どこに行くんだ?
サフェリア館では最近朝から多くの王宮領内で働いている者たちが薬を処方してもらおうと出入りするようになっていた。
「ダザンさんおはようございます」
特に毎朝欠かさず来るのがこのダザンという男だ。
彼は現在、サフェリア館と王宮殿の中間辺りに建っているハルイ王の末の妹君にあたるビュランテ様の館の護衛をしている騎士だった。
このビュランテ様は陛下とはかなり歳が離れていて、陛下が即位20歳の時になった時にはまだ10歳の子どもだった。
その上、母親にあたる方が城に仕えていた侍女だったこともあり誰の後ろ盾もなく、ビュランテ様を産んでから体を壊し、父親である元国王が亡くなってからは誰が訪れるわけでもなくひっそりと離宮で暮らしていたようだったが十年前にはその母親もなくなり、王族だとはいえ、22歳になる今もなおひっそりと生活されているようだった。
陛下と歳が近かった他のほとんどの妹君達は十五歳には全て嫁いでおり、既に子どもは殿下と近い歳頃に成長していたが、彼女だけは歳が離れていたが一人まだ嫁がずにいた。
本来なら王族に生まれたならば政略結婚が多かったが、彼女がその対象にならなかったのは、母親の身分が低いというのもあるが、それ以上に問題があった。
「ダザンさん、ビュランテ様の体調はどう?」
「はい、サフェリア様の薬草茶が効いてきたのか最近ずいぶん体調がよくなってきているご様子で起き上がれる日も増えてまいりました。またシャナー様とお話ししたいと申しておりました」
「そう? よかったわ」
「それにしてもサフェリア様はさすがでございますね。今までどのような医者もビュランテ様のお体はご健康体にはならないとおっしゃっておりましたのに、サフェリア様にお薬をいただくようになってからみるみる体がお丈夫になられてきているようですし、この調子では外を散歩できる日も近いかもしれません」
「そうなるといいわね。そうだわ、今日はドリマーの散歩がまだだから、今朝焼いたクッキーを持ってビュランテ様に会いにいってもいいかしら」
「いつもありがとうございます。ビュランテ様も喜ばれるでしょう」
「そうだったらいいんだけど、でも、まだ他の方たちがいるんでしょ。ビュランテ様の体にさわらないかしらってこの間思ったのだけど」
「えっはっはい大丈夫のようです。館に滞在していてもほとんど顔を合わすことなく過ごしていらっしゃるご様子です。皆様ほとんど王宮殿の方にいかれていることが多いですから。ビュランテ様の館に宿泊しているのは、殿下の館に近いからという理由のようですよ。あっですが、近々それぞれの故郷に戻られるとか話しているご様子でしたよ」
「えっそうなの?」
「はい、殿下にはシャナー様というれっきとしたお相手がいらっしゃるのですから、殿下ご自身も側室は持たないと言い切られていらっしゃっておりますし、このままあそこにいらしても殿下のご機嫌を損なうばかりだとお気づきになられたようで」
「そうよね、殿下ったらごめんなさいね。私が行くところ行くところ時間問わず、察知してついてくるんだから、あんなに後ろをついてきてすごい顔で睨んでいたら、みなさまだっていやな気分になるわよね。全く、王宮領内にいるんだからついてこなくてもいいのに」
「シャナー! さっきから何を話しているんだ!」
シャナーがダザルと玄関で立ち話をしていると、隣の二階の窓からラファイルが顔を乗り出して叫んできたのだ。
「殿下おはようございます」
「シャナー、お前はまたビュランテ叔母上の所に行くつもりなのか? この間行ったばかりじゃないか。それよりもこっちに来ればいいだろ」
「・・・」
「返事は?」
「嫌ですよーだ!」
シャナーはそう小さく言うなりラファイルに向かって舌をだして、ラファイルに背を向けてしまった。
「あっあのよろしいのですか?」
オロオロしながらダザルがたずねると、急に笑顔になってシャナーが言った。
「いいのよ、最近うっとうしいんだもの。私だって一人で行きたい所だってあるわ。さっ薬はできていると思うから、中に入って、私もクッキーをとってくるわ」
「はい、いつもありがとうございます」
シャナーはそういうとダザルの腕に自分の腕をからませると一緒にサフェリア館の中へ入っていた。
ラファイルのシャナーを呼ぶ叫び声に近い騒音を無視しながら。
その後、シャナーがダザルと共に館から出るべく玄関の扉を開けると、荒い息遣いのラファイルが立っていた。
「シャナー、出かける時間があるならどうして僕の所に来てくれないんだ! 一人で行くのは駄目だと言っただろ!」
「殿下! すごい汗ですね。早く部屋に戻って着替えた方がいいですよ。私はビュランテ様に今朝焼いたクッキーを持っていくだけですからすぐに戻りますよ。おばあ様からビュランテ様の体調を見てくるように言われていますから、これも私の仕事のうちなんですよ。殿下は殿下の仕事があるでしょ。早くお戻りくださいませ」
「嫌だ! それなら僕も同行するぞ!」
「ほらほら殿下、そんなわがままおっしゃらないで、着替えの服選びをお手伝いいたしますから、さっ早く館に戻りませんと風邪をひきますよ」
そう言ってシャナーは館にラファイルを誘導して行こうとしてラファイルが険しい顔になった。
「そんなことを言っても、まあビュランテ叔母上はいいとしてもあの館の近くには悪魔たちがまだいるんだぞ! 何かあったらどうするんだ!」
真剣な表情でいうラファイルにシャナーは笑って答えた。
「クスッ! 殿下それは殿下のいとこの姫君たちのことを言っているのですか?」
「他に誰がいるっていうんだ!」
「どなたもかわいらしい方々ではありませんか?」
「どこがかわいいんだ。お前が行くといつもお前を遅くまで拘束して帰そうとしないじゃないか、それにやたらとお前にべたべたしてくるし」
「そうですか? でもおしゃべりは楽しいですよ。姫君様たちもずっとこちらにいらしてて退屈なさっているのよ。それに私、歳が近い方々と話しをあまりしたことがないからとても楽しいんです。おばあ様のお手伝いもしたいからそうそう頻繁にいけないですけど、今日は仕事ですから」
「そっ、それなら、別の奴が叔母上を見に行けばいいだろ。そのなんだトリアとか…お前は時間があるならターナの所に行けばいいじゃないか、ターナなら別にいいぞ、僕も一緒に行くけどな」
ラファイルは何故か、あの事件依頼、けがをしたターナがしばらくの間サフェリア館に滞在して顔を合わしていた間に大人しい性格と読書家で色んなことを知っているターナがお気に入りになったのだ。
ケガが治ったターナがヴァルキリーが自分の屋敷に連れて行ってしまい、シャナーも時間があれば都にあるヴァルキリーの屋敷に顔をだすようにしていた。
二人は近々結婚をするようだった。
まあ、ターナには会いたいのだが、あれ以来、兄は船に乗るのをパッタリと止めてしまい、仕事以外は自分の屋敷に入り浸るようになってしまったのだ。
訪ねづらくなったというのが本音だった。
あれでは逆にターナに疎まれないか心配になるほどだ。
殿下といい勝負である。ターナはいつも笑っているのがまだ救いだ。
「はあ…行きたいのはやまやまなんですけど、都に出るとたくさんの護衛がつくでしょ。皆様の仕事の邪魔でしょ。でも、ビュランテ様の所なら、トリアさんが一緒に行ってくれるから大丈夫でしょ。もちろん、トリアさんだけでも十分ビュランテ様の体調を観察するのはできますけど、私も自分の目で確かめたいんです。早くお元気になっていただきたいし」
「トリアがどこにいるっていうんだ? そいつはダザルだろ?」
ラファイルはすぐ後ろでもらったばかりのサフェリアが調合した薬が入ったかごを大切そうに抱えて立っていたダザルを指さして言った。
「殿下、隣の館の二階の方から殿下を呼ぶ声がしておりますよ、さっ早く戻られた方がよろしいのではありませんか?」
ラファイルは驚いて振り向くといつの間にか後ろにトリアが立っていた。
彼女は最近、なぜか以前からいたかのように、いつの間にかサフェリア館に住み着いており、サフェリアの助手の仕事を見事にこなしている様子だった。
最初彼女を見た時にラファイルの驚いた顔は見ものだったが、許可したのがキャサリーヌ王妃だとしるとラファイルは何も言えなくなってしまった。
最初は不満だったが、彼女が住むようになってから以前はやたらと騎士たちが入り浸っていたサフェリア館に必要以上に騎士たちも近寄らなくなっていたのだ。
ダザルは別だが、そんなわけでシャナーを慕う騎士たちを蹴散らしてくれるこの鋭い眼光のトリアはこの館には欠かせない人間となりつつあった。
彼女はとにかく仕事が何でも器用にこなすうえに用心棒にもなるうえ、なにより女性なのでラファイルも安心できたのだ。
「トリア! いっいつの間にそこにきたんだ?」
「何をおっしゃっているのですか? ずっとおりましたよ。殿下はシャナー嬢しか目に入っていらしていなかっただけですよ。さあ、ご公務が残っていると先ほどからラース様の怒鳴り声が響いておりますよ。シャナー嬢の護衛はわたくし目にお任せくださいませ。夕刻までには戻れるようにお連れしますから」
トリアは完璧なお辞儀をしてラファイルに向かって頭をさげた。
「はあ…仕方ない、今日はあきらめるか、最近母上もビュランテ叔母上の体調が少し良くなってきていると言っていたしな。シャナーの顔をみたらさらに元気が出るかもしれないな」
ラファイルはそういうと、今日は素直に自分の館へ戻ろうとして、突然振り向いた。
「ちょっと待ってろ!」
そういうなり走って館に戻っていくと、一冊の本を手に持って戻ってきた。
「ハアハア、これをビュランテ叔母上に渡してくれ、この間図書館で見つけてな、叔母上が好きな本だなと思っていたんだ。渡そう渡そうと思って忘れていたんだ。僕はいらないから」
「なんていう本なんですか?」
「世界一周冒険記だよ」
「冒険記ですか?」
「ああ、叔母上はそういう本が好きだって、昔言っていたのを思い出したんだ。この間、訪ねて行った時に、この本だけ持っていないって言っていたからな」
「殿下、話を聞いていたのですか?」
「当たり前じゃないか」
この間、シャナーが驚いたのには無理もなかった。
ビュランテを訪ねた時に無理やり同行していたラファイルはきゃぴきゃぴしているいとこたちの話に飽き飽きしてずっと座りながら目をつむって居眠りしていたからだ。
「殿下ありがとうございます。ビュランテ様もさぞやお喜びになられると思います」
シャナーはそういうと、殿下に近づき本を受け取ると殿下頬にキスをすると笑顔で離れ、ビュランテ館の方に向かって歩きだした。
もちろん、その瞬間すごい速さで館からドリマーが飛び出てきてシャナーの後をついて行ったのはいうまでもなかった。
「まったく、あいつはどこに行くのもシャナーの後をついていくな! 僕は留守番だというのに」
ブツブツ文句を言ってシャナーが歩いて行くのをしばらく見送っていたラファイルだったが、執務室に閉じ込めていたラースとカミールがどうやったのかぬけ出し、すごい形相でこっちに向かってくるのが見えた。
「まっ待て二人とも、今戻ろうとしていた所だ!」
ラファイルは両手を上げて後ずさった。
「問答無用だ!」
ラファイルが反射的に逃げ出そうとした時、後ろにいつの間にかいたアンドレアに羽交い絞めにされていた。
「こらアンドレア放せ!」
「殿下、お諦めください。さっ参りましょ、今夜は徹夜になりそうな量が残っていますよ。早く片づけないと、夕食後のシャナー嬢とのくつろぎタイムがなくなりますよ」
「待て! 僕は朝からずっと大人しく仕事をしていたじゃないか!」
「今日は忙しいと言ったはずですよ」
暴れるラファイルをの腕つ掴むと、ラースを館へと引っ張って行った。
「シャナー! やっぱり一緒に行くから助けてくれ~!」
ラファイルの叫び声が無情にも響いたが、頭の中はビュランテとのことで頭がいっぱいのシャナーの耳には届くことはなかった。




