰まである長い巻き毛の金髪の髪をなびかせながら目元に少しきつい印象の派手な真っ赤なドレス姿の女性が入ってきた。
「まあラファイル! 噂通り本当に痩せたのね。元気そうで嬉しいわ。ようやく私の婚約者にふさわしい姿になってくれて嬉しいわ!」
ラファイルはナテグリー王女の顔を見るなり青ざめて固まっていた。
「ナテグリー王女、よく来られた。あなたの兄上はお元気か? 王女のあなた自ら貿易交渉とはたいしたものだな」
「あらいろんな国を見るには貿易交渉に行くのが一番手っ取りばやいですもの。私はこう見えても兄よりも貿易に関しては国にかなり貢献しておりますのよ。この国に嫁いできても大丈夫ですわよ。城の中に引きこもってばかりいる妻にはなりませんわよ。国母となるべく、役に立ちますわよ」
ナテグリー王女はラファイルの横に立っているシャナーは全く視界に入っていない様子で話続けた。
「それはたのもしいが、あいにく我が国は間に合っておる。先刻もそなたの父上からも書状を頂いてお断りの返答を早急の書簡として送ったのだが、行き違いになってしまったようだな」
ハルイ王が答えると、ナテグリー王女は眉をピクリと動かしただけで、すぐさま平然とした口調で答えた。
「いえ、確かにわたくしも確認いたしましたわ。ですがわたくしは了承しておりませんので、自ら確認にまいりましの。その方が婚約者候補の方かしら?」
「ああそうだ、この国の商人の娘でな、この通り息子が惚れ込んでおるのだ」
「あら、恋なんてそのうち冷めますわよ。わたくし、側室を持つことは反対しませんことよ」
ナテグリー王女は平然とラファイルに笑みを浮かべると、ゆっくり近づいてきた。
ナテグリー王女がラファイルの座っている椅子に近づこうとしたその時、謁見の間の壁際に立っていたラースがナテグリー王女の前に歩み出た。
「ナテグリー王女様、失礼いたします。これより先はお控えくださいませ」
「無礼者、誰に向かって言っているのです。わたくしは将来この国の王妃になる身ですよ、わたくしはそこに立っている平民の女をラファイルからひっぺがそうとしているだけよ。たかだか平民の分際で王子の隣に立つなど無礼でしょ。そこをお退きなさい」
そういってナテグリー王女は右手に持っていた自分の扇子でラース頬をはたくと強引にラファイルの座っている場所まで近づくと、隣にたっているシャナーの腕を掴もうと歩み寄った瞬間、ラファイルが急に立ち上がるとナテグリー王女の手をとらえ、シャナーから引き離すように謁見の間の中央までナテグリー王女引き戻すと、手を放し言い放った。
「そなたとは既に婚約関係はとうの昔の解消している。へんな思い込みは辞めていただきたい、それに僕の婚約者を侮辱されるのはいかがなものかと思いますよ。もしこれ以上失礼な態度をとり続けるのなら我が国が輸出している資源の取引も金輪際止めさせなければならなくなりますよ」
「何を生意気なことをいっているのかしら。このわたくしを誰だと思ってらっしゃるの? ラファイルの分際で! このわたくしが嫁いできてあげると言っているのですよ。二つ返事で受けるのが常識でしょう」
「はあ? そんなこと僕には関係ないし、君と婚約? 想像しただけでへどがでそうだ。申し訳ないが気分が悪くなってきたので僕はこれで失礼するよ」
そういってナテグリー王女から離れようとした瞬間、ナテグリー王女がラファイル王子の腕を掴んで引き留めた。
「いつからそんな生意気なことがいえるようになったの? わたくしのしもべだったくせに」
ラファイルがその腕を払いのけるとナテグリー王女を睨みつけるかのように言い放った。
「いつの話をしているのですか? ええ僕もあなたを忘れてはいませんでしたよ。さんざんいじめられた嫌な女としての記憶をね。僕はこの国の為にどうしてもあなたと婚姻しなければいけないと言われるのでしたら、喜んで王子の座をおりますよ。あなたと婚姻するぐらいなら死んだ方がまし…ヴッ」
突然ラファイルがその場に倒れ込んでしまった。
「王子!」
近くにいたラースが駆け寄った。
ラファイルは苦しそうに横たえると、先ほどナテグリー王女に捕まれた手首の所を押さえている様子だった。
その腕をみると赤い発疹が全身へと広がろうとしていたのだ。
「王子に何をなされました! ナテグリー王女!」
「なっ何をいうか! わたくしは何もしてはおらぬぞ、手首を掴んだだけではないか! それに先ほどラファイル王子もわたくしの腕を掴んだではありませんか!」
「ナテグリー王女申し訳ないが王子の容体が安定するまで部屋にお戻りいただけぬか。詳細は追って報告させるゆえ」
ハルイ王がわなわなとしてその場に立ち尽くしているナテグリー王女に向かって言った。
「わっわたくしは何もしておらぬ!」
ナテグリー王女は必死で無実を訴えた。
すると今まで何も言わなかったキャサリーヌ王妃がナテグリー王女に近づいて耳打ちした。
「ナテグリー王女、実はそなたと婚約を解消するようになった直後から王子は女性に触れると発作をおこす体になってしまったのですよ。今はあのシャナーが触れても何も異常が起きぬゆえ病気は治ったとばかり思っていたのだけれど、治っていなかったようね。でもね、ラファイルが昔変なことを言っていましたのよ。あなたと会うといつも変な液体をかけられるとね。あれは何でしたの?」
「あっあれはただのジュースですわ。人間に害をおよぼすなど聞いたこともありません。それにあの時はスキンシップの一環でしたこと、わたくしは関係ありませんわ」
明らかに動揺しているナテグリー王女に付き人が近づき王女を謁見の間から連れ出そうとした。
「そう…今となって証明のしようがありませんわね。こうなった以上、申し訳ありませんけれど、お引き取りいただけませんか? 息子の命をこれ以上危険にさらしたくありませんの。貿易の事は後日ご連絡させていただくことになりますわね」
キャサリーヌ王妃はナテグリー王女を睨みつけ彼女から離れた。
「わっ、わたくしは何もしていませんわ」
必死に訴えようとするナテグリー王女に付き人も信用していないのか
「姫様、ここは引きましょう。今は何を言っても無駄にございます」
「わたくしは…わたくしは」
さわぎを聞きつけたナテグリー王女付きの護衛の騎士たちもかけつけ、放心状態のナテグリー王女をその場から引き離すと用意されていた部屋へと連れて行った。
その頃、ラファイルはラースによって運ばれ、謁見の間の控室に寝かされていた。
既に医師も駆けつけていた。
「これは以前の拒絶反応と似ていますね。しかしわたくしどもではこの症状を消す薬を持ち合わせておりません」
「誰か、サフェリア様を呼んできてもらえませんか?」
ラースが叫ぶと騎士の一人が慌てて出ていった。
枕もとではラファイルが苦しそうにしながらシャナーを呼んでいた。
シャナーはすぐに近づくと、ポケットから小瓶を取り出すとラファイルの口元に近づけその小瓶の蓋を開けていった。
「殿下、これは私がいつも持ち歩いている毒消しです。アレルギー反応なら効かないかもしれないけど、毒だったらすぐに中和液を飲まないと、お願いこれを飲んで」
シャナーの言葉にラファイルが全く反応しなかった。
シャナーはおもむろにその小瓶の液体を自分が先に飲むと、ラファイルの口を少し開かせると、口づけでラファイル口の中に流し込んだ。
ラファイルはその液体を飲み込んだようだったが相変わらず苦しそうにしていた。
シャナーは泣きそうになりながらラファイルの手を握り声をかけ続けた。




